第24話
誕生日、当日。
夜は予定があるから、せめて昼間は一緒に過ごそうと、わたしはわざわざ有給を取った。
夜に備えて昼過ぎまで寝たいという樹希さんよりも先に、会社に出勤する時と同じように早くに起きて、本人には内緒でさっそく出かける準備を始めていく。
前に欲しいと言っていたプレゼントは結局、温泉旅行になっちゃったから……それとは別で、何か形に残るものが欲しくて、プレゼントを買いに行くことにした。
せっかくだから買ってもらったブランドの服を着て、慣れないスカート丈に戸惑いながらも家を出る。
買うものは、決めてある。それもふたつ。
ひとつは……意外とお揃いの物が好きな樹希さんが喜ぶものを、と家でふたりで使えるマグカップにした。
近場の雑貨屋さんへ足を運んで、なんとなく彼女のイメージが黒だったから、白黒でシックなものを選んだ。ついでに、色を合わせてコースターも買っておいた。
そしてふたつめは……
「お、おぉ……思ったより…」
えっちな、下着である。
樹希さんが一番求めてるものはなんだろう?って考えた時、必然的にこうなった。
性欲魔人の彼女を喜ばすには一番効果的であろう…普段は買いもしない下着たちを前に、自分で選んでおきながら照れてしまう。
これで興奮してもらえなかったら……いやいや、あの樹希さんだもん。絶対えっちな気分になってくれるはず。そうじゃなかったらただ恥かいて終わるだけになっちゃう。
慎重に、何が好きそうか吟味しながら選んで、店員さんに渡す時だけは照れちゃったから気まずく笑ってそそくさ退散した。
最後の最後に、スーパーで昼兼夕飯の買い物を終えて、昼過ぎにようやく帰宅する。
「ただいまー…」
家に着いても、樹希さんはまだ眠っていてお出迎えがなかったから……今のうちに、と準備を進めていく。
まず先にご飯を作るため脱衣所で手を洗ってうがいをして、キッチンに戻って買ってきた材料を切り始めた。
ちなみに、作るのは樹希さんお気に入りのハンバーグ。前に作った時、すごく美味しそうにしてたのが印象に残ってたからそれにした。
「……優奈ちゃんー…」
ほぼ完成間近に近付いた頃、眠りから覚めた樹希さんがキッチンへやってきて、抱きつきついでに後ろから胸を触ってきた。
寝起きから相変わらず性欲強いなぁ…と呑気に捉えつつ、多分もう無意識で揉んでいるんだろう手の動きに、ちょっとだけムラムラしてしまう。良くない良くない。
「料理中は、やめてほしいかも…樹希さん」
「ん…ごめん……なに作ってんの」
「ハンバーグ」
「…うまそー……食べたい…」
おとなしく胸からお腹へと手を移動させた彼女は、まだまだ寝ぼけた声を出す。
「もう出来るから……顔洗っておいで」
「わかったー…」
のそのそ歩いて脱衣所へ入っていった姿を見届けて、焼き上がったハンバーグをお皿に移したりと料理を完成させる。
「あらってきた…」
「ん、えらいね。ほら、座って?一緒に食べよ」
「ありがとー…」
顔を洗って歯を磨いてももまだ眠さが抜けなかったらしい樹希さんを連れてリビングへ移動して、とりあえずソファに座ってもらった。
さり気なくプレゼントのマグカップとコースターも配置して、中には熱々の緑茶を淹れて、準備が整ったからわたしもソファに腰かけた。
「眠い…?ご飯、食べられそう?」
「……食べさせて」
「うん、いいよ。あーんするね」
もはや目も開けてない相手に向かって、口に運ぶたび声をかけながら食べさせること……数分。
「……あれ。こんなコップあったっけ…」
やっと目が開いてきた樹希さんが、そこで初めてプレゼントの存在に気が付いてくれた。
マグカップを手に取って、不思議そうに見つめた後で、わたしの色違いにも気が付いて、これまた不思議な顔をする。
「誕生日プレゼントだよ。お揃いにしたの」
「…お茶がおいしく感じる」
「ふふ。気に入ってくれた?」
「うん……めっちゃうれしー…ありがとう」
「いーえ、よかった。…続き食べさせるね?」
「…ん」
緑茶をすすり飲んでいた樹希さんにまた料理を食べさせて、完食した後でわたしも自分の分を食べ進めた。
「……おいしかった、はんばーく」
「ん、ふふ。寝起きでいっぱい食べられて凄いね」
「はぁー……今日、行きたくない…このまま優奈ちゃんと過ごしてたい…」
やたら甘えん坊な彼女は横からくっついてきたと思ったら、そのままズルズルと頭が落ちて、膝枕の状態でわたしの腰に腕を回す。
食べてる間、片方の手で髪を撫でながら過ごして、緑茶までしっかり全部飲み干してからやっと、膝にいる樹希さんに視線を落とした。
「もうちょっと寝る…?」
「んー……けど、優奈ちゃんとお話してたい…」
「今日の予定は断れないの?」
「うん…主役だから」
「そっか…誕生日だもんね」
「誕生日は、稼ぎ時だから…」
ほぼ寝てるような掠れた声で言われた一言に、引っかかりを覚える。
稼ぎ…時?
もしかして、女の子と会うって勝手に思ってたけど……例のバイトなのかな。お金を稼ぐってことは、きっとそうだよね。
誕生日に儲ける仕事……それも接客業って、いったいなんだろ?
考えたところでわたしには思い浮かびもしないから、考える前にやめた。
「えっちなプレゼントもあったんだけどな…」
別に気を引くために呟いたわけじゃなくて、本当に無意識で残念な気持ちを吐き出していたら、その言葉を聞いた途端に樹希さんが勢いよく起き上がった。
「……えっちな、プレゼント…?」
驚きと期待が入り混じる、神妙な面持ちの樹希さんと目が合って、何も言わず頷く。
「今すぐ欲しいっす、優奈さん」
興奮がいきすぎて出会った頃のような口調に戻った彼女には苦笑を返して、「お片付けしてからね」と食器を持って立ち上がる。
先ほどとは打って変わって機敏な動きでお手伝いを始めてくれた樹希さんも、残りの食器を手に取ってふたりでキッチンへと移動した。
洗い物は彼女がやってくれて、その間にわたしは今日最後のプレゼントである買ったばかりの下着へ着替える。
……さすがに恥ずかしいから、その上から部屋着用のロングワンピースを着ておいた。
「…あれ。全然えっちじゃない」
先に寝室のベッドで待っていたら、洗い物を終えてやってきた樹希さんがキョトン顔で呟く。
「こ、この下に、着てるから…」
「それは……脱がせてもいいって、こと?」
改めて聞かれると恥ずかしくて、小さく頷くだけで答えた。
ベッドの上に膝を置いた樹希さんは、わたしの体を抱き寄せて、緊張をほぐすみたいに髪を撫でてくれる。
自然な流れでキスを交わしたら、そっと押し倒されてシーツの上に背中が沈んだ。
「……うわ、まじでえろいやつだ…」
スカートの端を持ち上げて下から覗き込んだ樹希さんが、感嘆とした声を出す。その反応がまた羞恥を掻き立てて、着ていた服で顔を隠した。
「もうほぼ隠れてないじゃん…」
「っ…こ、こういうの、好きかな…って」
「まじで好き。……私のためにわざわざ選んでくれたの?」
「う…うん」
「はぁー……ほんと、健気でかわいーね」
両頬を包み込んで額を合わせた彼女は、どこか苦しそうに言葉を吐く。
「優奈ちゃんには……幸せになってほしいな…」
どうしてか、傷付いた。
まるで遠回しに“他の誰かと”…そんな意図が含まれてる気がして、辛くなる。
樹希さんが幸せにしてよ、そう言えたらどんなに楽か分からない。…言えないから、胸が強く締め付けられて苦しくなる。
代わりの言葉を探して、不意に。
「幸せ…だよ」
今まさに、目の前にある幸せに気が付いた。
「樹希さんといられるだけで、幸せ」
それを口に出せば、情けなく相手の眉が垂れて、涙で瞳が潤む。
泣くのを堪えて唇を弱く噛んだ樹希さんは、次の瞬間には気の抜けた笑顔に変わっていて、
「そんなこと、初めて言われた」
心底嬉しそうに言った後で、甘えた動作で唇を重ねた。
そしてえっちな下着も好評だったみたいで、いつにも増して興奮してくれた彼女は、例のアレまで持ち出して時間ギリギリまでわたしのことを抱き潰した。
それ使って……この後の予定、大丈夫なのかな…って心配は、
「くそぅー……行きたくない…優奈ちゃんといたい……ねむい…ねたい……抱きたい…足りない…」
枕に向かって延々と欲望を吐き出し続ける樹希さんを見て、さらに強くなった。
「ごめんね……これから用あるのに…疲れちゃったね」
「……もう優奈ちゃんも連れていきたい…」
「え。…いいの?」
「……いや、だめだ…」
なにやら葛藤し始めた樹希さんは、悶々と唸り悩んだ末に連れて行かない選択をしたらしい。
内心けっこう残念に思ったし、許されるなら行ってみたかったけど、ここでわがままを言ってさらに困らせるわけにもいかない…と、諦める。
「ほら、時間だよ?お着替えさせるから……そろそろ起きて」
「……優奈ちゃん、おいで」
仰向けになって腕を広げた樹希さんに体を預けたら、抱き包まれて頭を撫でられた。
「そこまでしなくて…いいんだよ」
「え?」
「着替えさせたりとか……別に尽くしてくれなくても好きでいるから」
まさか、そんなことを言われるだなんて思ってなくて。
言葉と一緒に軽くキスをしてくれた樹希さんを、信じられない気持ちで見つめた。彼女は、それに対しても穏やかに微笑見かけてくれた。
「優奈ちゃんのために、がんばってお金稼いでくるから。…そしたら、そのお金で旅行しよう?」
好きな気持ちが、止めどなく溢れていく。
「っ……うん!」
色々落ち込むこともあるけど、やっぱりこの人を好きになってよかった…って、心から思えた瞬間だった。
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