第22話

























 過去最高に、気持ちよかった気がする。


 服を着てると触りにくいのか、そういったもどかしさも相まって……焦らされてるみたいなのが、逆に良かった。

 …おかげで、服は汗やら何やらで濡れてしわくちゃになっちゃったけど。


「帰りの服…どうしよう」

「あとで私が買いに行ってくるよ」

「いいの…?」

「うん。可愛いの選んでくるから、待ってて」

「ありがとう…じゃあ、お金渡しておくね」

「いらないよ。もう体で払ってもらってるから。前払い方式です」


 ちょっと多めに渡そうと思ってたのに、冗談めかして断れてしまった。


「……体で、払うなら…」


 それなら……と、隣で腕枕をしてくれていた樹希さんのお腹の上に股がる。

 わたしの行動にキョトンとした顔を眼下に、湧き上がる羞恥心は押し込めて、勇気を出して服を震えた手でゆっくりまくり上げた。

 下着はさっき脱がされて着けてないから……自分が今、どんな姿を見せつけてるかは自覚していて、恥ずかしさのあまり言おうとしていた言葉も喉の奥に詰まる。


「すご……立ってる…」

「んっ…」


 相手の手が伸びてきて、何もされてないのにすでに準備万端な■■に指先が触れた。

 今度こそちゃんと言おうと、目をギュッと閉じて唇は勇気を出して持ち上げた。


「こ、こんな体でよければ、いっぱい…払う、から……好きにして、いいよ…」

「えー……なにそれかわいー…かわいすぎるんですけど。全然こんな体じゃないし」


 思ってた異常に食い付いてくれた樹希さんはムクリと体を起こして、「じゃ、遠慮なく」と本当に遠慮もなく肌に吸いついた。

 だけど何を思ったのか、すぐに動きを止める。


「…好きにして、いいんだよね?」

「う、うん…」

「それじゃあさ……おねだりしてほしいな」

「おね…だり?」

「うん。おねだり」


 言いながら体勢を変えた樹希さんによって、上に乗ってたはずのわたしがあっという間にベッドシーツに体を沈めていた。

 そのまま服を脱がされて、ついでにショートパンツも下着ごと足から抜き取られた。

 いきなり■にされたことに対して思考が追いつく前に、わたしの■の間に入っていた彼女の手が内ももをサワサワと触る。


「ほら……言ってみて」

「え?…え、な……なに…を…?」

「どこを、どうしてほしいか」


 いきなり、言われても……恥ずかしくて、できない。

 してほしいことは明確にあって、今も体は勝手に期待して求めて…息を浅く、荒くしている。

 さらに追い打ちをかけるように彼女の指先が■■の付け根を軽く押しては撫でて、その動きにつられて腰が上がった。


「ぁ…あ、いつ…き、さん」

「んー…?なーに」


 こんなの、我慢できるはずもなくて。


「っ……こ…こ」


 片腕で顔を隠しながら、自らの手で開いて恥ずかしいくらい湿った■■を相手に見せつけた。


「さ、触って…ください」


 小さすぎて聞こえないくらいの声量でも、ちゃんと応えてくれた樹希さんの指が滑る。

 そのまま、さらに色んなことをおねだりさせられたりしつつ行為は進んで、樹希さんは“言わせるのが大好き”ってことを、嫌でも脳と体に刻み込まれた。

 思えば最初の頃から、「好き」ってよく言わされてたし、納得の行動なんだけど……


「優奈ちゃん…私のこと好き?」

「ぅ、うん…っす、き」

「もっと言って……他の男のとこに行かないって、約束してよ」


 嫉妬深い彼女からのお願いが何度も続くと、そういうのに弱いわたしはすぐキュンとしちゃって…これはあまりに、心臓に悪い。

 樹希さんにとっては、都合のいい女を手放さないための言動なのかもしれないけど、どうしてもそんな風には思えなくて、本当にわたしのこと好きなんじゃ…?って心を高鳴らせてしまう。


「ねぇ……約束して?私だけにするって」

「んっ、う…うん、する……樹希さん、だけ…っだから、もう…」

「ほんと?」

「う、ん…っほん、と」

「はぁ……まじかわいい。好き。大好きだよ」

「ぅう〜…んんっ」


 ここまできたら、勘違いじゃないのかな…って。

 まるで愛があるみたいに執拗に愛でられる中で、快■に染まりきった頭で、浮ついた気持ちで、見えない彼女の本心を掴み取ろうと足掻いた。


「樹希さんも……っわたしだけに、して…?」


 わたしの必死な懇願を、彼女は小さく頷いて受け止めてくれた。


「これはもう……高い洋服買ってくるしかないなー…」

「んぅ、ぁ…っ……は…な、に…?今、なんて…」

「んーん。なんでもない。…いっぱい払ってもらったから、お返しするね」


 その言葉通り、疲れ果ててぐったりしたわたしを置いて意気揚々と服を調達しに出かけた。

 時間的に深夜だから……お店開いてるのかな、とか心配していたら、もう日が跨いで年明けを迎えていたことを知って。


「え……すご…い。こんなに…」


 ついでに、置いて行っちゃったらしい樹希さんのスマホが大量のあけおめ通知を鳴らしていて、彼女がいかに人気者であるかも知ってしまった。

 あんまり見たら良くないと思いつつ…気になって画面を覗き込んだら、ピロンピロンと次々送られてくる中でたまに『今度はホテル行こうね』とか『次いつ会える?また会いたい♡』なんて明らかに体の関係を持ってそうなものも含まれていた。


「……やっぱり遊んでるんだ…」


 今さらすぎることだけど、改めてこうして目の当たりにすると落ち込む。


「わたしだけ、って……言ったのに…」


 心臓の辺りが締め付けられる痛みを訴えて、胸元を押さえながら枕に顔を沈めた。

 好きになればなるほど、傷付けられる。

 そういう人を好きになった自分が悪いって……分かってても、責めたい気持ちで心が埋まってしまう。


「ごめん、夜だからあんまお店やってなくて…安いのしか買ってこれなかった、って……優奈ちゃん、どうしたの?」


 しばらく経って戻ってきた樹希さんは、うつ伏せになったまま動かないわたしを心配してそばに来てくれた。


「具合悪くなっちゃった?大丈夫?」


 背中を撫でながら優しく聞かれたけど、何も言わないで首を横に振った。

 どうしても聞きたいことがあって、無言のまま起き上がる。隣に座った彼女は、心配そうな顔でわたしのことを覗き込んだ。

 相手から何か言われるよりも先に、枕元にある樹希さんのスマホを指差す。

 彼女の視線がわたしの手の動きにつられるように移動して、指差したものを理解した途端……やらかしたと言わんばかりの仕草で額に手のひらを置いた。


「あー……通知切んの忘れてた…」

「……そんなに、見られたくなかったの」

「ん?あ…いや。違うよ」

「じゃあなんで…」

「うるさくて、休めなかったかなー…って。なになに、嫉妬してんの」


 本人はなんでもない感じで、むしろ嬉しそうに聞いてきたけど……わたしには、笑える心の余裕もなかった。


「かわいー…大丈夫だよ。優奈ちゃんだけだから」

「…信じられない」


 いつもなら安心できる言葉も、今は軽薄なだけに聞こえて、それがまた嫌になって気分は落ちる。

 胸の内に秘めていたモヤモヤは増していくばかりで、自分の中だけに留めておけない。


「今日だって……女の子と、一緒にいたじゃん…」


 醜い嫉妬を吐き出したら、彼女は頭の後ろをかいて眉を垂らした。


「それは…付き合いで。仕方なくだよ」

「クラブに行く付き合いって、なに?あの子と付き合ってるの…?」

「いや、そうじゃなくて…えっと、なんていうか、仕事関係?」

「ヒモのお仕事?」

「い、いやいや。違うよ。普通に、仕事…てか、バイトみたいな……感じ?それ関係で…」

「なにそれ……わたし、それすら聞いてない…」


 ここにきて知らなかった事実を伝えられて、涙で視界が滲んでいく。

 わたしのことを好きというくせに、バイトしてることすら……そもそも、本当にバイトなのかも危ういけど。

 それ以外のことも、何も教えてもらってない。

 好きな食べ物すら…知らない。


「なんで、教えてくれないの…?」


 泣いちゃだめ、泣いちゃ…だめって、思えば思うほど涙が溢れて止まらなくなる。


「それに、喧嘩した時だって……そうじゃない時も、いつもいつも、なんの連絡もなしに居なくなって……この間、だって…っ」


 謝りたかったのに、帰ってきてくれなかったことも思い出して、いよいよ堪えきれなくなった涙の粒がポタポタとシーツを濡らした。

 結局、わたしも他の子と何も変わらない。

 勝手に期待して勝手に傷付いて、勝手に泣いて…彼女を困らせること、ばっかり。


 こんなんじゃ……いつ捨てられたって、文句言えない。


「…っごめ、ん。ごめんなさい、今の、忘れて…」

「優奈ちゃん」


 嫌われたくないがために、慌てて取り繕おうと涙を拭い取ったわたしの手を取って抱き寄せた樹希さんは、優しく頭の後ろを宥め撫でた。


「不安にさせて…ごめん」


 謝ってくれた後で、言葉が続く。


「この間は怒られて、どうしたらいいのか分かんなくて……もし嫌われたなら、離れた方がいいかな…って。会うのが怖くなったのも、あって」

「嫌いになんて、ならないよ…」


 初めて聞いた本心が、わたしが思うよりも戸惑いや不安に溢れていることを知って、自分と似たような気持ちだったことが嬉しくて、今にも泣きそうな樹希さんの唇を奪った。


「だからちゃんと…帰ってきて、ほしい」


 縋る思いでそれだけは真っ直ぐ伝えたら、彼女は安堵した顔で微笑んだ。


「うん。…わかった」


 この日、わたし達の関係は少しだけ……本当にちょっとだけど、進んだんだと思う。


 この出来事を経て、彼女は変わった。


 もちろん、良い方向へと。

 

 

















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