第18話
























 夕方から小一時間くらい寝て、ベッドの上で目を覚ました。

 おそらく樹希さんが運んでくれたんだろう……寒くないようにか毛布までかけられてて、服も彼女の着ていたジャージの上着を着せてくれてたみたいで、寝起きから優しさを感じて心がじんわりする。

 だけど隣には誰も寝てなくて、寝室を出てキッチンを通ってリビングに行ってみたけど、そこにも樹希さんはいなかった。

 また居なくなっちゃった……と寂しく思ったものの、いつものことだから仕方ないと割り切ってシャワーを浴びに脱衣所へ向かう。

 ジャージだけ脱いで、浴室へ続く扉を開ようとしたタイミングで、脱衣所の扉が先に開いた。


「…優奈ちゃん、夜ご飯買ってきたよ」


 ちょうど今さっき帰宅したらしい樹希さんが、少しだけ顔を出して覗き込んだ状態でそう声をかけてくれた。


「あ、ありがとう…」


 何も服をまとってない状態だったから、咄嗟に胸元だけは腕で隠しながら頷いたら、何を思ったのか彼女は脱衣所へ入ってきて、ご機嫌な様子でわたしを抱きしめた。

 相手の服越しに自分の素肌が密着するのが、変に緊張感を運んできて、恥ずかしさから身を縮める。


「私も一緒に入ろーかな。いい?」

「い…いいけど、お湯沸かしてないよ?」

「大丈夫、ふたりでシャワー浴びよ」


 こめかみの辺りに唇を当てて、一度わたしから離れてコートを脱ぎ始めた樹希さんを、そういえば初めてちゃんと見る……という変態な期待を持った。

 わたしの視線を気にも留めずシャツを脱いだ樹希さんは、何食わぬ顔で下着も脱いでいって、あっという間に素肌そのままの姿になる。


「よし、入ろっか」

「あ……は、はい…」


 わたしの下心になんて気付かない無邪気な笑顔で話しかけられたのと、思ってた以上にスレンダーな体に、気後れして萎縮する。

 普段は必死で、行為中に自分の裸体を晒してることなんて気にしてる余裕もなかったけど……改めて比較対象が目の前にあると、ちょっとだけ自信を失くした。

 勝てるのは胸の大きさくらいで、それすらもそこまで大きいわけではないから…恥ずかしい。

 あんまり見られないように意識しつつ、そそくさと先に浴室に入って、シャワーの蛇口をひねる。こうなったらこれ以上の恥を晒さないためにさっさと上がっちゃおう。


「…優奈ちゃんって」


 と、思ってたのに。


「腰つき、えろいよね」

「っひゃ、ん…」


 シャワーヘッドを持って、少し前屈みでお湯の温度を確認していたわたしの腰辺りをそっと撫でた樹希さんの指先に反応しちゃって、


「あー……かわいい。そういう反応されると、襲いたくなっちゃうんだけど」


 どうやらそれだけでムラムラしたらしい彼女にお腹を支えられる形で抱き寄せられて、結局……浴室とか関係なく行為が始まってしまった。

 断らないわたしもいけないんだけど、求められたら従う選択肢しか頭に浮かばないからもうおとなしく受け入れて、後ろから抱き止められたまま体中ありとあらゆるところを堪能された。

 最後にシャワーで体を清めて温まった頃には疲れ果てて、せっかく買ってきてくれた夜ご飯も食べずにベットへ倒れ込んで眠りこけた。服を着ることさえ忘れて。

 正直……えっちできるのは気持ちいいし嬉しいけど、身が持たない。

 でも体と笑顔くらいしか求められてるものがないから、せめてそこだけはなんとか付き合い続けようと思うものの、


「おはよ、優奈ちゃん」

「ん……おはよう…」

「……昨日の続きしていい?」

「…ごめん……あとちょっと、寝かせて…」


 さすがに、朝イチで誘われたのは体力が持たなすぎて、寝ぼけた頭で睡眠を優先させてしまった。

 樹希さんはわたしと同じだけえっちしてるはずなのに今日も今日とてピンピンしていて、まるで疲れた気配一つ見せていなかった。

 恐るべし、大学生の体力…

 平日の激務による疲れも溜まってる社会人のわたしには、とてもじゃないけど対応しきれない。


「……樹希さんって…性欲、強いよね…」

「え。ごめん…嫌だった?」

「いやじゃないけど……ち、ちょっとだけ、疲れちゃう…かも」


 歴代の彼氏たち相手だったらおそらく言えなかったであろう本音を、枕に顔を隠して吐露したら、樹希さんの手が頭にぽんと置かれた。

 これで「えっちできないならもういい」なんて言われちゃったらどうしよう……なんて不安に思ってたけど、その行動ひとつで安堵する。


「今度から気を付けるね。優奈ちゃんかわいーから我慢できるか分かんないけど…」


 耳の後ろや後頭部に軽くキスを落としながら優しく言ってもらえて、安心しきった体から力が抜けていく。


「しんどい時は教えて」

「ん……平日は、お仕事だから…あんまり、できないかも…」

「わかった。…ありがと、正直に言ってくれて」

「んーん……ごめんなさい、えっちさせてあげられなくて」

「…大丈夫。その分、できる時にいっぱい楽しむから」


 こんなこと言われたの、初めてかも。


 今までの恋愛の癖で変にビクビクしちゃうけど、そっか……樹希さんは、したい時にできなくても怒らないんだ。

 思えば高確率で、する前に「いい?」と確認を取ってくれるのも、今までの人にはない対応だった。

 わたしの意思とは関係なくされることが当たり前だったから、改めて考えると丁寧な対応すぎるのが慣れなくて心が落ち着かなくなる。


「…すき」


 むず痒い気持ちを声に変えたら、樹希さんの腕が腰に回って優しく抱き寄せてくれた。


「今、我慢してるから……そんなかわいいとしんどいんですけど」


 髪にキスをして愛でる行動とは裏腹に、苦情の言葉を投げられる。

 唇は耳と外側までやってきて、挟んでは弱く吸う…を何回か繰り返されたら、すんなり準備を終えてしまった体が熱を持ちはじめる。


「…キスするだけなら、いい?」

「ん……いい、よ…」


 そのくらいなら…と。許したわたしが甘かった。


「優奈ちゃんの背中、綺麗でかわいーね」


 唇には目もくれず、腰の上に跨った樹希さんは指先で背筋をなぞり始めた。

 くすぐったさから体を反らせて、その動きに合わせて指は一度離れ、今度は覆い被さるように後ろから抱きつかれる。


「最後まではしないから……安心してね」


 耳元でそう囁かれた後は、首やうなじ、肩から背中へと唇を柔く押し当てながら時間をかけて降りていって、わたしの体が意に反して期待感で震えた頃、腰の窪みに吸いついた。

 あ……やだ…今それ、されちゃうと…

 ゾワゾワした感覚が駆け抜けたことに耐えきれなくて、自分からねだるように腰を持ち上げてしまった。

 言わなくても意図を汲んでくれた彼女の、意地悪な指先が内ももに伸びる。


「っ……ふ、ぅ、う…」


 あとちょっと、なのに。

 なかなか訪れてくれない、惜しいところを擦るだけの刺激に、もどかしさから心を辛くして顔を埋めていた枕をぎゅっと握った。

 そこ、もう…少し、上。

 ほし…い。

 無意識のうちにお尻を突き出して、刺激を得ようと揺れ動くのに……指は触るどころか離されて、今度は熱い唇の感触がかなり際どい部分に当てられた。


「ぅ…うー……やだ…それ、う…ぅ」

「…嫌なの?」

「ち、が……ん、うぅ…おねが…い。樹希…さん、おねがいだから…」

「んー…?なーに、優奈ちゃん」


 絶対に分かってるのに、知らないふりをした意地悪な声が届く。

 それがまたより一層、わたしの興奮を促して、


「こっち、にも……キス…してほしい…」


 あられもない姿になることも厭わず自ら足を開いて見せつけたら、樹希さんは喜んで飛びついた。

 まんまと相手のペースに持って行かれて、思惑通りの行動を起こしてしまったバカなわたしは、睡眠欲を捨て去って性欲に溺れる。

 こうやって結局は許しちゃうのが良くないって…分かってるけど、でも、気持ちいいんだもん……我慢なんてできるはずない。

 樹希さんと出会ってから、自分が思っていたよりも堪え性がなくて欲に弱いことを知った。


「あぁ〜……もう昼だ…寝ないと」

「…ふふ。お昼って、ほんとなら起きてる時間だよ?」

「でも夜に備えないとだからさー…」


 行為が終わってから、参った様子で樹希さんが額に手を置いて呟く。


「?……夜、なにか用事あるの?」

「クリスマス、無理に予定ずらしてもらったから…埋め合わせしないと、さすがに…」


 言葉から察するに……多分、女の子との約束だよね。

 内心、やっぱり他の子の気配を感じちゃうと凹むけど、慣れていかないと。

 樹希さんのそばにいるなら、こういうことは当たり前にあるもんね。いちいち気を沈めてたら心が持たない。


「明日の朝には帰ってくる?」

「優奈ちゃんが家出る前に帰れるかなぁ……入れ違いになるかも」

「ん、それならそれで大丈夫だよ。会えるなら、別になんでも…」

「いや…ごめん。明日の夜も帰れないと思う。だから会えない日続いちゃう」

「…そっか。わかった」


 幸せな時間が続いたと思えば、また不幸へ落とされる。


 それでも笑って、樹希さんを見送ることにした。

 

















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