第16話


























 帰っても、樹希さんとは会えなかった。


 連絡しようかな……ってスマホを開いたけど、ここでまた連絡して「しつこい」とか、さらに嫌われちゃったら嫌だな…なんて怖気づいて勇気を出せなかった。

 とりあえず、いつ帰ってきてもいいように心の準備だけはしておく。ついでに、部屋も綺麗な状態を保たせておこう、と掃除をはじめた。

 樹希さんが少しでも居心地いいと感じる環境を用意するため、あとは少しでも紛らわせるために。


 家中、あちこちを丁寧に掃除して回った。


 休日はそんな風に過ごして、平日は相変わらず忙しい繁忙期を乗り切る思いでがむしゃらに働いた。

 そうして、一日、三日……一週間、二週間と時は過ぎたけど、


「…もう、帰ってこないのかな」


 その期間、一度も……彼女が家に戻ることはなかった。もちろん、連絡もない。


 あと一週間も経てば、クリスマスを迎える。…もしかしたらその日は、別の女の子と過ごす予定でもあるのかな。ちょうど土曜日だもんね、遊ばないわけないか…

 嫌だと思うけど、ここは目をつぶるしかない。

 それに一番みんながデートに行ったりする前日のイブは仕事だし、どのみち一日中一緒に過ごすとかはできない。

 仕方ない……仕方ない、と言い聞かせて、またひとりきりの日常に戻る。


 結局、クリスマスの前日になっても樹希さんが帰ることはなく。


「倉田さん、今…お時間よろしいですか」


 いつも通り残業を終えて、せっかくだからケーキでも買って家で食べようかな…なんて考えていた帰り際、青峰さんに捕まった。


「ご、ごめんなさい。この後、予定があって…」


 今日がクリスマスイブということも重なって、変に警戒してしまったわたしは、誘われる前に断ってその場から退散した。

 ……樹希さんと会えないなら、他の男性と過ごしてもいいのかもしれないけど。

 前に、どこにも行かないって約束したもんね。

 そばにいなくても、過去に交わした約束は守って帰路についた。

 途中のスーパーで、惣菜のチキンなんかと、ひとりで食べるには大きい……それでも一番小さなホールケーキを選んで、寂しいからお酒もいくつか買って帰った。


「ただいまー…」


 家に着いて、心のどこかで「いてくれるかも」と期待して玄関を開けたものの、室内はしんと静まり返っていた。

 まぁ…いないよね。

 分かりきってたことだから、落ち込みもしない。むしろこの期に及んで期待を抱いてたのがバカとさえ思う。

 先に軽くシャワーだけ済ませてから、リビングのローテーブルに買ってきた惣菜やケーキを並べた。

 …なんとなく寂しいから、スマホ置きにスマホを横向きにして置いて目についた適当な動画を再生した。


「…いただきます」


 ポツリと呟いて、まず最初に缶ビールを開ける。

 二十五にもなれば飲み慣れてきた苦い味を喉の奥に通して、痛快な炭酸の刺激に思わず目を固く閉じて、なんとも言えない美味しさを噛み締めた。


「っはぁー……なんか、久しぶりに飲んだ気がする…」


 ひとり言の感想を拾ってくれる人も、今はいない。

 寂しくなる前にチキンやらサラダやらを食べて、空腹と共に虚しい気持ちを紛らわせた。

 チキンをひとつ食べ終わる頃には缶ビールはカラになって、ほろ酔い気分で一旦……動画を止めてスマホを手に持って背もたれにしていたソファに体を預けた。

 ぼーっとしながら、何気なくメッセージアプリを開く。


 樹希さんからの連絡は……来てない。


「……さびしい…」


 上半身だけよじらせてソファの上に腕と頭を乗せたら、酔いで回ったふわふわ世界の中、じわじわと顔の辺りに熱気をまとった。泣きそう。泣かないけど。

 気持ちいいような感覚に目を閉じて、もうこのままふて寝しちゃおうかな……なんてヤケクソになり始めたわたしの耳に、玄関の扉が開く音が届く。

 驚いて体を起こして、リビングからキッチンへと出てみたら、


「…ただいま」


 赤い薔薇の花束を片手に、やけにお洒落した樹希さんが、ちょうど玄関の鍵を閉めたところだった。


「お、おかえりなさい…」


 突然の帰宅に戸惑いながらも、小さな声で出迎える。

 …どこか、出かけてたのかな。

 中性的でよく似合う、かっちりした形のコートとカジュアルなスーツ調の格好で、髪型も整えた樹希さんを見て、多分…デートでもしてきたんだろうと察してしまう。

 イブにデートしたなら、そのまま泊まってこなかったことが不思議で……もしかしたら、女の子にフラレちゃったのかも…?なんて都合のいい期待を抱いた。


「……あげる」

「あ……え?ありがとう…」


 靴を脱いで入ってきた樹希さんは、まず最初に持っていた薔薇を胸元に押し付けるみたいに渡してきた。

 反射的にそれを受け取っちゃって、動揺しつつお礼を伝える。


「わ、お花のいいにおい…」


 花束から香ってきた薔薇独特の香りに感動して、ついつい鼻をスンスンさせて匂いを嗅いだ。


 そこに、樹希さんの香水の匂いが混じる。


 距離を詰めてきた彼女を見上げたら、静かな中に怒りのようなものを滲ませた瞳と目が合って、呑気に花の匂いを楽しんでいた息を止めた。

 ……今日、あの香水使ってくれてるんだ。

 自分で作った、樹希さんらしい色気ある香りが、胸の奥をきつく締め付ける。

 他の女の子に会うのに、つけてほしくなかった…そんなわがままな気持ちが湧いて、だけど言えるわけもなくて俯いた。


「…優奈ちゃん」


 冷たい指先が、頬に触れる。


「外、寒かったから……あっためてよ」


 そっと顎を持たれて、顔を上げさせた彼女は、ひどく傷付いた表情でわたしを見ていた。

 慰めて……って、ことだよね。

 ただの希望に過ぎなかった予想は現実になったみたいで、きっと誰かに傷付けられた樹希さんの求めるまま、冷えた体温の唇を受け止める。

 

「ん……ほんとに冷たいね…」

「…優奈ちゃんは熱いね。お酒飲んだの?」

「ちょっとだけ…」

「そっか。…酔ってんのも、かわいいね」


 耳元の輪郭に唇を寄せてきた樹希さんの、肌の表面とは全然違う熱を持った吐息に心を昂ぶらせた。


「お酒の匂い混じってんの…えろい」


 香りを楽しむみたいに鼻先が輪郭に触れて、服の裾を持ち上げられたと思ったら、そのまま脱がされる。

 わたしを■にする間にもこめかみの辺りや耳の裏側、首筋に唇が当たる感触がして、そのたびにいちいち心臓が跳ねた。

 言葉も交わさず色んなところにキスを落としながら、衣服を床に散らばせていって、少しずつ後ろへ…後ろへと移動して……気が付けば、寝室のベッドへと背中がついていた。


「…あつい」


 ベッドに着いた頃、すっかり汗ばんでいた彼女は雑に着ていたコートを脱ぎ捨てて、元から第二ボタンくらいまで開いていたワイシャツをのボタンを、さらにいくつか外した。

 綺麗に浮き出た鎖骨が見えて、それだけでドキドキする。

 見惚れる前に唇を奪われたと思ったら、ふんわり香る樹希さんの匂いに思考は溶けた。


「優奈ちゃんは…寒くない?」

「うん……へいき」

「よかった。……手、冷たかったらごめんね」

「っ…ん」


 ■元に置かれた手だけは確かにひんやりしてたけど、今はそれが気持ちよくて、体は素直に反応する。


「やばい……汗かいてんの、えろいね」


 素肌にじっとり滲んでいた汗を指の腹で拭い取って、寄せられて出来上がった膨らみの間へ向かって顔が落ちる。

 どこか味わうみたいに吸いついた姿がなんだかいやらしく映って、気恥ずかしさから毛布の端を掴み持って顔だけ隠れた。

 たまに跡を残しつつ、お腹や■■へ移動していった唇の感触を、見えてないからかより敏感に感じ取る。


「は、う……ぅ」


 少し酔ってるから…かな。


 それとも久しぶりだからなのか、今日は一段ときもちいい……気がする。


「なんか…いつもより、溢れてくるね」

「っあ……う、ごめんなさ…」

「…うれしーよ」


 その言葉を体現するかのように激しさは増して、何をされてるのかもはや分からないままに意識が飛びかけた。

 よほど嬉しかったのかそれだけでは止まらなくて、しばらく息をすることも許されないくらいの感覚を与えられ続ける。

 押し寄せては引く波にも似た■■が、いつまでも終わってくれない。

 もう自分がどんな声を出してるのかも、耳に届いてるはずなのに聞こえないくらい、恥じらいも吹き飛ぶほどに何も考えられなくて、襲いかかる■■から少しでも逃げるため体をねじって樹希さんの後頭部に手を当てる。


「まって……まっ…て、ぇ…っいつきさ…んぅう」


 必死に懇願しても、その後もわたしの声が枯れそうになるまで樹希さんからの■■は続いた。


 終わったのは、息をする余裕も失くした後で、


「っはぁー……あっつ…」


 濡れた口元を服の袖で雑に拭いながら体を起こした樹希さんが、汗で湿ったワイシャツを脱いだのを、ぼやけた視界でぼんやり捉えた。

 脱力しきったわたしを抱きしめに来てくれた背中に手を回して、甘えた仕草でスリスリしてきたことを愛らしく思う。


「ごめん、やりすぎちゃった」

「んーん……へいき。きもちかったから…」

「久しぶりの優奈ちゃん…まじでえろい。めっちゃえろかった、好き」


 頬にされたキスも素直な感想も、照れた気持ちでむず痒くなりながら受け入れる。


「わたしも…すき」

「ん〜……優奈ちゃんかわいい。かわいすぎる。もう一回していい?」

「ん、いいよ……いっぱい、して…」

「そんなこと言われたら、朝までしちゃうよ」

「うん……ここも、触って…?」

 

 今度は、深くまで入り込んで……と。

 彼女の手を■■まで誘導して、言葉には出さず暗に伝えたら、喜んで聞き入れてくれた。

 今日がクリスマスだということも、酔っていたことも相まってか、その後の行為は普段よりも盛り上がって、無我夢中で楽しんでいたら……本当に、気が付けば朝を迎えていた。



















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