第14話
臨時収入が入った樹希さんに連れられて、今日は香水作りのため電車で数十分ほどの都内にやってきた。
なんで香水…?という疑問は、
「お互いの匂い作るの、えっちじゃない?」
悪戯に笑った樹希さんが解消させてくれた。
確かに……それはちょっとえっちかもしれない。
恋人と香水を作りに行くなんて選択肢にもなかったわたしは衝撃を受けつつも喜んで、この日のために樹希さんが用意してくれた洋服に着替えて家を出た。
外はもうすっかり冬で寒かったから、温めるというのを口実に手を繋いでもらう。
なんだかんだ初めてのデートらしいデートに浮かれて、足取りも普段の倍は軽やかなわたしを、樹希さんは優しく微笑んでエスコートしてくれた。
「優奈ちゃんはこっち歩こうね、危ないから」
さすがは女の子の扱いに慣れてるだけあって、彼女の行動はまさに余裕ある大人の対応ばかりだった。
な、なんか……わたしの方が年上なのに、申し訳ないな…
思えば、樹希さんは大学生って感じがあんまりしない。やっぱり場数を踏んでるからか、落ち着いた雰囲気はとても年下には思えなかった。
身長も、女性にしては高い方だから……そういえばヒールなんて履いたの久しぶりかも。
元カレはちょっとだけ身長が低くて、それを気にしてたから、わたしが合わせてスニーカーとかヒールがないものを選んでた。
こういうのを気にしなくて済むのも、気が楽だった。
同時に、きっとわたし以外の人も同じようなことを思うんだろうな…って、こんな時でも暗いことを考えた。
「……樹希さん、女の子からモテなかったことある?」
「ない。だいたいみんな仲良くしてくれるよ」
「だよね…」
自分から聞いといて落ち込んで、ちょっとだけ拗ねる。
「……今は、優奈ちゃんだけだよ」
これも、女の子を口説く時の常套句なんだろう。
明らかに言い慣れた言葉にも、単純バカな心は動じてしまう。
…他の子と、会ってるくせに。
口には出せない不機嫌を抱えて、悟られないように笑顔を浮かべた。
「うれしい」
「今日の優奈ちゃん…たくさん笑ってくれるから、私も嬉しいよ」
彼女の目的が、“女の子を笑わせるため”ということを忘れちゃいけない。そのためだけに、こんなにも優しくしてくれてるのを、勘違いしないように気を付けなきゃ。
改めて浮つきそうな自分を諌めて、でも今日という日はデートだから浮かれちゃおうと開き直った。
家から駅まで歩いて、電車に揺られて、降りたらそこからまたさらにちょっと歩いて……無事に、今日の目的である香水作り体験を開催してるお店に到着した。
「すみません、予約していた白川なんですが…」
しっかり予約も済ませてくれていたらしくて、待つことなく店内へと案内される。
初めに香りについてだったりの軽い説明を数分ほど受けて、さっそくフレグランス選びをすることになった。十数種類までなら、好きに選んでいいらしい。
わたし達はお互いの香りを作るから、イメージなんかを話しながら選んでいった。
「優奈ちゃんの香りのイメージはねー……とにかく甘めかな」
「そ、そうなの?」
「うん。癒やし系だよね。…だからもう少し柔らかいやつがいいかなぁー…」
樹希さんは思いのほか真剣に悩んでくれて、その隣でわたしも悩む。
「私のイメージって、どんな感じ?」
「え、ど……どうだろ。爽やか系…かな」
「ははっ、ほんとに?初めて言われた、爽やかなんて」
「いや、でも…やっぱり、セクシーな感じかも」
「ほー……なるほど?どういう風になるか想像つかないや。楽しみにしてるね」
「う、うん」
フレグランスの種類は100以上あって、こんなに多い中から決められるかな……って思ってたけど、いくつかそれっぽい香りを見つけた。
これもあれもと、樹希さんっぽいのを探しているうちに意外とすんなり選べて、選んだ後は店員さんの丁寧な助力を貰いながら調合やら何やらをして、最後に瓶のデザインを決めた。
わたしはスッキリした形のものを、樹希さんは可愛らしい丸いフォルムのものを、それぞれお互いの印象に合わせて選ぶ。
自分の作ったやつだけ最終的な香りの確認は終えてたけど、実際につけてみるまで感想は伏せておこうという樹希さんからの提案で、即日で持ち帰ってもいいらしい香水を貰ってお店を後にした。
「帰って、どんな匂いか確かめるのたのしみ」
「うん、私も」
店を出てすぐ微笑み合って、自然と手を繋いで歩き出す。
「…でも今日は、おうちには帰らないよ」
この後どうする?って聞こうとしたら、先にそう言われて足を止めた。
どういう意味だろう……考えても分からなくて首を傾げたわたしを、彼女は優しく目を細めて見下ろした。
「ホテル…とってあるから」
そこでようやく、そういった意味のお誘いだということを理解した。
言動や行動の全てが慣れてる樹希さんと違って、わたしはそんな風にスマートに誘われることに慣れてなくて、ひとり頬を赤らめる。
なんて返したらいいか動揺したところに、顔を覗きこまれて近い距離で見つめられた。
「一緒に、泊まってくれる?」
ほんの少しだけ不安に揺れる瞳で聞かれて、断れるわけもなくて……断るつもりも、もちろんなくて。
「……うん」
小さく頷けば、樹希さんは安心した顔でわたしの手を引いて街中を進んでいった。
ゆっくりめの時間に家を出たから、今はもう夕方で…一番早いチェックインの時間がもう過ぎていたからか、その足でホテルへと向かった後ろ姿にドキドキしながらついていく。
辿り着いたのは思っていたよりも大きく高いビルの前で、中に入ると吹き抜けの天井が開放的なロビーが出迎えた。
ソワソワした気持ちで受け付けを済ませる樹希さんを待って、
「…お待たせ」
「う、うん」
後は、部屋に行くだけとなる。
「あ……でも、服とか…」
「近くにお店たくさんあるから。…あとで必要なもの買いに行こ」
「うん…わかった」
気になっていたところも解消されたら、もうわたしたちの間に躊躇うものは何もなくなって、エレベーターを上がって目的の階数で降りて、部屋についてすぐ。
「優奈ちゃん…」
内装を楽しむよりも先に、ベッドの上へと誘われた。
「抱いても、いい?」
今にも始まりそうだった雰囲気の中、それでも彼女はわたしの意思を確認してくれる。
もちろん……と頷きたいところだったけど、ひとつやりたいことがあったから、わたしにしては本当に珍しく首を横に振って断った。
一瞬、傷付いた顔をしたことに良心を痛めながらも、ベッドを降りてさっき作った香水の入った紙袋を持つ。
「……先にこれ、使ってみたい…」
恥ずかしかったから袋で顔の半分を隠すようにしながら伝えたら、ホッと気を抜いた顔をして樹希さんはわたしのそばへとやってきてくれた。
「そうだね、ごめん……先走って」
「ううん。…どうしても、作ってくれた香り嗅いでみたくて」
「きっと気に入るよ。優奈ちゃんのために、一生懸命考えたから」
額に唇を軽く押し当てて甘い言葉を吐いた樹希さんを、もう抱かれてしまいたいくらいの潤んだ気持ちで見上げる。
数秒、静かに視線を絡ませて、一度キスを交わしてから……触られたい欲は押し込めて袋の中から香水を取り出す。樹希さんも、すぐ渡せるように用意してくれていた。
お互いのそれを交換し合って、改めて自分の手元へやってきた瓶を、感激した思いで眺めた。
「うれしい……けど、香水あんまりつけないから、つけ方わかんないや…」
「はは、簡単だから大丈夫だよ。…つけすぎると匂いきつくなっちゃうから、ほんと数滴だけ手首につけてみて」
「う…うん」
緊張しつつ瓶の蓋を開けた途端、ふわり…とチェリー系の果実と花の蜜が混じり合ったような、柔らかく甘い香りが広がった。
「わ……すごい、いいにおい…」
「気に入ってくれた?」
「うん…!樹希さんは?」
「……嗅いでみて」
わたしが目の前の香水に夢中になってる間につけたらしく、トントンと自分の首辺りを人差し指で叩いて、嗅ぎやすいようにか顔を向こうへ向けてくれた。
晒された綺麗な首筋に心昂ぶらせながら、おそるおそる鼻先を近づけてみる。
「ん……えっちなにおいする…」
「…フェロモン系にしてくれたんだね。まさに私ピッタリ。さすが優奈ちゃん」
自分で作ったから匂いを知ってるはずなのに、実際に樹希さんがつけてるのを嗅ぐとこれまた違った印象が出てきて驚く。
なんとも説明のしがたい、上品で深みのある香りの奥に爽やかさが漂うような、どこかはっきりしないくぐもった香りは、樹希さんの掴みどころのない猫みたいな雰囲気にはピッタリのセクシーさがあった。
褒められたことも相まって、これにして正解だったと自信をつけた。
「…優奈ちゃんも、つけてみて」
促されて、やり方を教わりつつ手首に何滴か垂らして伸ばした後で、耳の後ろ辺りにも擦り込ませる。
自分でつけてみると、最初こそ香りが体を包んでいたものの、慣れてきたらあまり分からなくなってしまった。その事には、ちょっぴり寂しくなった。
お互い自然と、香り込みで相手を堪能しようと顔を近づけて、唇が浅く触れる。
「もう、我慢できないから……触らせて」
史上最高に切なくて甘えた声で抱き寄せられて、すでに身も心も準備を終えていたわたしは小さく首を動かした。
ベッドまではキスをしながら移動して、盛り上がった気持ちをそのままに、いつもより急いていて荒い動作で服を脱がされる。
「ここ、もう触りたい……入れていい?入れさせて」
「う…う、ん……いいよ…きて」
「はーぁ……かわいい。かわいーよ、ほんと」
本当に余裕がなさそうなのが可愛くて下から抱きつけば、ちょうど耳の後ろ辺りに鼻先が触れて、樹希さんの汗の匂いも僅かに混じった色気ある香りが脳を簡単にとろけさせた。
たまに自分の体からも、彼女の選んでくれた香りがして、身も心も全てを掌握されてしまう。
まるで「私のものだ」と言われてるような錯覚に陥って、体中に容赦なく残される跡達も“恋人みたい”なんて勘違いの後押しを進めた。
「優奈……好きだよ」
「っうん、わたしも…すき」
お互いがお互いに香りを送り合うという……まるでマーキングみたいなプレゼントを経て、わたし達の関係は何かが変わった。…と、思ってしまった。
実際はなにひとつ、変わってなかったのに。
「かわいい…好き。優奈も、もっと言って」
「ぁあ…っ、ん……す、すき…好き、樹希さ…」
「はぁ、もう……ほんとかわいい。だいすき」
だから悲しいことに、こんな盛り上がった行為の最中も、終わってからも…「付き合おう」って話はされなかった。
考えると傷付いちゃうから、わたしはもう考えることを放棄して、せめて行為中だけは与えられる優しさや体温に甘えては、深く暗い深海へと溺れていった。
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