第13話
























 束縛を受け入れたあの日から、


「ただいま…」

「おかえり、優奈ちゃん」


 彼女は、家にいることが多くなった。

 それでもたまに、一週間に二、三回程度はどこかへ泊まりに行ったりしていて、その次の日は必ず違う女の子の匂いをまとって帰ってくる。

 わたしはそれに気付かないふりをして、会えるならなんでもいいと割り切って日々を過ごしていた。

 ……青峰さんとのデートは、申し訳ないけど断ってしまった。


「あ、そうだ……これ。今月の家賃と食費」


 帰ってすぐ、封筒の存在を思い出して、鞄の中から取り出した。


「お〜……いつもありがとうございます」


 それを受け取ってくれた樹希さんは、封筒を上に掲げて深々と頭を下げた。

 わたしにとっても、ひとり暮らししてた頃より生活費が安く済むからありがたい話である。…元カレに使ってたプレゼント代なんかも、おかげで今は浮いてるし。

 だから前に比べて、だいぶ金銭面では楽になった。


「そういえば……お金で思い出したんだけどさ」


 それは彼女も同じようで、


「まとまったお金入ったから…今度、どっか出かけない?」


 寝室から茶封筒を持ってきて、中に入ってた札束を見せてくれた。


「そ、そのお金はいったい…」

「示談金」

「え?でも…」


 警察に捕まった彼と進めていた示談はまだ終わってなくて、わたしのところには入ってきてないんだけどな…と不思議に思う。


「あー……それよりも前に、似たようなことあってさ」


 樹希さん曰く、わたしの時とは違う過去の示談金らしい。

 その先は夕飯の準備を進めながら聞くことにして、彼女はわたしのそばをついて歩いて説明してくれた。


「こういうこと、しょっちゅうだからさ。定期的に貰えるんだよね、お金」

「……定期的に揉めて殴られてるってこと…?」

「まぁ、そんな感じ。失恋間近の女の子相手にしてると、よくあることだよ」

「もう……心配。あんまり無茶しないでほしいな」

「優奈ちゃんって、ほんと優しいね」


 人が心配してるっていうのに、樹希さんは嬉しそうに微笑んで後ろから抱きついてくる。


「…くっついてたら、えっちしたくなっちゃった」

「いいけど……ご飯食べてからでもへいき?」

「うん。早く食べて、早くベッド行こ」

「……早く終わらせるために、お手伝いしてくれる?」

「もちろんですとも。何すればいい?」


 意外にもお願いすれば快く家事なんかもしてくれるってことを、ここ数日で知った。

 最近は少しずつ包丁の使い方も覚えて、具材を切ってもらってる間にわたしは他の料理に手を付けたり、別の家事をしたりと役割分担ができ始めていた。

 だけど樹希さんは基本的にマイペースだから、


「見てみて、星型にした」

「わ……すごい、上手だね」


 こっちが何をしていても構わず、星型に切った人参を見せるためわざわざキッチンから離れて、脱衣所にまで来たりする。

 今も先に洗濯をしちゃおう…と洗濯機のそばで衣類をまとめていたら、無邪気な笑顔でやってきた。

 一度褒めたら満足してまた戻っていくんだけど、多い時はこれが何往復かあるから……自分で切った方が早いなって思うことは多々ある。


「見て、今度は六芒星みたいにした」

「ろくぼうせい…?」

「陰陽師のやつ」

「わぁ…!ほんとだ、すごいね…器用なんだね」

「へへん」


 だけどなんだか子供を相手にしてるみたいで、微笑ましい。


「野菜切ったよ、次は何すればいい?」

「お鍋で炒めておいてくれる?お肉と一緒に」

「……入れる順番とかある?」

「火が通りにくそうなものから」

「そう言われてもわからん。けどやってみる」


 作業が終わるたびに聞きに来ては、また戻るってことも日常茶飯事になりつつある。

 一度覚えれば家事もちゃんとできるみたいで、わたしが洗濯機を回してキッチンに戻ったら、もうお湯を入れるところまでしてくれていた。…ちなみに今日のご飯はシチューである。


「これ……火とめてから入れるんだっけ」

「うん、そうだよ。…入れる時は気を付けてね、お湯跳ねて火傷しちゃうから」

「わかった。優奈ちゃんも危ないから離れてて」


 わざわざ腕で遮るようにして、そーっとルーを鍋に落とす姿を見て、表情は緩みきる。…かわいい。

 本当にこういう時は大きな子供みたいで、やること全てが初々しくてかわいいんだけど……食事や寝る準備を終えてベッドに入れば、


「ここ好き?優奈ちゃん…」

「っう、んぅ……すき…っ」

「もっと言って。どこが好きなの?」


 一気に豹変して大人になるのが、なんというか…ものすごいギャップで、色んなところをきゅんきゅんさせてしまう。

 彼女は「好き」って単語を言わせるのが特に気に入ってるらしくて、よく聞かれては言わされる。

 それはそれで興奮するからいいものの……体力的には、ちょっとしんどく感じることもあった。


「…おっ■い寄せて」

「ん…」


 わたしが疲れのせいで反応が悪くなったり、最初から濡れにくい日があると気分が萎えるのか……■の膨らみを寄せさせて、そこに顔をうずめるという行為で欲を発散させていた。

 自分の腕で両脇から■を支えて、彼女は作られた■■に鼻先を擦らせながら、満足げに微笑む。

 いったい何が楽しいんだろう……と思うけど、何も言わずに好き勝手させておいた。かわいいから。


「はぁ〜、優奈ちゃんのおっ■いって柔らかくてきもちーね」

「そう…かな」

「うん。このサイズ感がいい。大きい」

「今は寄せてるからね…」


 しばらく人の■を揉んでみたりして堪能する樹希さんを眺めて楽しむ。


「んっ……あ、そこ…」

「…固くなってる。かわいー」


 そうしてるうちにまたいやらしい雰囲気になって、イチャイチャしながら軽く何度か■■せてもらったら、あとは寝かしつけられる……というところまでが、ここ数日の流れだ。

 ほとんど付き合ってるのと変わらないから充分に幸せなんだけど、頭の片隅で「他の子ともしてるんだろうな…」って考えちゃうと辛くなる。

 だからなるべく寂しい気持ちには蓋をして、幸せな時間だけを見ていようと心に決めた。


「…お出かけ、どこ行きたい?」


 数日経って、すっかり忘れていたことを樹希さんの方から話題にしてくれた。


「わたしはどこでも……樹希さんは?」

「んー……ラブホ」

「うん、いいよ」

「…優奈ちゃんは、なんで怒らないの?」

「え……別に、怒ることがないから…」


 思ったままを伝えたのに、彼女は不満げな表情で顔を近づけてきた。


「嫌なことは、嫌って言っていいんだよ?」


 あれ……もしかして、遠慮して言わないだけって思われてる?

 本当に何もないんだけどな…いや、他の子とえっちしてたりするのは考えちゃうと確かにちょっといやだけど、それも仕方ないって割り切ってるから。


 むしろこれまでの恋愛に比べたら、楽なほう。


 お金をせびられることもないし、殴られることもない。束縛も、GPSを付けたり10分に一回連絡してとお願いされることもなくて……なにより、えっちの時に痛くないのは大きい。

 昔は苦痛でしかなかったから、それが無いだけでありがたいとさえ思っちゃう。おかげで、前は誘われるだけで気が重かった。


「嫌なことなんて、ひとつもないよ」


 だから正直に伝えて微笑みかけたら、それでもまだ不満らしく拗ねた顔で抱きつかれた。


「……嫉妬とか、しないの」


 そう聞かれたら……もちろんする。


「…しないよ」


 でも、一度言い出したら止まらなくなりそうだから、自分でブレーキをかけた。

 その対応が良くなかったみたいで、どんどん樹希さんの表情が暗く、沈んでいく。そして、最終的にわたしの胸元へと顔をうずめて隠れてしまった。


「嫌なことあったら、教えてほしい……優奈ちゃんのために、直すから」


 どうしてそこまでしてくれるのか戸惑いながら、しがみついてきた体を受け止める。


「……せめて、してほしいこと言ってくれない?」

「してほしい…こと?」

「うん。なんでもいーよ」


 急に言われても思いつかないな……と困りつつ、ちゃんと考える。

 正直、今の時点でけっこう満たされてるというか、そばにいられるだけで嬉しいというか。だから何も出てこない。

 ……あ、これを言えばいいのかな。


「一緒にいられるだけで、うれしいよ」

「ちがう、だめ」

「えぇ…」

「もっと求めて…私のこと」


 そう言ってキスをされて、ひとつ浮かんできた願いがあった。


「……好きって、言ってほしい」


 関係性が壊れるのが嫌で、ずっと言いたかったけど言えなかったことを、勇気を出してお願いしてみたら、


「…好きだよ」


 彼女はすんなりと、言葉にしてくれた。


「も…もっと」

「好き」

「もう一回」

「好きだよ、優奈ちゃん」


 一回だけじゃ足りなかった欲張りな心で何度もお願いしてるうちに、気が付けばお互い心臓を昂ぶらせて、自然と肌を重ね合わせていた。

 言わせてるだけなのに、言われるたび高鳴る胸が勘違いを助長させていく。

 堪えるには辛すぎる独占欲が沸々と心の奥から湧き上がって、


「他の子には、言わないで…?」


 縋るような願望が口をついて出た。


 樹希さんは、切なく目を細めただけで、何も返してはくれなかった。























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