第12話
約束の休日。
てっきり朝から晩まで抱かれちゃうのかなって期待半分でいたけど、意外にも樹希さんはリビングのソファでゴロゴロするだけで手を出してくる素振りすら見せなかった。
同じソファの上、わたしの膝を枕代わりにした彼女は起きてからずっとスマホをいじっている。
「…樹希さん」
「んー…?なーに」
「暇じゃない?…映画とか、見る?」
「今はいいや。見たかったら、見てていーよ」
「あ、うん…」
自分から誘う勇気はなくて、おとなしくわたしもスマホを手に取る。
メッセージを確認すれば青峰さんから、今度は休日に出かけませんか、っていうお誘いが来ていて、どうしようか一瞬迷った。
……一回くらい、行ってみてもいいのかな。
今は彼氏もいなくて、肝心の樹希さんは相変わらず女の子のところへ遊びに行っちゃうから、付き合える未来は見えない。それなら、わたしも他に目を向けてもいいのかも。
…ちょっとだけ、嫉妬させたいって子供じみた思いもある。
色々考えて、誘いに乗るメッセージを返した。そしたら数分も経たず返信が来た。
『今は繁忙期ですので、お互いの体調などを考慮して予定を立てませんか?』
…青峰さんは、本当に真面目な人だと思う。
堅苦しくて苦手っていう人も中には居るけど、わたしは些細なところで思いやりを持った人だなって感じるから、実はけっこう好印象を抱いている。
異性としてはあまり見てないものの、人としては尊敬できる大人な男性だ。
「……誰と連絡とってんの」
予定を話し合うためしばらく文字を打つのに集中していたら、気に食わなかったのかスマホを奪い取られた。
「あっ……見ちゃだめ…」
「…なに、こいつとデートすんの」
無遠慮に画面を覗いて不機嫌な声を出した樹希さんは、体を起こしてソファの背もたれに手を置いて逃げ場を塞いだ。
何も悪いことはしてないはずなのに、謎の罪悪感が沸き起こって、慌てて首を横に振る。
「で、デートじゃない」
「……じゃあ、休みの日に男とふたりで会って、何するつもり?」
「な…何もないよ。ほんとにただご飯行くだけ…」
「ほんとにご飯だけで終わると思ってんの」
「それ、は…」
大人の男女がふたりきりで会うとなれば、当然そういう雰囲気になる可能性があることくらい、さすがのわたしでも分かるから……何も言葉を返せなかった。
多少のことは覚悟して連絡をとってたのもあって、余計に居心地を悪くする。
わたしの反応を見てさらに気分を害したのか、樹希さんの顔が分かりやすくムッとして、下から雑に頬を掴まれた。
顔の中央に頬の肉を寄せられてひよこ口になったブスなわたしにも躊躇う素振りすらなくキスをした彼女は、拗ねた気持ちを隠すことなく表に出した。
「最近してなかったから…欲求不満だったとか?」
「そ、そういう、わけじゃ…」
「えっちしたいだけなら、私に言ってよ」
まるで、“性欲処理するだけ”みたいな言い方をされて、
「っ……えっちしたい“だけ”じゃない…!」
傷付いた心で、カッとなって裏返った怒声で言われた言葉をそっくりそのまま否定してしまった。
わたしが大きな声を出すことなんてそうそうないから、驚いた樹希さんは後ろに身を引いた。
「欲求不満でも、ないよ…」
あなたが手に入らないから、他の人で埋めようとしただけ、なんて最低なこと言えるはずもなくて、次第に声は小さく、掠れていった。
わたし、最低だ。
気を引きたいとか、樹希さんじゃないなら誰でもいい……そんな理由で、青峰さんを利用しようとするなんて。
こんな時でも勝手に交わした約束だけは頭から離れなくて、なんとか泣かないように歯を食いしばる。
「…じゃあ、なに?」
良心の呵責で押し潰されそうになったわたしに、樹希さんは冷めた口調で言葉を吐いた。
「セ■クス目的じゃないなら、なんで会おうとしてたの」
「……知らない」
「好きなの?」
ちがう。
と、否定する前に、唇を塞がれた。
「ん…!んう、っ…」
いきなり舌を入れられて、困惑して肩を弱く叩いてみても相手が深いキスをやめてくれる気配はなかった。
それどころかどんどん深く入り込んできて、乱暴な力で押し倒される。
こんなこと初めてで、少しだけ怖くなって体を萎縮させた。
「っ…濡れなかったのも、そのせい?そいつが好きだから、気持ちが乗らなかったの?」
わたしの手首を強く掴んでソファの上に押し付けて聞いてきた樹希さんの顔は、怒っているというよりも泣いているように見えた。
「はぁー…クソ、なんで……」
鎖骨の辺りに額を乗せて、怒りで震えた吐息を吐いた彼女の頭を、つい癖のように撫でる。
自分でも怒られてるこんな状況で、なんでそんな呑気な真似をしたのか分からないけど、とにかくただ黙って相手の髪を触った。
グスグス泣きだしたことに対して、体が反射的に慰めようと動いたのかもしれない。
「……ごめん。乱暴して」
数分して、落ち着いた声色で謝られた。
「ん…へいき。わたしもごめんね」
「優奈ちゃんは謝らないで。…ほんとごめん」
頬に唇が当たって、樹希さんの方に視線を移動させれば、近い距離で目が合う。
しばらく何も言わず見つめ合って、キスへの期待感とドキドキが高まりすぎて、我慢できなくて顔を近付けたら、そのタイミングで相手も近付けてきた。
唇が浅く触れて、離れることなく互いに相手の皮膚を柔い動きで包み合った。
どちらからともなく舌も絡まり合っていって、キスだけでゾクゾクした感覚に浸りながら、早く触ってほしい体が無自覚のうちに■を前に突き出していた。
「…うわぁ……えろ…」
「え…?」
「今日、ブラしてなかったの?」
わたしの■元を見下ろして、興奮を隠しきれずに呟いた樹希さんの言葉に、頬を赤らめる。
「しかもぴっちりセーター……これは誘ってるでしょ」
一部だけぷっくらと分かりやすく浮かび上がったそこに親指の腹を当てて、まるで見せつけるように何度も弱く擦りながら潰しては、指をどかしてまたぷっくらさせていた。
恥ずかしすぎて、手で隠しながら顔の向きを横へとずらす。
そのせいで無防備になった首筋に、彼女はそっとキスを落とした。
「めっちゃ立ってるの、自分で分かる?」
耳のすぐそばで、意地悪な囁きが聞こえる。
「いつからこんなえっちな体になっちゃったの、おねーさん」
「っ……いつき…さんの、せい」
昔の呼び方に戻っちゃったのが気に食わなくて、反抗する思いで言ったのに、どうしてか耳元では鼻から抜ける微笑んだ吐息が聞こえていた。
「じゃあ責任取って、気持ちよくしないとね」
その言葉を実行に移すため動いた指先によって、わたしの体は勝手にピク■と反応して震えた。
久しぶりなのも相まって以前より恥ずかしくて、少しでも声を抑えようと口元に手の甲を当てる。だけどすぐ、彼女の手がわたしの手首を持ち上げた。
代わりに差し出された唇を受け入れて、■■から伝わるもどかしいような感覚に、何かを求めた■が勝手に浅く動く。
わたしの無自覚の期待に応えようと■■■へと手を伸ばして、樹希さんは参ったと言うみたいに肩の辺りに頭を置いた。
「あー……かわいい。やばい」
余裕ない声が聞こえたから、今どんな顔をしてるんだろうって気になってみてみれば、口元が緩んでるのが視界に入った。
「濡れてるの、めっちゃうれしー…どうしよ。もうむりだ…」
「ぁ…ん、うっ……や、いきなり…」
「ごめんね、我慢できなくて」
そんなにも興奮してくれてるんだ…って思うと、それだけで込み上げてくる。
わたしの体が特段大きく震えたのを、樹希さんは今まで見たことないくらい照れた顔で■は抜かないままに抱き包んだ。
「はぁー……男だったら、このまま■に出して妊娠させられるのになー…」
どんな感情がそれを言わせたのか、ため息混じりの声が耳の近くで小さく響く。
「そしたらもう、逃さないでいられるのに」
怖いことを言われてるはずなのに、心は歓喜で染まってしまう。
やめ…て。
他の子にも、言ってることなのかもしれない、けど……わたし、そんなこと言われたらもっと好きになっちゃう。
独占欲にまみれた言葉を言われちゃったら……バカなわたしは、独り占めされたいと願ってしまう。
「男じゃないから……おとなしく、いっぱい触って気持ちよくさせるね」
「ぅう、あ…っ、まって、今…」
「待ってあげたいけど、こんなに濡らして誘ってくるんだもん…やめられないよ」
「んうぅ〜……っや、■■、だめ…」
「最初は、ここそんな感じなかったのにね。……すっかり覚えちゃったね、きもちいいの」
覚えさせた当の本人が、なぜか嬉しそうな顔で言ってくる。
「優奈ちゃん……こんなに気持ちよくさせられるの、私だけだよ」
言葉のわりに自信のない様子で、樹希さんは隠れるみたいに首元へ顔をうずめた。
「だからさ、私だけにしてよ。…他の男のとこ、行かないでよ」
これだから彼女は、他の女の子の心も掴んで離さないんだろうな…って。
告白じみた言葉の中に、一度たりとも「好き」の二文字が入らないもどかしさとか。
自分は縛るくせに、縛られるのは嫌だって…理不尽に遠回しにそう告げられてて、どこまでも都合のいい女止まりになる未来が見えるのに、断ったら簡単にいなくなっちゃいそうな危うさとか。
…クズって言われちゃうのも、分かる気がする。
だってこんなのずるいって思うのに、お願いされたら逆らえない。…きっと彼女もそれを分かっていて、自分の腕に閉じ込めようとしてる。
「…どこにも行かないよ」
そんな彼女に愚かにも、わたしはまんまとハマってしまった。
「彼は職場の人だから……連絡とらないとかはむりだけど、でも…なるべく関わらないようにする」
これまでの恋愛経験から、こういう束縛なんかの対応には慣れてて、それもあって「自分なら大丈夫」っていう謎の自信抱いていたのも、要因のひとつだった。
自ら不幸に突き進む体質は、今も昔も変わらない。
ただ、相手が変わるだけ。
わたしはずっと、バカな女のままだ。
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