第8話
凛ちゃんに話していた通り、わたし以外の子と遊ぶことにしたのか……樹希さんは、酔った友達を家まで送っていくという口実で連れ去っていった。
「…ね、言ったでしょ。あいつは、ああいうやつなんだよ」
非常な現実を目の当たりにして暗く沈んだわたしの肩に手を置いて、凛ちゃんはそれだけ呟いた。
返事をする元気も無くしてたから、小さく頷いただけで反応を返して、早くひとりになりたい…と早々に別れを告げて帰路につく。
家で飲み直すため途中のコンビニで缶チューハイとおつまみをいくつか買って、そのうちのひとつは歩きながら開けてしまった。
甘くて苦いレモンサワーを喉の奥に流し込んで、胃に落とす。
じわじわ、クラクラと揺れる世界の中で、涙だけはひたすら堪えて、ふたりで暮らすアパートの一室へ辿り着いた。
「はぁー……もうやだ…」
玄関に入って、床に膝とレジ袋を落とす。
なんで、自分を傷付ける人ばかり好きになっちゃうんだろう。
…思えば、どの彼氏も最初は好きじゃなかった。
相手から好意を持たれて、口説かれて、流されるままに付き合って…気が付けば、わたしの方が好きになってて。
尽くせば尽くすほど、相手の対応は雑になっていって。それが悲しくて、だけど文句を言えるほどの勇気もないから、おとなしく従って……の、繰り返し。
そう考えたら、いつも通りのことで……樹希さんに限っては口説かれもしないから、始まってすらないかも。
わたしが勝手に、惚れただけ。
「なら……仕方ないのかな…」
彼女が悪いわけじゃない。むしろ彼女は、ただ普通に過ごしてるだけで、付き合うために口説いてるわけじゃないから……これは、この虚しさは全部、わたしのせい。
「……おつまみ、なに買ったっけ…」
いつまでもウジウジしてても樹希さんが手に入るわけじゃないから、自分が悪いと結論づけて、気を紛らわすためにレジ袋を漁る。
中にあったお酒と、しょっぱい系のお菓子をいくつか取り出して、それを持って雑に靴を脱ぎ捨てた。
リビングのソファに腰を下ろして、さっそく缶を開ける。
一気にゴクゴク飲んで、さらに酔いを加速させた辺りで……玄関の扉が開いて、帰宅した樹希さんの姿が開いた扉越しに見えた。
「お。飲んでんね」
「え……あ、おかえりなさい…」
「ただいま。…なに、飲み足りなかったの?」
「う、うん…」
まさか帰ってくるだなんて思ってなかったから、呆気にとられて落としそうになった缶を、そばまで歩み寄ってきた樹希さんの手が支え持ってくれた。
「おっと……危なかったね。こぼしちゃうとこだったよ」
「ご、ごめんなさい…」
「へーき。…優奈ちゃんがまだ飲むなら、私も飲もっかな〜」
一度またキッチンへと戻って、冷蔵庫からビールを取り出した樹希さんは、リビングに来てわたしの隣へと座った。
隣でプシュリと缶を開けた姿を、驚いて目を何度も開け閉めしながら見る。酔いもすっかり覚めてしまった。
あ、あれ。今日、さっき……他の子お持ち帰りしてたはずじゃ…?
それなのに家にいることが信じられなくて、夢かもしれないと樹希さんの膝に触れてみる。…ちゃんと感触も、体温もあった。
「……なに。誘ってんの」
わたしの行動に、綺麗な口の先が持ち上がって、意地悪な微笑を作り上げた。
「えっちする?いーよ、優奈ちゃんならいつでも大歓迎」
「や……そういう、意味じゃ…」
「…したくない?」
ずるい聞き方をされて、思わず首を横に振る。
「じゃあ、しよーよ。…おいで、優奈ちゃん」
「で、でも……さっき、送ってた子は…?」
「ん?途中でタクシー呼んであげて、ちゃんと帰したよ。家で彼氏が待ってるから大丈夫…って」
あ……お持ち帰り、失敗しちゃったのかな?
だから帰ってきてくれたんだ…と納得の理由を貰えて、それなら経緯はどうであれ、一緒にいられることを嬉しく思った。
「…それに、優奈ちゃんと過ごしたかったから」
続けて嬉しいことを言われて、さらに気分は舞い上がる。
「お化粧して、お洒落して……せっかく可愛くしたのに、そばで見ないなんてもったいないじゃん。…あ。もちろんいつもかわいいけどね。でも今日はもっとかわいいから」
「そ、そう、かな…?そんなことないと、思う…けど」
「…こんなかわいい子、誰も放っておけないよ」
あぁ…だめだ、わたし。
宝物を扱うみたいに頬を触られて、真っ直ぐ見つめて褒められて……こんなの、惚れないわけない。
怖いくらいの深みにハマっていく。
言い慣れた口説き文句に浮かれて、バカみたい。
そうやって頭の中には、これが愚かなことであるという自覚が、しっかり明確にあるのに。
「樹希…さん」
手が、体が、心が彼女を求めて突き動かされる。
「おねがい、抱いて…?」
相手の服を握って、精一杯のおねだりをしてみれば、樹希さんの瞳が切なく細まった。
腰を抱き寄せられながら唇が重なって、持っていたお酒は奪い取られてテーブルへと置かれた。
ベッドへ移動することもなく、ソファの上でひと通り……思う存分に抱かれた後は、樹希さんが「準備するから待ってて」と言って部屋を出て行った。なんの準備だろ…?
のぼせきった頭で、天井を見上げながら呆けること数分。
「…今日さ、これ使っていい?」
「ん……な、に…」
重い体を少し持ち上げて見てみたら、見慣れない何かを持った樹希さんがそばまで来た。
「え。それ…」
「やっぱり……だめ?こういうの嫌い?」
「え……う、うぅん…使ったこと、ないから……わからない…」
「……やだ?」
「い、いい…よ」
ちょっと、怖い……けど、樹希さん相手なら大丈夫かな。
彼女の経験豊富さを信じることにして、人生で縁もないような物をなにやら準備している間は、なんとなく見ない方がいいかな…って目を逸らした。
「よし、おっけー。続きしよっか」
「う、うん…」
ソファで横になるわたしの上に跨がってきた樹希さんを受け入れて、体が密着した時におへそ辺りに当たった感触から、なんとなく男性を連想させた。元カレと裸で抱き合った時も…当たること、あったから。
不思議な…感じ。
本来ないものがついてるって、どんな感じなんだろ…気になって下を覗いてみたいけど、見たら見たで恥ずかしくなるからやめておいた。
「ここだと狭いから…ベッド行く?」
「…うん」
促されるままソファを降りて、リビングを出てすぐ隣の寝室へ向かう。
ベッドに着いてからは、また一から雰囲気作りを始めた樹希さんが、すぐ触ることはせずにハグやキスを交わしながら愛でてくれた。
それをされてる内に、単純な体はすっかり準備を終えて、それでもさらに入念な■撫を続ける樹希さんに、もはやもどかしさすら覚えながらその時を待った。
何回か■して、とろけきった頃にようやく…少し硬い何かを当てられる。
「指と違って……痛いかもだから。痛かったら、すぐ教えてね」
「ん、う……へい、き」
■■じゃないけど……女の人とそういうのを使うのは初めてなわたしを気遣って、時間を掛けてくれてたらしい。
その優しさにまたキュンとしちゃって、自分でも恥ずかしいくらいすんなり受け入れられてしまった。
「…動いていい?」
「ぅう、は…ぁ……まっ…て」
「うん。…いつまででも、待つよ」
男性との経験もあるはずなのに、そういうのとも、今までの樹希さんとの行為ともまた違った感覚に戸惑って止めても、彼女は嫌な顔ひとつせず待ってくれた。
同じようなこと、してても。
何もかも、元カレ達とは違う。
女だからこそなのか、なんなのか。余裕があるから、こっちも安心して身を委ねられた。
「今日…ハグしたかったから、これ使っちゃった」
「え…?」
「ほら。両手で抱きしめられるでしょ?こうやって」
言いながら行動でも示されて、彼女の両腕が脇の下を通って首の後ろに回る。
あ……ほんと、だ。
いつもより包まれてる感が凄くて、ときめいた心で相手の背中に手を伸ばして、そのまま服を軽く握った。
体の表面も内側も満たされてるのが、なんだか不思議で……しばらく、目を閉じて樹希さんの体温と心音を感じる。
「……そろそろ、いい…?」
「ん、いいよ…」
そこからは、もう……幸せなだけの時間が続いて、思っていたより何倍も樹希さんが腰使いまで上手なことを知った。
わたしの体力が尽き果ててからようやく終わりを告げて、だけど余韻を残して繋がったままの状態で、少しの間過ごした。
「せっかく整えた髪……ぐちゃぐちゃにしちゃったね、ごめん」
両手で頭を包み撫でながら、額に口づけをされる。
「へいき…だよ」
「よかった。…乱れてるとこも、かわいーよ」
「……はずかしい…」
「ん〜……かわいいなぁ。またしたくなっちゃうけど…今は我慢しとくね」
「しても、いいよ…?」
「…さすがに疲れちゃうでしょ?今はお話してたいから、少し休もーね」
「ん…」
ずっと優しくて、心が落ち着かない。
普段より甘々対応な樹希さんは終始落ち着きなく髪を撫でてはキスをしたり、滲んだ汗を指で拭ってくれていた。
……今日、お持ち帰り成功してたら、今してることを他の子にしてたのかな。
そう思うと心臓の辺りが重くなって、無意識のうちにキスをねだりながら服を引っ張る。
「…甘えてくんの、かわいーね。もっと甘えていーよ」
「……動いて…ほしい」
「え?」
今は、わたしの樹希さんだもん…と。
「もっと、犯して…」
独占欲を違う形で言葉にしたら、樹希さんの眉が垂れて、震えた吐息が熱く漏れ出た。
「その甘え方は、反則」
はちきれたように唇を奪って、さっきとは打って変わって乱暴な動きで再開させた樹希さんに、必死でしがみついた。
優しいのも、すごくいいけど……容赦ないのも、いいかも。
なんて、知らない自分の一面も垣間見えた行為は、明け方まで続いた。
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