第7話























 引っ越しを終えて少し経った頃。


 凛ちゃん含め、高校時代の友達と数人で飲む約束があったから、その日わたしは珍しく休日の夕方から支度を始めていた。

 仕事に行く時にする義務的なお化粧とは違う、楽しむためのお化粧を施して、髪も巻いたり編んだりと気分を変えて凝ってみた。

 もう季節は冬間近だったから、肌寒いおかげで重ね着でお洒落できるのも良い……と、るんるんで準備を進めていく。


「……なに、どっか行くの」


 昨日も夜にどこかへ出かけていて、朝帰りしてそのまま夕方まで寝潰していた樹希さんが起きてきてすぐ、リビングにやってきて不機嫌な声を出した。


「あ、おはよう…」

「おはよ。……で、どこ行くの。そんなおしゃれして」

「と…友達と、飲みに」


 な、なんで怒ってるのかな?って怖くなりながら返したら、樹希さんの顔がさらにムッとしたものに変わる。


「男?」

「ち、ちがう」


 なにやら変な勘違いをしているようで、否定したのに彼女は機嫌を直さないまま……ソファの前に座っていたわたしの元へやってきて、包むように抱き締めた。

 甘えるように髪や耳元に唇を当てながら、胸に手を置き始める。

 も、もしかして……えっち、したいのかな。

 なんとなく思惑を察して、壁掛けの時計を確認すれば……約束の時間までは、少し余裕があった。

 でもさすがに着替え直すほどの猶予はなくて、断らないと…と相手の肩に手を置いた。


「樹希さ…」

「そんなかわいい格好で、外行かせたくないんですけど」


 嫉妬混じりの言葉に、キュンとして「やめて」と言おうとしていた口を紡いだ。


「誰が来んの。何人で飲むの」

「こ、高校時代の友達と……わたし以外に、三人くらい……あ。凛ちゃんも、来るよ」

「え。先輩と会うの」


 そういえばふたりは知り合いだったことを思い出して伝えてみたら、驚いた彼女が後ろへ身を引く。

 わたしと体の関係になったことが知られたら怒られると思ったのか、しばらく頭を抱え込んで唸り悩んでいた。…凛ちゃん、怒ると怖いもんね。

 …それとも、他に知られたくない理由があるのかな。

 初めて会ったあの日、ふたりはやたら距離が近かったし……そういう関係でもおかしくない。


「…凛ちゃんとは、どういう仲なの?」


 気になって聞いてしまう。

 知っちゃえば嫌な思いをするかもしれないと、分かっているのに。


「先輩は大学のOBで……先輩の先輩。飲み会で知り合ったって感じ」

「そう…なんだ。仲いいの?」

「うん。おもしれー女って、ああいう人のこと言うんだろなって……まじでおもろいから、よくふたりで飲みに行ったりもしてたかな…」


 過去の出来事を浮かべたんだろう、そこで樹希さんは吹き出すように思い出し笑いしていた。


「ふっ……はは。先輩とも一回ヤッたことあるんだけど」


 さらっと、本人は何でもない顔で話し出す。

 や、やっぱり……と、薄々勘付いていたから衝撃はなかったものの、ちょっと気分は落ちる。

 そんなわたしの気持ちの変化なんて露知らず、彼女は何度か思い出して笑いながらも言葉を続けた。


「終わったあとで、めっちゃ説教してきたの。え、えぇ…?さっきまであんなノリノリだったのに…?って、事後に怒られるのなんて初めてすぎてまじビビった」

「あぁ…」


 凛ちゃんなら容易に想像つくことで、不覚にも納得してしまった。ヒモとかそういうの、嫌いそうだもんね。


「失恋した女の子の弱みにつけ込むな…って。ひどい……ただ慰めただけなのに」


 笑ったと思ったら、今度は途端にしょんぼりし始めた表情豊かな樹希さんの頬に手を伸ばす。

 彼女は彼女なりの優しさがあって、凛ちゃんには凛ちゃんの正義があるから、どっちの味方とかは…できないけど。


「怒られたの、いやだったね…」


 顔を撫でて慰めれば、樹希さんは情けなく眉を垂らして目を細めた。


「優奈ちゃん……えっちさせて」

「…ん。いい、よ」


 相手の手もわたしの頬に伸びて、自然と互いに顔を近付ける。

 唇が浅く触れるのを合図に、行為の始まりを告げるキスはどんどん深くなって、服の上から■を柔く揉まれた。

 ……時間、間に合うかな。

 心配になりつつも応えて、樹希さんも配慮してくれたのか服は脱がされないままスカートの中に手が入る。


「ぁ、は……うぅ…」

「はー……まじかわいい。こんなかわいくて……むりなんだけど」


 くちくち、と■■を響かせながら、彼女はため息を吐きだして首元に額を預けた。


「行ってほしくない…ずっとえっちしてたいから、もう家に居よう?」

「そう…したいけど、約束が……っぅあ…」

「せめて……私も連れてって」

「え…?」

「一緒に行きたい。だめ?」


 そんな、甘えた瞳で見つめられても…


「さ、さすがに……いきなり連れてくのは、だめ…かも。みんなびっくりしちゃうと思う…」

「むぅー……じゃあ、送り迎えはさせて。そのくらいならいいでしょ?」

「う…うん。それ、なら…」


 と、折れてしまったのが失敗だった。


 その後、一回だけわたしに■■を引き連れたあとで満足した樹希さんと出かける準備を済ませて、約束通り待ち合わせ場所まで送ってもらって……


「ちょっと、なんでふたりが一緒なの?」

「まあまあ。細かいことはいいじゃないっすか」

「細かくない。あんた、もしかして…」

「え〜、この人誰?背高いね、モデルさん?」

「せっかくだから一緒に飲んでいけば?」

「え。ちょ……みんな、何言ってんの?だめに決まって…」

「いいんすか!飲む飲む」


 うまいこと打ち解けてしまった樹希さんは、流れで飲みの場に合流することになった。

 みんな若くてスタイルの良い彼女に興味津々で、質問攻めにも快く返すノリの良さや話しやすさも相まってか、小一時間経つ頃にはすっかり仲良くなって、気が付けば全員で談笑を交わしていた。


「それで、彼氏がさー…」

「……うーん。それは嫌っすね」

「でしょ〜?もっと言ってやってよ」


 途中から、友達のひとりが恋愛に関する愚痴を呟きはじめて、樹希さんが「うんうん」と親身になって聞いているのを、横目で眺めて納得した。

 ああやって聞いてもらえたら、心開いちゃうよね…って。

 だから、嫉妬はするもののあまり気に留めずお酒を飲み進めて、こっちはこっちで繰り広げられてる会話に入る。


「そうだ。優奈はやっと、あのDVクソ彼氏と別れられたんだっけ?」

「ん……うん。樹希さんと凛ちゃんのおかげで」

「私は何もしてないよ。…でも、ほんと別れてくれてよかった」

「凛ずっと心配してたもんね」

「あの時はありがとう……おかげで、ほんと助かっちゃった」

「……それよりあいつに、何もされなかった?」


 顔をずいと突き出して、樹希さんを親指の先で指しながら聞いてきた凛ちゃんには、困り果てた苦笑を返す。

 こ、これ……正直に話した方が、いいのかな。

 一緒に暮らしてます…なんて言ったら、凛ちゃん怒って同居解消とか言い出しちゃいそう。わたしのこと、本当に心配してくれてるから来る行動なんだけど……今は困っちゃう。


「はは……大丈夫」


 心苦しくて「何もない」という嘘まではつけなかったから、なんとか笑ってごまかした。


「……樹希は、まじでやめときなね」


 口の横に手を当てて、樹希さんには聞かれないようにか小言で話す凛ちゃんの言葉に、耳を傾ける。


「どうして…?」

「あいつ、ほんと女癖悪いから。好きになったら、優奈が傷付くだけだよ」


 凛ちゃんの言葉通り、今も友達の肩をさすり抱いて慰めている樹希さんを視線の端でチラリと見れば、嫌でも女性にモテそうなのは分かる。

 そりゃ、今までの恋愛遍歴を知ってる凛ちゃんからしたら、心配にもなるよね……わたしは押しに弱くて強く出られないせいで、都合よく扱われちゃうことも多いから。自覚あるのに治せないし…

 だから気持ちは分かるんだけど……どうしても、樹希さんを悪い人と思えないバカな自分がいる。


「…気を付けるね」


 それでも、相手の思いを無下にしないように頷いた。

 わたしの返答に一安心してくれたのか、その後は普通に何でもない会話を交わして、終わりも近づいてきた頃。


「大丈夫?おねーさん…」

「うぅ……飲みすぎた、かも」


 樹希さんはずっと寄り添って慰めていた、けっこう酔っちゃったらしい友達を連れて席を外した。


「あー……あれは、お持ち帰りコースだわ」

「…あの樹希ちゃんって子、女の子が好きなの?」

「うん」

「いやでも、彼氏持ちの子だよ?さすがにないんじゃ…」

「樹希の見境のなさをナメちゃだめ」


 呆れ果てた凛ちゃんと、よく事情を知らない友達のやり取りを耳にしつつ、残りのお酒を口にする。

 わたしも、きっとあの子と帰っちゃうんだろうなー…って思ってたから、別に驚きはなかった。少しばかり、落ち込みはする。

 だけどわたし達の予想と反して、樹希さんは友達を連れて戻ってきて、普通に帰るつもりなのか連絡先すら交換せずに解散まで背中を撫で続けて上げていた。


「……一服してくる。あんたも行くよ」

「はーい。…ごめんね、ちょっと抜ける」


 帰り間近になって、今度は凛ちゃんが樹希さんを連れてその場を離れた。…タバコ吸うんだ。

 家で吸ってるとこ見たことなかったから、知らなかったなー…なんて呑気に思いながら、残った友人と少しお話して、


「もう帰るから……優奈、声かけてきてくれる?」

「あ…うん」


 なかなか戻らないふたりを呼びに、わたしもお店の外にある喫煙所へと移動した。

 扉が開いてたから出ようとして、二人の会話が聞こえたから思わず気になって足を止める。


「あんた、優奈とヤッたでしょ」

「はい。めっちゃかわいかったっす」


 そこでわたしは、樹希さんの本心を知ってしまった。


「あの子はやめてって…言ったよね?ただでさえ優しくて断れない性格の子なんだから……はぁ。私もなんであの時、置いて帰っちゃったんだろう…ほんとやらかした。ちょっと樹希と話させてクズに幻滅してもらおうと思ってただけなのに…」

「でも嫌がってなかったし……良くないっすか」

「だめ。…優奈は他の子と違って、本当にいい子なの。中途半端に手出して悲しませないで」

「……中途半端じゃなかったら、いいんすか」


 少しの沈黙の後、何も言わない凛ちゃんに対して樹希さんは声を出して笑った。


「冗談っすよ。そんな怒った顔しないでください、怖いな〜」

「……あんたみたいな軽いやつに、優奈を傷付けられるのだけはゴメンだから。ほんとにふざけないでよ。今すぐあの子から離れて。変なちょっかい出さないで」

「あーはいはい、分かった、分かりましたって。…安心してください、どうせいつものお遊びなんで」

「っ…それなら早いとこ縁切って、他の女と遊びなさいよ」

「はーい。りょーかいっす。…さっそく先輩が相手してくれます?」

「バカ言わないで。……あの時のことは、忘れて」

「つれないなぁー…まぁいいっすけど」


 いつもの、お遊び。


「……そう…だよね…」


 もう、傷付きすぎて……落ち込むことすら、できなかった。 








 














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