第5話
流れでまた抱かれて、疲れて眠って、目が覚めたら彼女は家から居なくなっていた。
掴もうとすれば消えてしまいそうな雰囲気の彼女だったから、こうなる事は予想できていて、だから特に落胆もなかった。
そりゃ寂しくはなるけど、泣かないって約束も勝手にしちゃったし……さっそくここで泣くわけにはいかない。
割り切って、いつも通りの日常に戻るだけ……と、着替えたりお風呂に入ったりした後で、そういえば彼と別れてしまったことを思い出した。
そうなって初めて、過去に初彼氏が出来た高校一年の頃から、なんだかんだで恋人がいない日々を過ごしたのは、そう多くないことに気が付いた。
高校の頃はほぼ卒業するくらいのタイミングでフラれ、大学の入学式の日に出会った彼とは大学を卒業してすぐ別れ、つい最近まで付き合っていた真司くんは卒業祝いに誘われて行った友達同士の飲み会で出会ったから……一ヶ月以上空いたこと、ないかも。
「わたしって……実はモテるのかな…」
ガラにもなく、そんな根拠のない自信が湧いてきた。行為中、彼女からずっと「かわいい」と褒められ続けた影響かもしれない。
「いやいや……ないか。長く付き合うことが多かったってだけだよね」
バカげた発想はすぐ否定して、夜ご飯でも食べようと冷蔵庫の中身を確認する。
最近、仕事が忙しくて自炊をサボっていたせいで中は見事にカラだった。……今から買いに行くの、面倒だな。
今日は色々あって疲れたし、たまには出前でも頼もうかなと、ベッド脇に腰を下ろしてスマホを開いた。
開いたついでに、連絡の入ってた友達数人に返信をしとく。…みんなと最近会えてなかったから、久々に会うのもいいかも。
何人か誘ってみて、返事を待つ間は出前アプリで何を食べようか頭を悩ませた。
しばらく無言で、魅力的な選択肢たちを前に迷う。
「うぅ〜ん……おすし……ピザも、あり…」
でもなぁ、最近ちょっと太り気味だから……なんてひとりブツブツ呟いていたら、玄関の扉が開く音が耳に届いた。
一瞬、真司くんの顔が脳裏にチラついて身がすくむ。合鍵を持ってるのは、彼だけだから。
「たっだいま〜。ご飯買ってきたよ、おねーさん」
だけど、扉を開けて入ってきた樹希さんの姿を確認できて胸を撫でおろす。
「おかえりなさい…」
「ごめん、びっくりさせちゃった?」
「あ…い、いや、大丈夫……鍵、持って行ってたの…?気付かなかった…」
「うん。寝てるの起こしたくなくて勝手に借りちゃった……嫌だった?」
「んーん、へいき。ご飯ありがとう」
返された鍵を両手で受け取って微笑んだら、持っていた袋を床に置いた樹希さんが歩み寄ってきて、どうしたの…と声をかける前に唇が塞がれていた。
気になることは色々と思い浮かぶのに、食べるみたいな動きをされたら、たった数日ですっかり覚えさせられたキスの仕方で返してしまう。
彼女の体温に身を委ねて体の力を抜けば、そっとシーツの上へと押し倒された。
「ん、は…ぁ、樹希さん……ご飯は…?」
「…こっち食べたくなっちゃった」
お茶目な言い方をして■の間に手を滑り込ませた樹希さんを、悶々とした気持ちで悩ましく見つめる。空腹と性欲が、頭の中で戦っていた。
「舐めさせて…優奈さん」
「う…ん。いい、よ…」
でもそんな甘えたかわいい声を出されて、わたしが断れるはずもなく。
「ん〜……お風呂入っちゃったんだ?もっと濃いの期待してたんだけどな…匂いとか味とか」
「や、んぅっ……そこで、しゃべるの…だめ…」
「くすぐったかった?ごめんね」
食事前にわたしを存分に味わった樹希さんによって、食欲なんて欠片も無くなるくらい別の欲が満たされた。
……そんなとこ舐められこと、あったかな。
途中、余裕がない中でぼんやり考え事をしちゃって、わたしの変化に気が付いた樹希さんが心配して顔を離すという失態を犯してしまった。
「…もしかして、しつこかった?」
「へ……あ、い…いや…」
「舐められるの苦手だったとか…?」
「っち、ちがう…よ」
「……こういうの嫌いだったら、ごめん」
盛大な勘違いをされちゃって、慌てて上半身を軽く起こす。
「き、きらいじゃないよ」
「…ほんと?」
「っほ……ほんと!す、好き」
「…好き?」
「う、うん……すき…」
むしろこの事でわたしが嫌われちゃったかな…って不安に思ったけど、樹希さんはまた普通に■の間へと顔をうずめてさっきまでしてたことと同じ行為を再開させた。
「優奈ちゃん……これは好き?」
いったいどんな心境の変化があったのか、呼び方が少し変わっていたことに戸惑いながら頷く。
ちゃんと目が合ってて、頷いたのが見えてたはずなのに、彼女は無視してもう一度「好き?」と聞いてきた。
え……い、言わせたいの、かな。
相手の意図をなんとなくで汲んで、改めて言うとなると恥ずかしさで照れて、毛布で顔を隠す。
「す……すき…」
喉から絞り出したか細い声では満足できなかったようで、また好きかどうか聞かれた。
「す、すき…」
「これは?」
「ぅう〜……っす、すき」
「…もっと言って」
「っす、き……それ、好き、ぃ…んぅう…」
何度も何度も繰り返し言ってると、だんだん心は勘違いしてくる。だけどなんとか、相手の名前と一緒には口に出さないように気を付けた。
言えば言うほど気持ちいいことを知ってしまった体は、意識しなくても勝手に「好き」と口走るようになる。
そのせいで、せっかく我慢してたのに。
「樹希さん……っすき…」
最大級の気持ちよさに襲われた時、史上最高に切ない声を出してしまった。
好き、なんて言いながら体を震わせたわたしを抱き締めるため上へと覆い被さった彼女の背中に、無自覚で手を回して受け止める。
「……かわいかった、優奈ちゃん」
こめかみの辺りにすりすり頬を寄せて愛でる樹希さんが可愛くて、心臓が苦しいほどに縮こまった。
「ん〜、かわいい。優奈ちゃんからキスしてほしいな。おねがい」
「ん……樹希さん…」
おねだりされたから相手の頬に指を置いて引き寄せながら唇を重ねたら、思ってたよりも濡れていて、それはちょっとだけ不快に感じた。
顔を拭いてほしいけど…言おうかどうか、悩む。
彼女ならきっと怒らないのは分かってても、人に何かをお願いするのは気が引けた。こういう場面では、特に。
「はは、顔べちゃべちゃだ。…ここで拭いちゃお」
言われるよりも先に自分で気が付いた樹希さんは、人の服に口元を擦りつけて無邪気な笑顔を浮かべた。
「もう……それタオルじゃないよ…?」
「ごめんごめん。後で洗濯するから許して」
「……家事できるの?」
「う、うん。まぁ…ひとり暮らしだからね。できますよ、もちろん。たぶん…」
「あ、ひとりで暮らしてるんだ…」
てっきり住所だけ実家とかで、住む場所は女の子のところを転々としてるものかと勝手に思ってた。…なんとなく、ヒモって呼ばれる人はそういうイメージだったから。
じゃあ、女の子連れ込み放題なんだ…と言おうとして、さすがにやめた。
嫉妬じみた想いが増すのが嫌で、樹希さんの頭を腕で包み込んで抱き締めながら、ボーッとして意識を逸らす。
「そうだ……私の家で思い出した」
「うん…?どうしたの?」
「優奈ちゃん、うちおいでよ」
突然のお誘いに、思考を止める。
理解するまでの間、樹希さんはわたしの頬に唇を当てては離して、また当てて……という同じ動きを落ち着きなく繰り返していた。
「え、ど…どうして、樹希さんの家に…?」
「元カレ、いつ戻ってくるか分からないからさ。ここ引き払って、避難した方がいいかなって」
「あ……そっか…」
確かに、今は警察の元にいるけど、いつ出てくるか…出てきた後はどうなるかよく分かってない。
合鍵は警察経由で返してもらえたものの、彼はここの住所を知ってる。いつでも戻ってこれちゃうのは、考えなくても予想できた。
でも、だからって一緒に住むなんて……そこまで甘えていいのかな?
「私も商売道具に傷が付いちゃって、しばらく仕事できなそうだからさ……家賃、半分払ってくれない?」
「う、うん……それは、もちろん…」
冗談交じりの言葉によって、そういうことなら…と申し訳なさは簡単に解消された。
「他の女の子に会えない分、えっちもさせて」
「あ…は、はい……わたしで、よければ…」
「……怪我が治ったら、また元通り色んな子のヒモになるから。それまでの間は、優奈ちゃんが面倒見てくれる?」
欲を言えば、わたしだけのヒモでいてほしいとか思っちゃうけど……
「うん、怪我が治るまでなら…」
そこまでわがまま言うのは良くないよね、と自制心を働かせた。
元はと言えばわたしのせいで顔に怪我させちゃったわけだし、面倒を見るのも当然で、わがまま言える立場じゃないもんね。
望んだ答えではなかったのか、僅かに樹希さんの目が細くなって、一瞬だけ不満そうな顔をされた。
「あ……な、なんでもするから、気軽に頼ってね。甘えていいから…」
「……じゃあ、今から一緒にご飯食べよ。私が買ってきたやつ」
「ん、わかった。用意するから待ってて?」
「うん。ちなみにお寿司にしました。…食べれる?」
「え!ちょうど食べたいって思ってたの…!うれしい……お金払うね」
「いいよ、もう体で払ってもらったから」
「あ…ぅ……わ、わたしの体なんかで足りたなら…よかったです…」
反応に困ることを言われてたじろぎつつ、ご飯の準備をするため乱れた服を整えてベットを降りた。
買ってきてもらったお寿司を並べたり、お醤油なんかを用意してる間、樹希さんは何が楽しいのか…ずっとわたしの方を見て、ベットの上でニコニコしていた。
その後、散々抱き潰された後で食べたお寿司は、お腹が空きすぎていたことも相まって、今までにないくらい美味しく感じた。
ちなみに、この後「家事できる!」って言ってわたしの服を洗濯してくれたんだけど、
「……干し方わかんない」
ひとり暮らしとはいえ、いつも女の子に任せっぱなしにしてたみたいで、実際はあんまりできないことが判明した。…かろうじて、洗濯機の使い方は知ってたみたいだけど。
「わたしやるから、ゆっくりしてて?」
「…教えて。一緒にやりたい」
「ん…わかった」
だから結局この日は、やり方を簡単に教えながらふたりで洗濯物を干して終わった。
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