第19話 白銀のトラブルメーカー


「あのなぁ、高校生にもなって親戚であろうと抱きつくのはやめろ。」


「嫌。いとこじゃなかったら小雪は今頃ナギの嫁。スキンシップは日常。」


SVCやSVOの単純な文法を使った日本語を喋って俺にところ構わず抱きついてくるこの変人は堺 小雪という列記とした日本人。海外の血は混ざっているが、白い髪や青い瞳は彼女の祖母の隔世遺伝であり、国籍は普通に日本人だ。


そして何を隠そう俺のいとこである。二、三年ほど海外に行っており、元々感情の薄く聞こえるたんたんとした言葉により磨きがかかっていた。


小雪は母方のいとこであり、母さんの妹の娘だ。幼い頃からその容姿故に友達が出来にくく、俺や蒼真、そして海外に移住する直前くらいであれば俺の後輩とかと仲良くしていた。


彼女は幼い頃から仲良くしていた家族の親愛と恋愛感情を一括りにしている節がある。


そういったところも含め彼女は成長する必要があるんだが…


「先程から嫁やらいとこやらなんの話しをしているのでしょうか?」


静かな朝の旅の時間を邪魔されたことに不満なのだろうか、衣織さんは少しだけ圧をかけてこの状況の説明を俺に求めた。


「ああ、こいつは俺の従妹でな、堺小雪って言うんだがもしかしたら名前だけなら知ってるんじゃないか?」


「堺小雪さん…堺…、もしかして外務大臣の所の娘さんでしょうか。」


「そうだ。見ての通り中々の変わり者でな。幼い頃から見て来てはいるんだがこの通りだ。年齢はひとつしか変わらないのに俺に懐いてしまったんだ。」


小雪は先程の説明の通り、現外務大臣の娘、つまり父親がお偉いさんなのだ。それはそれはお金持ちで俺の金持ちイコール厄介を確信づけたのがこいつだ。


元々蒼真といた時点で薄々気づいていたのだが、小雪を紹介されてから俺は確信したのだ。


俺の周りには自然と金を持ってるやつが集まってくるのだが俺は前世で何かしたのだろうか?


「とりあえず凪紗さんを解放して差しあげてはいかがでしょうか?」


衣織さんは久しぶりに見る作り笑顔で小雪を牽制する。確かにこんな寒い加賀の雪山で歩きもせず観光も出来ずに放って置かれてはたまったもんじゃない。


衣織さんの文句はごもっともだ。俺だって早く観光を楽しみたいし、いい加減ま度々すれ違う周りの人達の視線が痛いのだ。


誤解ではあるのだが、知らない人が見てしまえば修羅場に見えてしまうことにも納得する。そんな訳では無いのに…


「あなたは誰?それは小雪に言ってる?」


衣織さんの圧ある言い回しを小雪はキッと睨むようにして牽制を喧嘩として受け取ってし返す。


こんな観光地のど真ん中でやめてくれ〜…


二人に囲まれている俺はこの緊迫した謎の女の闘いに身動きひとつ許されない。


漆黒のごとく深い髪と瞳を持つ衣織さんと、雪のごとく白く輝く髪と冬の小川のような瞳をした小雪の白と黒のコントラストがここ鶴仙渓一帯の時を止める。


二人の『こいつにだけは負けたくない』と言わんばかりの気迫、きっとこの先どこまで行ってもこの無言の睨み合いは続くだろう。


しかし俺は静かな旅をしたい。


ここは女性の意地があろうともはや関係ない。ほかの観光客も怪訝な様子で見守っている中彼女らを止めることが出来るのは俺だけだ。


「いい加減にしたらどうだ。周りを見ろ。」


俺は二人に周囲を伺うよう静かに、だが周りに聞こえるように促した。


「……申し訳ありません。熱くなってしまいました。」


「……ごめんなさい、ナギ。」


少々沈黙の時間が流れたが、衣織は周りと俺に何度か頭を下げ、小雪はシュンとして俺に謝る。


「小雪、謝るのは俺にじゃないぞ。」


「ご、ごめんなさい。」


俺が昔のように注意すると小雪は小声ながら周りの人達に頭を下げた。早朝から歩いている観光客の人達はお年寄りの人達が多かったので親切に「いいのよいいのよ。」とか、「男は大変だな。」「若いとはいいものだ。」などと気にしないよう声をかけてくれたので俺は静かにホッと息をついた。


「旅の恥はかき捨てとは言うが揉め事を起こすことは違う。そこら辺の識別はしっかりしないといけないな。」


俺が改めて釘を刺すと二人ともシュンとして静かに先に進む俺についてきた。


表面の雪が昇ってきた太陽に溶かされ、下に積もった雪に冷やされてパリパリとした表面とともに

キラキラと反射する。


下ろす足に潰される雪の音もふわふわとしたものでなく、サクッサクッと言った感触ある音に変わっていた。


明らかに気分を落としてとぼとぼと歩く二人の美少女の後をゆっくりついて行くように歩いていると、前から雪を掻き分ける軽快な音が聞こえてきた。


「姉貴〜、一人で宿抜け出して何してんだよ。探したんだからな?」


髪色や瞳の色は違うが確かに顔立ちは小雪に似ている小さな男の子がこの雪の中姉である小雪を探して走ってきたのだ。


「ごめん。なんとなく気分で抜け出した。」


「どうしたんだよ姉貴。あと隣の人誰?そんなすぐにでもゆきとど同化しそうになって…あ、あ〜。」


なかなか凹むことの無い姉に不思議そうな表情を浮かべる弟はすぐ後ろにいる俺を見て納得したような表情を浮かべた。


そして少年は再び軽快な足取りで小雪の横を素通りし、俺の目の前まで来て止まる。


「久しぶりだな、裕翔。」


彼の名前は堺裕翔。堺小雪の二つ下の弟で現在中学二年生だ。まだ声変わりはしておらず、背も低い。顔立ちや容姿が母親に似ており髪も瞳も黒い。そして何よりその歳よりもかなり幼く見えるという特徴を持っている。それが彼にとってのコンプレックスなので触れてはいけない。


「なんでこんな所に兄貴がいるんだよ〜。なるほどね、姉貴はこっぴどく兄貴に振られたって訳だね。」


「振られてない!!ナギはまだ自分の気持ちに気づいていない。それだけ!」


さっきのさっきまで怒られて反省している犬のような顔をしていたのに、弟の一声でいきなり燃えるような瞳を宿すとは…昔から感情の起伏が激しいとは思っていたが、現在でもそれは現在のようだ。


「こんなところで話し合いも周りに迷惑だと二人に注意したんだ。」


「話し合い…ねぇ。なるほど、それはいけないね。」


姉の小雪に比べて弟の裕翔は幼い頃から情緒が安定しており、かなり鋭い。なので話も早くていてくれると助かるのだ。


「とりあえず進もう。このままこの人数で小路を塞いでいたらそれこそ迷惑だ。」


このままでは観光もままならないと思ったので俺は一旦小雪達を止まっているホテルに帰してから来た道を辿るように観光し直すことにした。


「来てくれて助かった。俺一人では手に負えなくてな。」


「まぁこう見ても僕は姉貴の弟だからね。全く、大変手間のかかる姉貴を持つと大変だよ。」


俺は小雪と同じく久しぶりの再会となった裕翔との話に花が咲く。しかしそれを快く思わない小雪はムスッとした表情でこちらの様子を伺っている。


「小雪もナギに会ったの久しぶり。もっとナギと話したい。」


「小雪さん、少しは反省の色を見せたらどうでしょうか。」


「お前さっきから小雪に強い。お前には関係の無いこと。」


「お前ではなく栄衣織という名前がございます。」


「むぅ…」


小雪の隣で静かに歩いていた衣織さんは先程から何かと小雪に突っかかっている。もしかしたら家柄でなにか因縁でもあるのだろうか。


「栄衣織さんって言うと財閥の娘さんですよね。かなりの箱入りと伺っていたのですがどうやら噂はただの噂のようですね。」


「小雪さん、あなた本当にあの弟さんの姉ですか?」


裕翔の聡明さ伺える語りに衣織さんは感心したのか、若干の驚きの表情を見せた。そしてその弟と比べるように小雪の方をのんとも言えない同情するような視線を送る。


「小雪は裕翔の姉!おま…衣織!さっきから私をバカにしているといたい目にあう。」


小雪は煽りに煽られ既に涙目だ。そろそろ止めないときっと取り返しのつかないくらいに小雪は泣き叫ぶ。


それは何としても阻止せねばならない。


「衣織さん。同情ほど相手を怒らせるものは無い。そして小雪も煽りに釣られすぎた。もっと平常心を保て。」


俺の説教に二人は再びシュンとした表情を浮かべて小路を歩き続けた。


「流石兄貴だね。兄貴の言葉なら姉貴がすんなりと言うこと聞くんだもん。」


裕翔は溜息をつきながら頭を抱えた。


俺は『日頃大変なんだな…』と、同情の念を持ってしまったので、「お疲れ様。」と頭をポンポンと撫でてやった。


気がつけば雪の積もった道幅は広がっていた。道の周りを埋めつくしていた木々も小さな建物へと置き変わっており、遊歩道の終わりを感じさせた。


道を抜けきった先には既に人通りが増えつつある温泉街が賑わいを見せていたのであった。















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