第20話 白黒の龍虎
まさに犬猿の仲とはこのこと。
温泉街の人混みの中にいるというのに前に来る人たちを避けながら目を離そうともしない。
衣織さんは明らかに含みのある笑みを浮かべながら、小雪はそのままの嫌悪感を表情にして強い目付きで互いを牽制しあっている。
よく前を見ずにスルスルと人を避けられるよなぁ。
「姉貴に友達が出来て僕は嬉しいよ。」
喧嘩するほど仲がいいとはよく言うがこれは果たして仲が良いと言えるのだろうか、どちらかと言うと喧嘩ではなくライバル同士がしのぎを削ってるようにしか見えないのだが……
「この短時間で凪紗さんの心を射止めることが出来るとよろしいですね。果たしてマイナス状態から好感度を逆転できるのかどうかが見ものです。」
「ナギは既に小雪のことが好き。小雪もナギのことが大好き。距離は関係ない。最悪そっちに引っ越す。」
再び二人の言い争いに発展しそうなところを裕翔が間に入って視界に食い込むことで彼女達は何事も無かったかのようにまっすぐ前を向いて歩き始めた…と思いきや裕翔が元の位置に戻ると再び圧の掛け合いは勃発する。
そんなこんなで睨み合いながらも小雪達のホテルの目の前に到着すると、エントランスで見た事のあるイケオジと母に似た女性が立って待っていた。
「お久しぶりです叔父さん。」
「久しぶりだね凪紗君。色々旅していると聞いていたがまさかこんな偶然があるとは。驚いたよ。」
高身長で顔つきがどこか異国の血を感じる大人びた雰囲気のイケオジが俺に握手をしてきた。
昔から大きい手だと思っていたが、それは今でも変わらないみたいだ。
若くして外務大臣にまで登り詰めたこの人の存在は幼い頃から全てにおいて大きい。
こんな大きな責任を伴う仕事ながら2児の父というのだから尊敬の念を抱かずにはいられない。
叔父さんに求められた握手を終えて今度は隣に立つ、母さんそっくりの叔母に目と体を向けた。
「そして双葉さんもお久しぶりです。」
叔母の名前は双葉と言い、母さんの二つ下の妹だ。話し方も素振りも顔も似ているので、おばと話す時は何処か母親に敬語を使っているようで不思議な気分になる。
「少し見ない間に大きくなりましたね。姉上に本当にそっくりですね。梅田さんはお元気にされてますか?」
叔母の言う梅田さんとは俺の父さんの事だ。俺は父さんが何をしているのかはよく知らないのでなんとも言えないが、家で休日にごろごろしている所を見るとおそらく元気なのだろう。
「まあ、土休日に家でゴロゴロしてるくらいには…ですかね。」
俺の冗談のような語り口に双葉さんは口を手で隠してくすくすと笑った後に俺の隣に静かに佇む衣織さんへと目を向けた。
「お隣の子は…もしかして栄さんの娘さんでしょうか?」
俺は双葉さんが彼女のことを知っている事に少し驚いた。が、よくよく考えてみれば母さんと双葉さんは姉妹仲が良く、連絡も頻繁に取り合っているので情報が直ぐに渡っているのだなと考えれば別におかしな話では無い。
「はい。栄真理の娘、栄衣織にございます。あの…私とどこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
流石の彼女も会ったことない人に親を当てられた事には多少驚いている様子だ。
しかしその答えとして帰ってきた言葉は俺にとっても衣織さんにとっても驚く結果となった。
「いいえ、真理先輩の学生時代のお姿にあまりにもそっくりなもので、姉からも話を聞いていましたしもしかしたらと。」
「そういう事でしたか。」
衣織さんの返答は穏やかなものだが微かに『まじかよ。』と言わんばかりの複雑な感情が混ざっているように感じた。
きっと自分は将来母のような姿になるのかとか考えているのだろうか。
母さんから話は聞いていた通り、やはり衣織さんの母は母さんの後輩であり、双葉さんの先輩であるようだ。
が、そうか。彼女はこのまま成長すると栄婦人のような見た目になるのか。
今のままでも十分にそっくりなのだが、これ以上に似るものなのか。
ついつい栄婦人に衣織さんの人格を当てはめてその姿を想像してしまうが、なかなかに違和感があるな。
ま、俺には関係の無い話だがな。
「昔の事を思い出してしまいますね。」と、双葉さんは俺らとの話でずっと微笑んでいたのだが、小雪がこの話の最中もずっと衣織さんをずっと睨んでいたのを逃さなかった。
「小雪、凪紗君に迷惑かけていないかしら?」
先程まで俺と衣織さんに話の方向が向いていたところ、いきなり小雪に話が飛び火し、小雪は一瞬身体をビクッと震わせた。、
「こ、小雪は何もして──」
「母さん、姉貴めちゃくちゃ兄貴に迷惑かけていたよ。周りの観光客に──」
「小雪、後で私の所に来なさい。」
小雪は言い逃れしようと知らん素振りで虚言をはくが、言葉をかぶせるようにして裕翔が実際の小雪の行動を口にした。
と思ったら裕翔が言い終える前に双葉さんは小雪の発言が虚言であることを確信し、裕翔の言葉に被せるようにして説教宣告。最後に双葉さんは小雪をキッと睨みつけた。
小雪、全く信用されてないな…
しかしそれに抗おうと小雪は衣織さんをビシッと指さした。
「小雪はそこの女狐から小雪のナギを守っただけ。悪いことは何もして──」
衣織さんを巻き込んだその発言は小雪にとって地雷であった。なぜなら小雪はあの場において反省し、俺と周りの観光客に謝ったはずなのだ。
しかし今の発言ではその本心は嘘をついていたということにほかならない。
ちょうどいい機会だ。ここで小雪には申し訳ないが、しっかりと双葉さんに叱られて貰って再び二人旅に戻るというプランを俺は練った。
済まない小雪、全てはお前の親愛なる俺のためだ。
俺は小雪の言葉に被せるようにして反応する。
「ほう、小雪、反省していないんだな?」
「あ、ナギ、最初のあれはちゃんと反省して─」
「小雪、今すぐ私のところに来なさい。少しお話しをしましょう。」
俺が腕を組んで小雪を詰め寄り、小雪は大きく慌て、そして最後に双葉さんがとどめを刺す。
こんな理不尽な猛攻を受けた小雪は「ナギ〜!!ナギ〜!ナギの裏切り者〜!!」という言葉を残して双葉さんに襟を掴まれてホテルの中へと連行されて行った。
『小雪、許してくれ。あと今の出来事は全て事実であって俺はなにも悪いことしてない気がする。』
お説教室への連行の仕方まで俺の母さんにそっくりなので、俺はついつい「ぷふっ」と笑い声を漏らしてしまった。
「これで邪魔は去りましたね。さあ凪紗さん、残りの観光を楽しみましょう。」
「ああ、そうだな。」
何故か勝ったような清々しい表情を浮かべた衣織さんは俺の腕を引っ張って辿ってきた道へと歩みを始める。
「ははっ。元々従兄ではあるが、小雪も大変だな。」
「父さんの意見に僕も同意だね。」
雪の温泉街に消えゆく俺達の姿を見送って、堺親子はホテルの中へと戻っていくのであった。
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