第17話 無意識の罪
さあ、時計は日付を跨ぎ、明日の為にそろそろ寝る時間である。
俺は真っ直ぐに大きなソファーの元に向かうと湯船の時のように後ろから衣織さんに腕を掴まれた。
「今から睡眠を摂るというのにどこに向かっているのですか?」
何って、まさか付き合ってもいない女性と、しかも未成年で同じベッドで寝るなんて。そんな君こそ何を言っているんだいと言ってやりたいところだ。
「付き合ってもいない異性と寝るのは外聞も伊織さんの感情的にも宜しくないだろう。さっきの風呂だってそうだ。」
「私は気にしておりません故。」
俺の言葉に即否定した衣織さんは俺の腕を引っ張ってベッドへと連れていこうとするが、俺は俺で踏ん張る。
「あんたはいいかもしれないが俺の感情も考えてくれ。」
彼女は自分が良ければ良いと思っているふしが所々で感じられる。それはやはり今までの生活からくる所以だろう。
しかし今回は引いてやらないぞ!
「こんな俺だって思春期真っ盛りの男子高校生だ。すぐ隣で淑女が寝ているという状況に平常心を保てるとでも思ってるのか?」
俺は絶対にしないが、暗に襲われるかもしれないんだぞと脅しをかける。しかし彼女はそれがどうしたと言わんばかりに俺の視線を捉えて離さない。
「東京の友人は弟と一緒に寝ているそうです。ですので男女で寝るということは何もおかしくないのではないかと。」
「兄弟は別だろ!ってか未だに兄弟と添い寝してるやついるのかよ!?」
彼女は目を瞑って「はぁ…」とさぞ当たり前かのように言ったが、それは色んな意味で当たり前じゃないんだが…やはりどこか違うよな。
一般的な子は異性の兄弟においては、思春期真っ盛りの高校生になってるので添い寝はしません。
「とにかく私の婚約やら外聞は気にしないでください。私はあなたを信用していますし、あなたに疲れてもらっては困ります。お母様も全てを承知の上でこのホテルの部屋を一つしか予約しなかった訳ですし何も問題ありません。」
彼女のその俺に対する自信と確信は一体どこから湧いてくるのだろうか。
しかしながらいつも通り彼女が折れる気は全くもって無いに等しいだろう。正直俺が勝手にソファで寝ようとしているのだから勝手にしてくれと思うのだ。何せ彼女をソファに追いやっているわけではない。
ん?勝手に寝る?
そうか。この手があったか。
彼女が寝たのを見計らって俺がソファ移動すれば良いのだ。そうすればきっと俺の穏やかな睡眠は約束されたも同然であろう。
一日目の夜に使ってしまうと二日目の夜に使えなくなってしまうことが問題だがそれはその時考えれば良い事だ。
となれば、あとはできるだけこの意図がバレないように自然に彼女の言葉に俺が折れるかにかかっている。
「はぁ、降りよう。降参だ。あんたがそこまで言うならそうさせてもらおう。意思の強いあんたに抵抗する事は非効率と見た。」
「大人しく頷けばよろしいのですよ。」
意外とチョロいな。
しかし彼女は俺がしっかりベッドに向かうまで手を離す気は無いらしく、未だに手跡がつくんじゃないかと疑いたくなるくらいに強く握りしめられている。
「そこまで強く握らなくてもいいんじゃないか?俺に対する信用はどこに行ったんだ?」
「確かに私はあなたの事を信用しています。それと同時にあなたがこの場から逃げ出そうと考えていることも確信しております故。」
なるほど、その位置に着くまでは信用ならないと。
まあ、元々隣が寝静まるまで大人しく待つ予定だったのだからそこは素直にベッドの中に入ってやろう。
部屋の電気を暗くし、俺らはベッドの中へと入った。思ったよりベッドは広く、寝相が良ければ二人で両手を広げてギリギリ手が当たるくらいだろう。
マットレスはフカフカというよりしっとりとした感触で指で押すと形に残るような、いかにも高級ですと見せつけられているような気分である。
明らかにベッドシートもよくビジネスホテルであるツルツルのものでなくどこか起毛仕上げのように感じるし、寝転がれば全身が沈むような、全てを受け入れてくれる包容感のようなものを覚える。頭上のサイドテーブルにスマホを置けば非接触充電されるし、ベッドサイドランプも間接照明でオレンジ色の穏やかな光だ。
むむ、ここまで整った睡眠環境はそうそう体験できないだろう。しかしお隣には年頃の淑女。お隣のお方が静かに寝息を立てるまで、今のうちに堪能しておくことにしよう。
「……」
「……」
常夜灯の灯る薄暗い部屋の中、絶対に寝てはいないのに無言の時間が流れ続ける。
寝息がたってない時点で彼女はおそらく寝ていないだろうし、ちらっと見れば目は開いている。
彼女は一体何を考えているのだろうか。将来の展望なのでも見ているのだろうか、はたまたこのホテルの影響で早くもこのような一般庶民の生活に痺れを切らして豪華な毎日に舞い戻りたいとでも考えているのだろうか。
いや、きっとそんな浅はかな考えはしていないだろう。俺には考えつかない不思議な光景がその瞳には映し出されているはずだ。
「…どうかしましたか?」
少し彼女の事を見すぎたのか、彼女は俺の視線に気が付き、俺に目を合わせる。
「いや何、あんたが今何を考えて虚空を見つめているのか気になっただけだ。」
俺の本当の言葉ではあるのだがどこか当て付けた嘘のような発言は彼女に対して空を切り、なんの反応も帰ってこなかった。しかしその代わりに彼女は独り言ように呟く。
「私、見てくれだけはよろしいと思うのです。」
「それはまた随分な自己肯定感だな。」
まあ、否定はしない。今まで気にしたことはほとんど無かったのだが、彼女はテレビでも稀に見ない絶世の美女だろう。それくらい自分で思っていて当然である。
俺はそういった方面に対して弱いのでなんとも言えないが、周りがどんどんラブレターやら告白やらしているところを見る限り、それはそれは美少女なのだろう。
今思えばあのサラサラを越えた黒髪だってなかなかおめにかかることは出来ない髪質であり、真っ白でもはや体調不良を疑うほどの白き肌は人形を思わせる。大きく二重ながらすらっとした鋭い目つきはその心の強さを感じさせ、長く跳ね上がるようなまつ毛と浮かび上がる涙袋のラインはそこらを歩くホモサピセンスの雄を魅了させる為だけに存在する妖艶な雰囲気すらまとっている。
17歳ながらその雰囲気を持てば必然と男子から寄って集られるし、自分の容姿に自信を持つのも無理はないだろう。
「私の見てくれはテレビに見る女性より魅力的であると思っています。体型も最近までは運動していて邪魔だなと思っておりましたが今においては自信そのものです。正直思春期の男性、特にクラスの男子が話していたアダルティックな映像を見たのですが、私の身体の方が魅力的でしょう。」
「なんて話なんだ…ご令嬢も深夜テンションとは末恐ろしい。あとクラスの男子たちは教室でなんて話をしてんだ…」
突然暴走し始めた衣織さんを止めることは叶わず、彼女はとにかく自分の秀でている点を次々と述べ始めた。特に容姿や身体について…
少しは隣にいる俺の感情も考えて欲しいものだ。そんな事をつらつらと並べられて思春期の男士がどうやって耐えようか!!俺は心を無にして深呼吸で平常心を維持し続けている。
「──と言った具合に私は世の男性の理想を形にした女であると思っております。だと言うのに…」
どうやら自慢話はここで終わりを告げ、その問題点の話へと移行するようだ。しかし聞いていた限り何も困るような点はないと思ったのだが…まぁ、俺があげるとすればその薄い感情と常識外れなところが玉に瑕だろうか。まあそんなことは口が裂けても言えないがな。
「凪紗さんは何故私と普通に何事もなく接することが出来るのでしょうか?このようなシチュエーションにおいて私は無敵です。私にはそんなに魅力がないのでしょうか?最近勉強した事なのですがもしかすると凪紗さんはロリータ・コンプレックスと言われる日本に多い特殊性癖の持ち主なのでしょうか、他の男性であれば既に私は大人な遊b───」
「はいストップストップ〜。一旦クラスの男子から授かったその知識をアンインストールしようか。俺はそのような特殊な願望を持ってはいないしほかの男子とは違うからな。」
きっと真面目な彼女は俺らのような庶民を知ろうと、休み時間のクラスメイトの会話を記録しては家で調べ尽くしたのだろう。
無垢というのは美しくもあり、絶望でもあるんだな…
「とにかく私は納得いきません。あなたにそのような好意的な視線を感じない事に。なんとも言えない感情というか、一抹の不安を覚えるとでも言いましょうか。」
なるほど、みんなにチヤホヤされているというのに俺は彼女に頼ったり自分からよってきたりしないものだから嫌われているとでも思っているのだろう。
確かにたくさんの人からの好意が普通になれば、きっとほかの人たちにとっての普通が嫌悪されているように感じてしまうのだろう。
それもまた1つの学びだ。
別に俺は彼女を嫌っているわけでもなければ友人であるとは思っている。変な勘違いはして欲しくない。
「顔や身体の話はともかく、別に俺はあんたに対して結構好意的だろう。そもそもあまり友人を作らない俺だ。こうして今話している時点でそのように受けとって欲しいものだ。」
「そういうことではなくてですね…言葉にするのが難しいですね。」
感情を言葉にすることは作家でも難しいのだ。その感情を彼女が素直にそのまま伝えることなんか出来たら今頃俺は彼女の考えなんてとっくにわかってるし悩まされることもないっての。
こういうことは時間をかけてゆっくり考えをまとめて言葉にするものだ。今この瞬間に答えが求められている訳では無い。
時間をかけて確実に。それを彼女にはぜひ覚えて頂きたいものだ。
行き当たりばったりでは何事も上手くいかないからな。
「まぁ、そういう時はゆっくり考えるといいさ。まだまだ卒業までは時間があるんだ。早く寝ないと明日起きれないぞ。ほら、早く休め休め。目を瞑れ〜。」
「はい……ではそうさせていただきます。おやすみなさい。」
「おう、おやすみ。」
少し時間が経ち、彼女の寝息が寝室にひびき始めたので、俺は静かにベッドから起き上がり、ソファへと向かった。
普段気にしてなかったけど、そんな事を考えていたんだな。
今まで気にしてこなかったが、改めて彼女のことを一つしれた気がした。
「おやすみ。」
俺はつぶやくようにして寝室を後にしたのであった。
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