第12話 夢の超特急

駅のホームを上がると、反対側にある東京方面の列車が出発するホームに、明らかにさっきまで乗ってきた電車よりも滑らかな曲線を描き、いかにも速そうな見た目をした電車が止まっていた。


白地に群青色と金のラインがより新幹線という格の違い感ある雰囲気を醸し出していた。


ただの普通のホームであるのに明らかに規模が大きな駅と頑丈な作りの線路に架線。


新幹線のホームに来る度に何故かこの雰囲気に圧倒され、旅の始まりを感じさせられる。


「あれが新幹線ですか…なんというか、箸みたいですね。」


「ブフッ」


衣織さんの例えについ俺は吹いてしまった。確かに凹凸のない真っ直ぐで遠近法によって遠くなるほど細く見えていく車体に加えて、なめらかに削り取られた先っぽを見れば、箸に見えなくもない。


俺が彼女の言葉を変に想像したせいで少しツボって笑い堪えていると、足元が少し振動し始めた。そして強くうねる様なゴォォォという地響きのような音までもが聞こえてきた。


「地震でしょうか?」


「いや、違うな。まあ見てるといいさ。」


彼女はまだ地震と思っているようで、あたりをキョロキョロ見渡す。そして数秒した後にこの地響きの原因が一気に視界に現れることとなる。


徐々に強くなる地響き、そしてヒュォォーーという風を切るような音やグォォオオオと身を揺らす様な空気の揺れと共にそれは登場し、俺らの視界を一瞬で駆け抜ける。


「キャッ!?」


彼女は小さな悲鳴をあげて音の発生源の方に振り返る。


準備をしてなければその急な爆音と地響きに驚いてしまうのも納得だ。


これは新幹線の通過。現在日本の新幹線の最高速度は時速320km。ここの駅を通る北陸新幹線や上越新幹線はそこまでスピードを出さないし、この駅はそのふたつの新幹線の分岐点であるが故に北陸新幹線だけ速度を落とす。


それでも時速240kmは出ているのでなかなか東京の地上ではお目にかかれない速度である。


もう既に通過した電車は俺らの視界の遠くに姿を消している。


「私達、今からあれに乗るのでしょうか?」


「ああ。」


「なんというのでしょうか、映像で見たものとは別物に感じました……」


「そうだな。」


これもまたいい経験だろう。映像では音の聞こえてくる方向や地鳴り、そして風を感じることは出来ないし、何より実際に見るスケールと全然違う。


動画で見るとただただ早いと感じる新幹線の通過が、目の前で見ると、恐怖でしかなかったりする事もあるのだ。


それこそさっき例にあげた時速320kmの新幹線の通過を目の前で見られる駅もあり、そこはもはや生きた心地すら忘れてしまう程である。


この通過を見て以降彼女は駅のホームの真ん中から離れなくなっていた。


そんなに怖かっただろうか。


今日のこの駅でこのリアクションだ。いつか彼女に本物を見せてやりたい。俺は密かにそう思った。


(まもなく14番線に───)


あれから数分して俺らが乗る予定の電車がやってくる放送が流れた。


今回取った席は普通車指定席。帰りはグレードの高いシートに座る予定なので楽しみだ。


電車は甲高いキィィィーというブレーキ音を奏でて駅に入ってきた。


ドアが開けば並んでいた人達が続々と入っていき、自分の席の上にある荷棚にスーツケースやらリュックやらを詰めていく。


「俺が上げよう。」


「ありがとうございます。」


俺も自分のスーツケースを上に上げ、彼女のスーツケースも一緒に持ち上げた。


窓際の席はもちろん衣織さんに譲る。ここに来るまでの電車の中でずっと車窓を気にしていたからな。きっと景色を眺めることが好きなのだろう。


と言っても既に夜なので、街の近くを通らない時以外は基本真っ暗で何も見えない。



電車はさっきまで乗っていた在来線と違い、静かに、乗客が動き出したことに気づけないくらいの穏やかな加速で、高崎駅を出発した。


高崎はそれなりの都会なため、新幹線の窓から見える夜景はそれなりに立派なものであった。


「東京や大阪でないのに綺麗な夜景ですね。」


「ある程度の都市になればどこでも夜景は綺麗だな。それは俺らが今住んでいる市にも言えることだ。」


特に三大都市圏でなかったとしても工業都市や、臨海部の都市であればかなり綺麗な夜景を拝むことが出来る。それは高層ビル目立つ大都会とはまた違った美しさがある。ちなみに俺は長崎や呉、四日市と言った所の夜景が好きだ。


「私も知らない事がまだまだ沢山ですね。凪紗さんに教えられてばかりです。」


彼女は肘置きに肘をつき、手の甲に顎を乗せて夜景を過ぎ行く眺めながら物憂げに呟く。


別に俺だって最初から全てを知っていた訳では無い。色々な地を回ったり、経験してみたり、勉強したから得られたものであって、幼い頃から両親に旅をさせられて居なかったらこんなことを語ることすら出来なかっただろう。


「誰だって最初は知らないんだ。ゆっくり知っていけばいいさ。まだまだ俺らは若いのだから。」


俺の言葉に彼女は「ありがとう」と、まだ慣れない話し言葉で返した。


彼女は窓を見ていて顔が見えないが、髪の毛から少し覗いている耳の赤さが彼女の恥ずかしさを語っていた。


流れていく夜景のスピードが段々と速くなっていく。新幹線が速度を上げているのだ。


「速いですね。どこまでも加速し続けそうです。」


彼女はまるで子供のように窓に張り付いて外の景色を眺めている。


「このままこの電車は碓氷峠を超えるんだ。」


「碓氷峠というと中山道の難所として昔から多数の人々を苦しめてきたというあの碓氷峠でしょうか?」


さすがはお金持ち進学校の元首席、日本の歴史となるとよく内容を理解している。


「その通りだ。特に碓氷峠というと、まだ俺らが今使っている新幹線が通る前まで、在来線が数多走っていた訳なんだが、そこの傾斜が当時国の鉄道だと最急勾配である66.7‰(パーミル)であることで有名だったんだ。」


その勾配があまりに急すぎるあまり、ブレーキが効かず、貨物列車が転覆を起こすなどと言った事故も過去にあったほどである。


「ちなみに‰(パーミル)とは一体何の単位なのでしょうか?」


「あ〜、そうか。鉄道好きとか研究者とかじゃない限り使わない単位だもんな。パーミルと言うのは1000m、詰まり1km進むごとに66.7mの高さを登る坂道の角度のことだ。それが学校でも習うパーセントになると、100mで何m登ったかという意味になるんだ。」


そんな説明をしていると、大して速度は変わっていないはずなのに、床の下からキィーーーンと言ったモーターの回転が高まる音が聞こえてきた。


窓の外を眺めるとトンネルと山の中を繰り返す景色。


きっとちょうど今走行しているのが碓氷峠と呼ばれる区間だろう。新幹線のパワーは碓氷峠の急勾配をものともせずに高速で通過していく。


あらためて文明の利器のありがたみを痛感する。


「ちょうど今通過しているのが碓氷峠だな。」


「たった一部の区間であるのにこんなにも歴史や技術というものが詰まっているのですね。」


「そうだな。」


俺は彼女の言葉に激しく賛同した直後、車内のチャイムが流れ、次の駅の放送がかかった。碓氷峠もこれでおしまいだ。


(まもなく、軽井沢です。しなのてつd───)


軽井沢駅はつい最近までその碓氷峠越えをして来た在来線の廃線跡と、当時の駅のホームが残されていたのだが、本当に最近その駅のホームだけが撤去され、新たに商業施設が、出来るそうである。


こうして昔を生きる人たちの記憶に刻み続けてきた景色が少しづつ消えていくのが悲しくもあり、過去に執着しないための時の流れでもあると思うと複雑な気持ちである。


電車は軽井沢駅のホームに入線した。久しぶりの明るい光が差し込む車窓に貼り着きながら彼女は呟く。


「私、ここに来たことがあるかもしれません。いえ、毎年来てるかもしれません。」


「そうか。まあ、だろうな。」


俺は彼女の発言に驚くことなく深く深く納得したのであった。












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