第10話 悲愴の学級
彼女、栄 衣織がここに引っ越してから約2週間が経過した。そんな日の朝のこと。
「何故皆さんこんなにも真面目に参考書と向き合ってるのですか?」
彼女の視線の先には、普段休み時間で勉強しているイメージの無い人達が必死になってワークや参考書、教科書と向き合ってヒーヒー言ってる混沌が繰り広げられていた。
かく言う俺も英単語帳を片手に見ながらその質問に答える。
「それはな、こいつらが期末試験の直前にもかかわらず今の今まで勉強してこなかったからだ。そっちの学校にもいたんじゃないか?そんなやつ。」
いくら彼女がお金持ちの人が沢山いる学校に通っていたからと言っても、勉強を怠るような人間は数え切れないほどいるはずだ。表向きでは勉強していても、家では親の目を盗んでゲームや動画視聴にあけくれているなんてよく聞く話だ。所詮俺らは子供であり遊ぶことが好きなのだから。
しかし彼女は「いえ、それが…」と少し窄むような声で事実を告げる。
「真面目にしてる人は普段からしていますし、そうでない人は積んでますから。あまり関係ありません。」
ん?積んでいる?
俺はこの単語に違和感を覚えた。
「それは将棋などで用いられる用語の諦めや終わっているなどという際に用いられる"詰み"では無くてか?」
「はい。そちらの詰みでは無く、確かに彼らは積んでます。」
「何をとは聞かないでおこう。」
つまり何かを学校に積めば成績不振で留年や退学などにはならないというわけだ。闇の深いお話だ……
ちなみにそんな鬼の形相で最後の暗記をしているもの達の様子をただただ見つめている彼女は大丈夫なのだろうかと心配になる。何せまだ転校してばかりで試験の範囲なども正確には把握していないだろうからだ。
「そうは言っても衣織さん。あなたはテスト大丈夫なのか?」
俺の疑問に彼女は一度頷く。
「今回の範囲は前の学校の次の期末試験と凡そ被っていましたし、問題ありません。」
「流石。」
彼女の学校はお金持ち集う、有名大学の付属高校であったが、実際の偏差値はそこまでうちの高校と変わらない。故に中間期末などの試験のレベルもさほど変わらないという。
つまり、いつも通りの、勉強をしていれば問題なく解ける問題であると言うわけだ。
確かに彼女が来てからというものの、先生の出す問題に答えられなかった記憶は無いし、授業を真面目に受けている。
それ故に彼女の自信にも納得であった。
俺も俺でいつも通りの勉強をしてきたので今回のテストも問題ないはずだ。
教室の時計の針が期末試験開始五分前を指し、予鈴が学校中に響き渡る。
先生が教室に入ってきて、束になった試験問題と解答用紙を解く。
そして先生の「机の上に出していいのは筆記用具だけ。机の中は空にしとけ〜。」という指示が出たので、俺は片手に持っていた単語帳をカバンの中に突っ込んだ。
周りの席の奴らは「やべぇ。」「全くやってねぇ」「あ〜勉強してねーわァ」などと弱々しく声を漏らしているが絶対この声のうちの半分のやつは勉強してきてると俺は確信している。
そしてそんな騒がしいヤツらの陰に隠れて静かに遠くを見つめる数人に心の中で『お疲れ様です。』とお祈りをした。
なお、このお通夜な奴らのうちの一人は蒼真である。やっぱりあいつは結局勉強しなかったんだな。
蒼真と一瞬目が合い、口で『終わったかも。』と俺に伝えてくるが、しらん。自業自得だ。俺がフイっと視線を逸らせば蒼真は額を机に落としてその悲しみを表現し始めた。
そして前から問題用紙と解答用紙が配られる。
キーンコーンカーンコーン
さぁ戦争の始まりだ。
俺は問題の一ページ目をペラリとめくったのであった。
・・・
「まあまあだな。」
帰ってきたテストの点数は軒並み90点以上。社会と国語に至っては満点であった。順位表を見ると総合一位。
何気に初めてな首位に俺は心の中で大きくガッツポーズした。
これなら旅費は大幅アップだろう!
ちなみにお隣はと言うと…
「……」
見事と言わんばかりに頭をがくりと机に突っ伏している衣織さん。自信満々であったが故にテストの点数が彼女の想像以上に良くなかったのだろうか。
「上には上がいるものですね…これも学びです…」
彼女は元の高校ではずっと首席だったのだとか。次席とも大きな差をつけてトップに君臨していたとの事で、かなりの優等生らしい。
確かに今まで一位しか取ったことなければ負けるのはプライドが気づつく。
「ちなみに衣織さんの順位はいくつだったんだ?」
俺が質問すると顔をムクっとあげて、ジト目で順位表を見せてきた。
えっと、なになに、総合順位 2/100 位。
ほうほう、次席だったのか、確かにそうであればなお悔しいだろう。しかも負けた相手が俺と知ればそこからより一層悔しがるはずだ。
今までやられっぱなしだったからな。たまには俺だって見返してやりたいものだ。
「そういう凪紗さんはどうなんですか?」
そっちから聞いてくれたのであれば好都合。彼女は既に悔しそうな顔を普段通りの表情に戻している。俺に負けるわけが無いと思っているのだろう。点数を聞き返すということは自信があるということだ。
「俺か?俺はこんなもんだ。」
特に何ともなかったように取り繕ってスっと自分の成績表を彼女に渡した。
「え……?」
彼女はその結果を見てポカーンとした表情を浮かべた後に俺の顔を見る。
「凪紗さんって賢かったんですね…私前の学校では負け知らずでしたのでなんとも不思議な気持ちです。」
思ったよりも悔しがらない彼女に俺は面白くないな〜なんて思いつつ彼女から自分の順位表を受け取った。
「私に勝った人が凪紗さんで良かったです。」
「初めての探り合いで優位な位置にはいたものの、勝ったのが俺だったことを忘れてもらっちゃ困るな。」
「そういえばそうでしたね。失念しておりました。」
そう言って彼女はクスクスと微笑む。
彼女もなかなかにいい笑顔で笑うようになったものだ。初めて会った時の印象とかなり違う。
これはきっと普段の環境と違う所に身を置いた事で得られた感情というものだ。真っ白であった彼女の心は確かに今少しづつ何色かに染まっている。
これが今後の旅行でもっと鮮やかに染まってくれれば俺はいいなと思っている。
「うぅ…凪紗〜…」
「うわっ!?…なんだよ蒼真…」
思いにふけっていたところを蒼真に襲われた。このどんよりとした雰囲気は恐らく、いや絶対に点数が悪かったのだと俺に報告しに来たのだろう。
「倉敷さんの順位は如何程でしょうか?私は二位、凪紗さんは一位でしたが…」
もちろん蒼真もそれに準じた順位なんだよな?とでも言わんばかりの気迫だ。
蒼真と衣織さんは帰りでも一緒なことが多い。なのでこれは衣織さんの話す機会も増えている故の弄りだろう。
この先に自分達の順位を言われてしまい、言わざるを得ない、逃げられない状態になってしまった蒼真は目をうるうるさせて「ごめんなさい」と一言呟いて、順位表を俺らにみせた。
「あ〜。やっぱりか。」
「あら〜……」
「ほらやっぱりそういう反応をするんだ!!勉強できる人達にこの気持ちはわからないだろうね!!ふんだ!」
俺らのなんとも言えない反応に蒼真は逆ギレしてあ自分の席へと戻っていった。
クラス全体の様子を見れば大方ゾンビのように呻き声を上げて机に張り付いている状況であった。
「皆受験に向けて頑張らないといけないな!!」
一人元気そうに、担任の先生がハッハッハと教室を出ていったのを見届けて、この一日は終わりを告げたのであった……
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