第8話 高嶺の毒花

時刻は16時。


教室の南側の景色を全面的に映し出すおおきな窓は、青とオレンジの濁りひとつ無い美しいグラデーションに染まっていた。


元から黒いカラス達が逆光でより真っ黒な影となり北に向かって飛んでいくが、風のせいで全く前に進めていない。その場で羽ばたいているだけだ。


この景色は毎日見ている俺らからすれば特に何ともないが、集中力が切れればついつい見入ってしまうくらいの美しさではあった。


恐らく初めてこの地に訪れた者であれば、集中力が切れる前から魅入ってしまうだろう、なんなら美しすぎてスマートフォンを取りだし静かに写真を撮ったり、友人に話題として振りたくなってしまうほどであろう。


実際俺の隣に座る彼女はこの学校初日、始まってからずっと真面目に授業を受け続けていたが、夕暮れの時間になってからというものの、窓の外を眺める時間が圧倒的に増えていた。


この景色は美しくはあるのだが、その裏では舞い上がる砂埃と人の歩みを拒む暴風が、吹き荒れている故、俺らにとっては今綺麗に見えても、後に苦労することを証明してしまう辛さの象徴でもあった。


全てでは無いにしろ、綺麗なものには何かしらの代償が付き物だ。特に色鮮やかなもの、コントラストの強いものであれば尚更だ。


青や赤紫、そして深い緑で彩られた紫陽花や海の中を輝くクラゲは毒を持つ。


美しさに関わらず、便利さも代償を持つ。


石油資源はやはり地球の状態を見れば言わずもがなであろう。都市化は個体数を減らしていく生物や森林減少を見れば事の重大さを思い知る。


なんか話が全く違う方向に、しかもスケールがあまりにもでかくなってしまったが、とにかくこの世界は何事もバランスを保っているのだ。


隣に座る彼女だってそう。


こんなに可憐な美少女に見えて腹では何を考えているかわかったものでは無い。既に俺が手のひらの上で遊ばれているのご何よりもの証拠である。


彼女に接触する者は朝の一件以降も絶えないが、俺にとって彼らは食中花に集まってくる虫たちにしか見えないのだ。そして俺はその外来種に捕食された最初の犠牲者。


別に好きになってとか可愛いからとかそんな理由で接触した訳では無いのにだ。良かれと思って行動したことがこうも思わぬ形で我が身に降り掛かってくるとは思いもしなかったさ。


「私、何か変な事でもしてましたか?」


「いえ、珍しく集中できてないなと。」


彼女のことを薄い目で見ていたのが本人にバレてしまい、彼女は何とも言えない不貞腐れたような表情をして俺に問いかけてきたが、心の底で思っていた毒花の話は置いておき、自然なごまかしをきかせた。


流石の彼女も心を読めるわけでは無いし、あながち俺が持った疑問も本心ではあるので彼女は俺の発言を疑わずに語り始める。


「いえ、その、なんと言いますか、こんな空模様が存在するのだなと。あまりの美しさに見入ってしまいました。」


「…そうでしたか。東京では見れませんからね。」


俺は彼女の発言に少々驚いた。故に返事の言葉が少し詰まってしまった。


彼女は正直万物において興味が無いと俺は思っていた。嵐山で車を降り駅に向かう時、日光で湯葉を食べた時、そして朝の挨拶や寄ってくるクラスメイトや男子たちにもしかり。


とにかく今まで何事においても全く興味を示さなかった。感情を出していたのも俺が彼女にちょっとした腹の探り合いを仕掛けた時だけだ。


だから俺は彼女の事を嵐山で見た時から評価を変えてこなかった。なんとも面白みのない人生を送ってそうだと、ああはなりたくないなと思い続けた。


しかしこうして綺麗なものを眺める姿勢を見るとと、彼女自身綺麗だと思う感情があるのだ。それも学業を疎かにしてしまうくらい目を持っていかれてしまうほどに。


綺麗なものを綺麗だと思える。それを知れたことは俺にとって大きな収穫であった。


これから一緒に旅をするというのに、旅の醍醐味を楽しめない人と一緒にいるということが心底嫌だったが、意外と彼女にも彼女なりにものの感じ方があるのかもしれない。


今後旅を一緒にする身として今後の旅路が少しは退屈にならない事を素直に喜んだのだった。


「どうした栄さん。分からないところでもあったか?」


「いえ、すいません。考え事をしてしまって…」


集中せずに外の景色ばかり眺めていたところを先生に注意されてしまい、彼女は頭を下げ謝罪した。そしてもう一度外の景色を見たあとに…


「これも…借りですね。」


そう言って彼女はほぼ真顔に近い自然な微笑みを浮かべて再び教科書とノートに向き合った。


何が借りなのだろうか。


しかしそれを聞くのば野暮ってなものだ。


なにか彼女で思うところがあったのだろう。その心情は分からない。なんせ育った環境が違うのだから。


でも彼女にとっていい心象の変化になったのであれば、暴風吹き荒れるこの夕焼けも嫌いにはなれないなと俺は感じたのであった。



・・・



六時間目の授業は体育であった。


俺は比較的運動が得意で、体育の時間が1番好きですらあった。体育はひとつの大きな体育館を半分に分けて男女別で行われる。


更衣室で着替え体育館に向かうと、既に彼女は着替え終わっており、整列の位置につき待機していた。普段と違うところと言えば、下げている髪の毛をポニーテールにしてまとめているところであった。


時々揺れ動く髪の毛の隙間に見える項に男子達は大興奮。


体育の授業中というのに危ないにも程がある。体育の授業中はボールに集中しないと怪我するぞ。それがバスケットボールともなれば尚更だ。


「凪紗!」


「おけ。」


俺は蒼真からワンバウンドの鋭いパスを受け取り、スリーポイントラインギリギリからシュートを放つ。


パシュッ…


ボールはゴールリングに当たることなくネットの真ん中をすり抜けた。


「よし!ディフェンスだ!」


俺らのチームのスコアボードに三点が追加される。そして相手の攻撃を耐える。


チラッと隣のコートの様子を見てみると、彼女は1人無双していた。ドリブルで相手の逆をつくように抜き去っていき、最後はレイアップで綺麗に二点獲得。


明らかに周りとはレベルが違う。それも一つや二つでは無い。


彼女は勉強もスポーツもできるみたいだ。ほんとなんでもありなんだな。


俺も負けてられないな。


自分のゲームの方に意識を戻せば、いつの間に敵チームからボールを奪い、華麗なレイアップを見せて得点する蒼真。それと同時に先生が笛を吹いた。


「第一クォーター終了!!」


俺は、肩で息をしながらタオルや飲み物後置いてある壁の方へと向かい腰をかけた。


冬とはいえ走り続ける競技なのでとても疲れるし汗も止まらない。


俺は一つ大きく深呼吸をしてスポーツドリンクを飲んでいると、隣のクラスメイトの話し声が耳に入った。


「やっぱり栄さんやべぇな。美人だしスタイルいいし勉強もできてスポーツもか。」

「いや〜、俺らにとっては高嶺の花過ぎるよな。」

「もうもはやこの学校のマドンナと言っても過言じゃねーな。」

「転校一日目でマドンナとかヤバすぎだろ!」


高嶺の花、マドンナ、そんなワードが彼女に向けて当てられる。


意識したことは無かったが、確かに彼女は顔立ちも整っているし、スタイルもいいかもしれない。勉学や運動に関しては文句なしと言えよう。


しかし俺は彼らのようなやわな感情は抱かない。なぜなら…


あんな容赦なく人の事はめやがって!毒花以外の何物でもないだろ!!


高嶺の花をいざ掴んでみれば毒花であったことを知ったこいつらは一体どんな反応をするんだろうな。


見ものである。


まあ、俺は知りたくもなかったけどな!!


俺は心の中でそう叫びつつ、表情には出さずにペットボトルを置いてコートの中に向かってゆっくり歩く。


そしてたまたま女子寄りのライン際を歩いていた時、ネット越しから彼女が「頑張ってください。」と、一声かけられた。


一瞬彼女の性格と見合わぬ声掛けに幻聴かと疑ったが、振り返った時には既に彼女は反対側に向かって一人歩いていた。


確かにそれは彼女の声だった。


こんな気遣いもできるのか。


そんな少々の驚きを抱きながら、俺は第二クォーターに挑むのであった。






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