第7話 転校生の選別
1時間目の前、つまりホームルームの後の授業準備時間は今までに無いくらい騒がしかった。
朝の挨拶以降、クラスメイトが部活のメンバーや先輩後輩にペラペラと話したのだろうか、彼女の噂は学校中に一瞬で広がり、朝のホームルーム後にはその尊顔を拝見しようとクラスに押しかけてくる他クラスの生徒や他学年の生徒たちでドア付近は混雑を見せていた。
一二年生は分かるのだが三年生はこの受験間近である時期にそんな噂話に現を抜かしていていいのかと心配になる。そんな時間があるのなら勉強したらどうだろうか。
もちろん彼女はそれでも普段と何変わらぬ事だとでも言わんばかりに堂々と学校生活を送っている。
「彼女、栄さんって言うんだね。まさかこっちまで転校してくるとはね。本当に人生何があるかわかったものじゃないね。」
「ああ、ほんとその通りだ。」
話さずにはいられなかったのだろうか、蒼真はホームルームが終わると直ぐに俺のところに駆けつけてきた。この話しぶりからすると蒼真は奇跡だと思っているようだが…
まぁ、偶然なわけもない。これは栄親子が偶然を装って予め俺の事を手篭めにする予定だったのだろう。きっと昨日の百万円といい湯葉の時と言い上手く人を使うものだ。
まったく。金持ちってのは人のことを駒としか考えられんのかね。
いきなりの転校生という事で、朝のホームルーム中に席替えをしたのだが、彼女の席はこれもまた偶然なのか必然なのかは分からないが俺の隣。
「分からないことがあったら手取り足取り教えて下さると嬉しいです。」
そういう「分からないことあったら教えるよ〜」的な言葉は在校生側からかけるものではなかろうか…
せっかくくじを引いた時に窓際の後ろの席でガッツポーズをしたのに隣に彼女がいれば気休めにもなるまい。
隣の席で黙々と読書をする彼女を見ようと教室のドアには大量の生徒が集い、そして詰まっている。花摘みや職員室に用がある生徒が教室から出にくそうにしているし、そんな熱い視線を彼女に向けられると、その奥にいる俺まで見られてる気分になるので正直迷惑だ。
騒がしさのあまり、手に持った参考書の文字すらも頭に入らない。
「あ〜…寝るか。」
俺はこの状況で勉強することを諦め、手元に広げていた日本史の問題集を閉じて、ひざ掛けを机の上に敷いて上半身を机に伏せた。そして学ランを頭の上から被れば上半身だけ擬似的なベッドが完成する。
学ランは保温性能が高いので自分の吐く息だけでも囲まれた空間は温かさに包まれる。
これで休み時間も快適な睡眠を約束されたも同然である。
しかしここで空気を読めないとんだ邪魔者が入る。
「なあなあ、君転校生だよな?」
「名前教えてくれよ〜。」
怖いもの知らずな同級生か先輩がとうとう教室のドアというバリケードを突破して彼女に突っかかってきたのだろう。
まったく、こんだけ周りが騒がしければ睡眠も何もあったもんじゃない。
「はじめまして。私は栄 衣織と申します。どうやら皆様に熱烈な歓迎を頂けてるようで嬉しく思います。」
まずは自分から名乗れって言いたいのか。それに加えて歓迎は程々にしてくれってか。
随分と普通な挨拶に聞こえるが、あのおしとやかな笑顔で言われてるともなればきっとこれくらいの皮肉を思っていることだろう。
よく知らない異性二人にいきなり詰め寄られて怖気づかないものだ。そのメンタルの強さには心底感心するな。
彼女もいつも通りの全く変わらない声のトーンで嫌味を口にするがきっとこの嫌味は彼らには伝わっていない。
「そうだそうだ、良ければコネクト交換しない?」
「衣織ちゃん、可愛いからすぐ人脈広がるんじゃね?」
コネクトというのは無料メッセージアプリの事だ。基本はある程度話す間柄になってから繋がるアプリである。
そんな初対面と軽々しく繋がるSNSでは無いのだ。まあ、つまり彼らは彼女と繋がったその先も見すえているということだろう。随分と軽い気持ちですこと。
「申し訳ありません。コネクトというアプリとやらを持ち合わせておりません故。」
持っていないから入れますじゃないってことは、あんたらと繋がる気は毛頭ありませんよと。
「じゃあコンピクはどうよ!」
「QR見せてくんね?」
コンピクというのはコンビニエンスピクトグラムという写真や何を今しているかを自動的に簡略化された絵にして共有されるアプリだ。
コネクトよりもこちらの方がハードルは低いが使わない人は本当に入れないので正直希望は持てない。
繋がれと言わんばかりに表示されたQRコードに彼女は「コンピクなるアプリも同様にございます。」と、いい加減面倒であると言う感情が簡略化された文言から感じ取れる。
それなりの進学校ではあるが、こういう輩はいるものだ。そろそろ鬱陶しいので助け舟でも出そうかと思い、俺はムクっと起き上がって「ん〜っ!!」と大きく伸びた。
それを見た二人は一瞬俺に注意が引き付けられる。どうやら上履きの色を見る限り上級生だそうだ。一年生が赤、二年が緑、三年が青。これは三年生が卒業したら一二年は色をそのままに、次の一年が青となる。
まったく、受験も詰め込みの時期だと言うのに随分と余裕なようで。
「ふぅ…騒がしいなぁ…ん?」
ザワザワしていた中、俺の声は蒼真ほど高くは無いはずなのだがよく教室に響いた。彼女の方をずっと見つめていた先輩たちの目は俺の方をむく。
こういう単細胞な方々は邪魔が入れば先にそっちしか見えなくなるので対応が楽である。
自分たちが騒がしさの元凶であることを理解しているのだろう。そしてそれをわざわざ口にする俺の事をこいつらは気に食わない。表情を見れば『あ?なんだこいつ?』と心の中で感情を悪い方向で高ぶらせていることは一目瞭然だ。が、そこでメンチを切るほど馬鹿なやつらではないだろう。
彼女への好奇心で溢れ返っていた教室の内外の声はその上向きのひそひそ話でなく、デリカシーの無い行動を取り続けている彼らに対する下向きの陰口へと変化を遂げていた。
周りの視線が彼女に詰寄るこいつらに対して不愉快であると言っているのは本人達が一番わかっているのだから。
彼等はあたりをキョロキョロと見回した後にチッと舌打ちを一回鳴らして二人は静かに教室を出ていった。そして彼女との接触を実行してはいないものの同類に思われたくない者たちが教室のドアからどんどん自分の教室へと戻っていく。
なんだ。意外と大人しいんだな。
これで余計な一言を上げた俺に詰め寄ってきたら『もしかして来年のクラスメイトに顔合わせですか?』とでもぶっ込んで差し上げようかと思ったんだけど。
さすがにそれはやりすぎか。
受験生に来年も俺らの顔を拝めだなんて冗談にしろ不謹慎極まりない話だ。
俺は再び読書に励む彼女の姿を確認して、学ランを被り直した。邪魔者達は消え去った。
次こそはよく寝れそうd───
キーンコーンカーンコーン……
「あ。」
そう思ったところでチャイムが鳴り響き、俺の15分間の安眠は叶わぬものとなってしまったのであった。
次の休み時間で寝るとするか…
1時間目の科目は数学。
俺は引き出しから数学の教科書とノートを取り出し、長々と書かれた公式とにらめっこを始めるのであった。
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