第5話 厄神の兆し
「こんなことで良いのだろうか。」
「良いんじゃない?ついに凪紗にも春が来たってことじゃん!もう冬だけど。」
俺の部屋のカーペットに寝そべりながら漫画を読んでいる蒼真は感慨深い表情を浮かべて仰向けになった。
「僕もちょっとこれから用事が入って出かけに行くのが厳しくなってきそうだからちょうどいいんじゃない?」
「親になんか言われたのか?」
「そうなんだよね〜めちゃくちゃ面倒な話。そして僕にとって迷惑な話だよ。ほんと困っちゃう。」
大きくため息をついた蒼真は「あーーーー」と怠げな声を上げてカーペットの上でゴロゴロと左右にころがる。
そこまで嫌な話なら断ってしまえばいいと言おうと思ったのだがこいつと俺では置かれている環境が違うから俺が言えることなど何も無い。長い間友をしている俺に話すことの出来ない内容なのだから家庭の中の話なのだろう。
繰り返しにはなるが蒼真の家は医療センターのトップの息子。色々なしがらみとかがあるのだ。
それに比べれば俺の悩みなんて蒼真にとっては大したことないって感じか。
実は俺の悩みも悩みと言えるほど大きな問題では無い。昨日の朝、湯葉のお店の中で俺がお願いをされたことである。
その内容は……
「凪紗くんには衣織を色々な所に連れて行って欲しいの。」
「それは一体どういう…」
「そのままの意味です。私を貴方の旅に同行させて欲しいということです。」
言いたいことは分かる。要するに婦人は娘を外に出て色々学ばせなければならないとわかってはいるものの、昨日のような命の危機迫るようなことが起きてしまっては元も子も無い。
だから俺を同行させようというつもりなのだろう。
しかし考えて欲しい。俺は確かに全国の色々なところに出向いてきたが、俺は男であり彼女は女である。しかも由緒正しき家柄の娘をどことも知らない馬の骨に預けるのは流石にどうかと思うのだ。
確かに部屋を分ければ間違ったことなど起こりはしないだろうし俺もするつもりは無い。
それに彼女の知り合いなどに万が一遭遇してしまえば噂がついてまわってしまい彼女にとって良い事などひとつもないでは無いか。
それは婦人も彼女自身も1番よくわかっていることではなかろうか。
俺のそんな考えを読んだのか、婦人は首を横に振る。
「衣織の通う学校であれば婚約者が居ることも珍しくないし、発表されていない婚約を噂話で口外するのもマナー違反。何よりそもそも出かける子がいないから大丈夫よ!」
まあなんとも現実味のない学校ですこと。
婚約者を持つ人が珍しくないって今の日本においてどんな立ち位置の人間だよ。日本の将来を支えること確定してるじゃん…
つまりは俺は見つかったら婚約者である振ふりをするわけだ。
あ〜やっぱり面倒事じゃないか…
「ちなみに凪紗くんが周りの人にバレるのが嫌なら、凪紗くんに女の子になってもらうってのも有りね!!」
そう言って婦人は錠剤をひとつ取り出した。
え?何それ、そんなの現実で存在するの?え?アニメや漫画の中だけの話じゃないの!?
「まさか、ご冗談を。」
俺は失笑して面白い冗談ですねと軽いツッコミを入れるが…
「……」
え、冗談じゃないの?
二人は笑顔を崩さずに無言の圧を俺にかける。どうやらまだまだ俺には知らない世界が沢山あるようだ。恐ろしい…
これ、断ったら盛られるとか無いよね?いや、盛られるな。なんかそんな確信が俺にある。
そういえば忘れてた。俺に拒否権は無いんだった。
「分かりました。そのお話引き受けましょう。」
「え?女の子のこと?」
「いえ、それは結構です。」
という具合にもはや俺に拒否権はなく、相手の思うつぼであった。
その日の日光旅行は彼女達に予定があったため予定通り俺一人の旅行になった。華厳の滝や東照宮なども本当に良かった。
赤やオレンジ色に輝く天井から一筋の白龍が下るような景色はまさに圧巻。石を打つ水の音や霧のような水しぶきに大自然の香り、是非とも人生で一度は訪れて欲しいところだ。夏に行くとこれがまた違った景色になるのだ。
青々とした大自然の中、真夏にもかかわらず冷房を聞かせているような水しぶきをあげる滝。大自然のスプリンクラーは暑い所から来た来訪者達を歓迎しているようだ。より命のような何かを感じるそれはやはり写真や動画では伝わらない。
東照宮も江戸時代の長きに渡る繁栄を物語る立派な構造をしており、当時いかに徳川家康という存在が日本にとって大きかったかが分かる、これまた不思議な魅力を持った建造物の一つだ。
「にして凪紗もあの時のご令嬢と旅仲間になるなんてね〜。人生何があるかわかったものじゃないね」
「そうだな。これから俺は一体どうなることやら。」
二人揃って部屋に寝そべりながら「あ〜」と、だらしない声をあげる。
ふと壁にかかったカレンダーに目をやると11月の30日。期末テストまで残り二週間の文字が踊っていた。
「あ〜あ。凪紗、それはやっちゃってるね。」
「見たくないものが目に入った。」
先程からずっと旅行の楽しさやら日光の良さやら何やら言ってきたが俺たちは学生。学生の本分は勉学に勤しむことなのだ。
とくにもうすぐに受験シーズンに入る。志望大学も決めて受験勉強に入らなければならない季節であった。
俺らの高校は前にも言ったが自称進学校だ。二年生の三学期は三年生の零学期。そろそろ教室内がピリつき始める頃であった。
「さすがの凪紗もテスト期間に旅行には行かないか。」
「両親はテストを取った点数に見合った旅費しか出してくれないからな。ここで頑張らない限り俺の将来も旅行生活も終わりだ。」
正直に言うと俺は成績的にかなり上位である。だがそれはあくまでも快適な旅行をさせてもらうためにしていたものだ。目指している大学などは今のところない。が、ある程度の難関大までは受かるように勉強している。
「あ〜、嫌だよぉ〜、テスト嫌だ〜!!」
隣で寝そべりながら駄々をこねている蒼真はというと、正直まずい。このままでは大学群に数えられる名門の中堅準難関どころか、その下のギリギリ大学群に名がある大学ですら受からないだろう。
「まあ、最悪俺は何とかなるが、赤点とるなよ。もう受験生だからな。わからんところは教えてやる。」
「ぅぁ〜〜〜」
蒼真は顔をクッションに填めて完全にフリーズした。そんなにテストが嫌だったか?別に普段からテスト勉強してないんだからテスト前だろうとそうじゃなかろうと生活は変わらないだろうに。
「とりあえず明日からテスト勉強な。赤点補習になっても知らないからな。」
「ぅぁ〜〜〜〜」
だめだ。蒼真は完全に意気消沈している。会話にすらならないとは。時計の針は既に19時を回っている。そろそろ蒼真の門限だ。俺は蒼真を引きずって玄関に持っていき、玄関に出した。
「はい。気をつけて帰るんだぞ。」
「ぅぁ〜〜〜」
ぐでーっとしながら蒼真は北風に向かってよろよろと自転車をこぎ始めた。普段なら10秒もあれば角を曲がって見えなくなるところを一分近くかけて見えなくなったのを見ると、本当に嫌だったんだなと少し笑ってしまう。
「さて、俺もそろそろ期末の勉強始めないとなぁ。」
宅配ボックスの確認をして玄関に入ろうとした時の事だった。
なんと隣の家の裏の道から引越しのトラックが出てきたのだ。
実は隣の家に住んでいた人は、家を建てて直ぐに外国への出張が決まってしまい、家を使わないものの帰ってくる日のために売りには出していなかった。
しかしその家で搬入作業が行われていたということはもしややっと日本に帰ってきたのだろうか。母さんに何か話を聞いてないかを聞いてみよう。
そう思いながら俺は家に入ったのであった。
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