私の小説「羽根」

「二人で風車の羽根を探しに行きませんか」

仕事終わりに男は女に声をかけた。


彼らの仕事場は、大きな川が流れ込む海のほど近くにある。

万里の長城を思わせる、巨大な防潮堤がそびえ立ち、作業場からは海の景色を望むことができない。

夏は焼けつくように暑く、冬は空っ風が吹きすさぶ。

だが、この日の天気は穏やかで、空は青く澄み渡っていた。


男は四十歳くらいだろうか。

おでこに深いシワが刻まれているが、体格の良さから若々しさも感じられる。

一方、女はずいぶん若く見える。

落ち着いて見えるが、二十代の初々しさをまとっていた。

「……まぁいいですよ」

女は少し間を置いてから、軽く応じた。


会社の上司がドライブ中に、建設途中の風車を偶然見かけたそうだ。

その足元には、まだ取り付けられていない羽根が無造作に置かれていたという。

二人は、唸るように轟音を響かせながら空を舞うはずの巨大な羽根が、目の前に鎮座する圧倒的な存在感をひとしきり想像した後で、「見たい」と声をそろえた。


しかし、上司の曖昧な記憶だけが頼りで、手がかりはそれ以外になかった。

男は軽自動車に乗り込み、女を乗せて東へと走り出した。

海沿いには、大小さまざまな風車が乱立している。

特定するのは不可能だと思われた。


「あそこで少し歩きませんか?」

しばらく車を走らせた後、男はそう言いながらハンドルを右に切った。

防潮堤の手前に車を停め、階段を登ると、はるか彼方まで広がる海が一望できた。

二人は、そこから建設途中の風車を探すが、一向に見つからない。

視界には無数の風車が立ち並び、どれもこれもが同じに見えた。

「風が気持ちいいですね」

女は、もう探すことを諦めたのか、悠然とそんなことを口にした。


車に戻ると、男は目を閉じ、深い息を吐いた。

「まだ探しますか?たぶんもう……」

その言葉が終わらぬうちに、女は「あっちょっと、あの辺まで車を進めてください」とすかさず答えた。

男は少し驚いたが、言われた通りに車を進めた。

指定された場所に着くと、女はドアを開けたまま車から降り、ドアを閉めなかった。


女はまさに抜き足差し足忍び足といった格好で歩き始めたと思うや否や、猛然と走り出し、やがて視界から消えていった。

男は唖然としてその光景を見つめ、ただ呆然とするしかなかった。

しばらくすると、女はぶらぶらと歩いて戻ってきて、少し得意げに「キジがいたんですよ」と告げた。

女はキジを驚かせ、その飛び立つ姿を男に見せたかったらしい。


「岬の近くにいいごはん屋があるんですよ、そこで食事をしてから帰りましょう」

男の声は、今日一番の晴れやかさを帯びていた。

車もそれに応えるように、高らかにエンジン音を響かせながら目的地へと走り出した。

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