感想とボクシング小説

「まぁ良かったんじゃない」

彼はそっけなく、彼女に小説の感想らしき言葉を投げかけた。

その無神経な発言は、彼女へのいたわりを感じさせるものではなかった。


「あれ?ダメだった?

男って、あぁいうの好きでしょ。

歳の差恋愛みたいなやつ。

魂すり減ったわ。

今はこれが精いっぱい」

彼女の声は明るかったが、その瞳には疲労の色がにじんでいた。

いつも明るい彼女が、自分の内側を絞り出して、あの小説を生み出したのだろう。

彼の空虚な言葉が、彼女の心に深く刺さることはなかった。


「名前くらい付けた方が良かったんじゃない」

 無表情で彼女を見つめながら、彼はまるで責め立てるように提案した。


「いやぁ、考えるのが面倒くさくてさ。

名前を付けるのって、けっこうゼロイチじゃん。」

生み出すことの困難さを感じつつも、彼女はそれを軽んじるかのように振る舞う。


「よりにもよって、男と女って……」

それは、作品そのものを批判するものではなく、ただ世間体ゆえの発言に過ぎなかった。


「えっ?あっ……次からはちゃんと名前を付けます」

彼女の声は真剣さを帯び、反省の色が見て取れた。

言葉と共に指先が微かに震えたが、彼女はそれを隠すように両手をそろえ、手首をクルリと返し、何かを手渡すように問いかけた。

「で……書きたいものは決まりましたか?」


「もちろん決まらない」

彼は彼女の目をまっすぐに見つめ、断言した。

彼のきっぱりと言い切る態度は、自信あり気でやはり偉そうに見えた。

 

「小説を書いてて思ったんだけどさぁ、あんたが『遺書』を書きたいって言った気持ち、何となく分かった気がするわ」

彼女も彼から目をそらさずに、静かにそうこぼした。


突然、彼女は両手をパンと叩いた。

ぬめった空気が一瞬で乾いたかのように、場の緊張がすっと和らいだ。

「それでぇ、あんたが書かないなら、もっかい私が書いてやるよ」

 

彼女の提案に、彼は食い気味に「お願いします」と敬語で返していた。


「次回、私のボクシング小説、ぜってー見てくれよな」

彼女は楽しそうに言ったが、彼の表情は少し困惑しているように見えた。


「……女の子がボクシング小説を書くの?」

自然に出た発言なのだろう、彼の目に迷いはなかった。


「そういうのダメなんでしょ」

彼女は、優しくたしなめるようにしてささやく。


その一言に、彼はハッとして、目を伏せた。

「あっ……そういえば昔のアニメの主人公の少年キャラの声って、女性が担当していることが多かったよね」


そう口にする彼のことを、彼女は黙って見つめていた。

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