第2話

声の方を振り向くと、斧を持った老人がこちらに駆け寄ってきていた。

「あんた立てるかい。またいつモンスターが出るか分からん。わしの家に来なさい」

言われるがまま、私は老人の後をついて行った。


森を抜けると、家々が建ち並んでいた。森の地面と違って舗装され歩きやすい。

2階建ての一軒家の前に着くと、老人は玄関の鍵を開けて中に案内してくれた。

水をもらい少し落ち着くと老人から話かけてきた。

「怪我もなくて良かった。それにしても、あの森で何してたんだい?」

「いや、その…」

言っても理解されないだろう。病院の中で異世界に飛ばされましたなんて。それに信じてもらえたところで何が変わる訳でもない。


私が黙っている様子を見て、老人は追求を諦めた。

「まあいい。あんたを責めようって訳じゃない。その様子だと泊まる場所もないようだし、今夜はここでのんびりしていけばいい」

のんびり?とてもそんな気分にはなれない。妻と我が子のことを考えると、今すぐにでもここを飛び出したい。だが、老人の言う通り行くあてはない。ここは好意に甘えさせてもらおう。

「この家にわし以外の者が泊まるなんて何年ぶりじゃったかな。妻に先立たれてからは、わししか住んでないからなあ。食器や寝具の準備をせにゃいかん」

老人が椅子から立ち上がり、2階へと階段を登り始める。

「私も手伝います」


2階の空いている部屋に案内される。ベットと机や棚があるだけの簡素な部屋だ。

部屋を掃除し、ベットメイキングをする。

(何年も人が止まっていない割には、ほこりも少ないしシーツも洗いたてみたいだな)


1階に降りてくる頃には外が暗くなっていた。

「もう日が沈んでしまったか。待っとれ。今、明かりを付ける」

老人は天井からぶら下がったガラス球に左手を掲げる。

その手には腕時計のようなものが巻かれている。

盤面が白く光ると同時に、ガラス球も発光し部屋の隅々まで照らす。

「どうした。まるで初めて魔法を見た赤ん坊のような顔してるぞ」

「えっいや、まさか」

モンスターがいるのだから魔法があっても不思議ではない。しかし、実際に眼の前で見ると驚いてしまう。


老人は調理へと取り掛かろうとしていた。

「さあ夕飯を作ろう。と言っても簡単なものしか作れんがな」

「私は何をすれば?」

「じゃあそこの野菜を切ってもらおう」

野菜達はどれも少し色味や大きさは違うが、日本で慣れ親しんだものと似ていた。

ニンジン、キャベツ、ジャガイモのような野菜達をどんどん切っていく。

隣では老人が鍋に水を張り、火を付けようとしていた。

先ほどと同じように、コンロのような器具に向けて手をかざす。

今度は盤面が赤色に光る。

「うおっと」

「少し火が強かったかの。すまんな」


テーブルには野菜たっぷりのスープとパンにサラダが並ぶ。

「あんたの口に合うか分からんが、どうかな?」

「美味しいです。元気が湧いてきます」

「そりゃ良かった」

お互い黙々と食べ進める。美味しいのはもちろん言葉どおり元気が湧いてくる。疲れていた身体が回復していくようにも感じる。


(そういえば何で異世界で日本語が通じるんだ?この家には新聞や書籍はないみたいだし、もし文字が読めなかったら今後の支障になるんじゃないか)

そんなことを考えていたら、外から拡声器を通したこもった声が聞こえてきた。

「全住民は玄関前に出ること。繰り返す。全住民は玄関前に出ること」

老人と一緒にあわてて飛び出す。

「珍しい。防衛隊が村に来るなんて」

老人が見ている先には、軍服を着た男達がいた。

部下が住民の数や家族構成を台帳に記入しているようだ。

上官はそれを後方から見ている。


いよいよ私達の番になったとき、兵士がいきなり大声をあげる。

「おい、貴様!なぜ敬礼をしない!それにその格好は…」

周囲を見回すと住民たちは挙手の敬礼をしている。

私も見様見真似で敬礼をしようとするが手遅れだった。

「こいつを連行しろ!」

私はあっという間に拘束されてしまった。

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