第4話 後編

その後、あれよあれよという間に警察がやってきて、現場保存やら事情聴取やらを行った。

竜胆も莉央奈も、酷く取り乱していてまともな受け答えも出来なかった。

そして落ち着いた莉央奈は今、後天性心理異常症候群の研究所にいる。香純と竜胆について、第三者視点での話を聞きたいのだそうだ。

また、二人の幼馴染である莉央奈は奇病に感染している恐れもあるので、その検査もするという。

(……馬鹿げてるな)

専門の研究者が来るまで、個室で休んで良いと言われた。部屋の棚には、奇病の研究記録が多く並んでいる。

莉央奈はそれらをペラペラとめくる。

「見つけた……夢幻病」


・夢幻病

 夢幻病は発症例が少なく、情報もほとんどない。夢幻病患者は眠っている時間が多くなり、起きている時も受け答えがあやふやになる。また、別名を神愛病という。これは、夢幻病に罹った者はどんな願いでも叶えることが出来るという噂があるからである。しかし、罹患者から情報を得ることは難しく、解明には至っていない。


莉央奈はクスッと笑う。

「……正確には、二つ願いが叶う、なんだけどね」

一度は無条件に、もう一度は大切な何かと引き換えに。神は罹患者の願いを叶え、罹患者は神に魂を捧ぐ。そういう病だ。

莉央奈は記録を棚に戻して、部屋の隅に蹲った。目を瞑る。

そして深い眠りに堕ちた。


ここに来たのは二度目だ。

真っ白で、清らかで、寂しい世界。

「……こんなことになるなんて、聞いてない」

そう声を張り上げると、どこからともなく声がした。

『僕は、確かに君の願いを叶えたよ』

莉央奈は首を振る。

「こんなことになるなら、望まなかった」

『……二人が結ばれることがないよう、君は願った。君は分かっていたと思うよ』

「……一つ目の願いを取り消して。そして香純を返してよ」

そう言うと声の主はため息を吐いた。

『別に良いけど、分かってる?それは二つ目の願いだよ。僕が、君の魂をもらうことになる』

「分かってる。だから、どうか香純を返して」

『たとえ彼女を現世に戻したとしても、君は彼女と話すことはできない。……他の、誰とも』

莉央奈は顔を歪めた。今すぐ泣き出したかった。

「私は……良いの……」

傍にいられなくなっても構わないから。

「私は、あの人が幸せになれるならそれで良い‼︎」

『そう……』

声の主はしばし躊躇して、しかしはっきり言った。

『じゃあ、迎えに行ってあげなよ。その後に、君の魂をもらうから』

不意に、視界が蒼く染まった。



香純は、蒼い空間で一人佇んでいた。

竜胆に想いを伝えられたから、後悔はしていない。

(……嘘)

本当は、もっと生きていたかった。お母さんやお父さんは悲しんでいるだろうし、莉央奈とだってもっと話をしたかった。

「会いたいよ……莉央奈」

「呼んだ?」

「⁈」

独り言に反応があったので、思わず変な声を上げそうになってしまった。振り向くと、莉央奈が可笑しそうに笑っている。

「もぉ〜、そんな驚かないでよ」

「莉央奈……なんでここに?」

「ん〜?ひ・み・つ♡」

莉央奈は気障に人差し指を唇に当てた後、ギュッと抱きついてきた。

「……ただの罪滅ぼしだよ」

その囁きは小さすぎて、香純の耳には届かなかった。

「さ、帰ろう、香純」

「え……私、帰れるの?」

莉央奈はにっこり笑った。

「もちろん。そのために来たんだもん」

莉央奈は不意に跪いた。香純の手を取り、優しく口付ける。

「香純と……竜胆に、神の導きがありますように」

辺りを白い光が包む。

莉央奈が泣いているように見えて、香純は咄嗟に声を上げた。

「……待って‼︎莉央奈‼︎」

「ーー」

顔を上げた莉央奈が何と言っていたのか、香純には分からなかった。


最初に目に映ったのは知らない天井だった。

身体を起こすと、横に誰かがいるのが目に入った。

「……誰?」

隣の誰かはスヤスヤと眠っている。

しばし呆然としているとーー

「神崎莉央奈さん、お待たせしました。……あら?」

白衣を着た女性が部屋に入ってきた。

「えーと……どちら様?」

「春宮、香純、です」

そう言うと女性は目を見開いた。

「春宮香純……?」

「はい……。あの、ここはどこですか?」

女性は戸惑ったように天を仰いだ。

「……まさか、神崎さんは『夢幻病』の患者だったのかしら。それとも今発症した?友人である春宮さんを蘇生したいと強く願ったことで?しかも彼女の罪悪感を失くすために自分に関する記憶を消して?」

ブツブツと呟きながら女性は棚の本を漁り始める。

「あ、あの……」

「?あら、ごめんなさい。気になると他のものには手がつかなくなる性分なのよ」

「は、あ……」

よく分からなかったが、一つだけ強く思った。

竜胆に会いたい。

自分の、たった一人の幼馴染で、想い人。



それから数日後。

竜胆はある研究所を訪れた。

通された部屋では、華奢な少女がベッドに座っていた。

「莉央奈……」

名前を呼ぶと彼女は竜胆を見た。

「聞いたよ……。どんな魔法かは知らないけど、お前が香純を蘇生したんだって?」

「……」

「あいつ、お前のこと覚えてなかったよ」

「……」

何を言っても彼女は答えない。

「俺さ、香純と付き合うことになったよ」

莉央奈はガラス玉のように透明な瞳で竜胆を見つめていた。

「お前のお陰なんだ。なあ、お前らしく、『おめでとう』とでも言ってよ」

莉央奈は答えない。

(……ダメか……)

仕方なく、さっさと部屋を出ることにする。

無理を言って彼女に会わせてもらったのだから、長居はできない。

(自己犠牲なんて柄じゃないだろ)

「……じゃ、また来るよ」

そう言って部屋を出た。



夢を見ている。

香純が竜胆に微笑みかけて、竜胆は応えるように香純を抱きしめる。

あぁ、良かった。二人とも幸せそうだ。

夢でも幻像でもない、確かな現実だ。

どうか、その笑顔を絶やさないでいて。

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純白の羽に捧ぐ淡い夢 桜月夜宵 @Capejasmine

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