⑸
鹿沼とパソッカが意識を取り戻した。二人は着衣のまま、万治卍の湯を溜めた洗い場の湯船に浸からされていた。
雪子と従業員は板さんを逃すまいとカバディに必死で、二人に気づかない。おかげで、鹿沼とパソッカは怨念の湯の異変に気づいた。
「ワ、ワッカオッカミサン! クマが……クマが!」
「クマ?」
雪子と従業員も怨念の湯に目をやる。その隙に板さんは逃げようとしたが、雪子にみぞおちをドロップキックされた。
クマは二本足で立ち、徐々に赤く大きく、半透明に膨れていた。
「何あれ?!」
雪子達はクマの状況を見に、屋上へ走る。板さんは紐で手足を縛られ、置いていかれた。
屋上に着いた頃には、クマは雪ノ宿を見下ろせるほど巨大化していた。クマの口から、怨念の湯の一部となった細雪がはみ出している。
「雪子、逃げろ! このクマは怨念の湯と合体して、巨大怨念クマに進化した! クマはクマで、すみかを奪った僕達一族を恨んでいるみたいだ! ベアーズ・ダイビング・ボディープレスが来るぞ!」
「何すか、その全体即死攻撃みたいな技」
鹿沼のツッコミは正しかった。
クマは雪ノ宿を背に、山を駆け上がる。あっという間に頂上へ到達すると、雪ノ宿を目がけてダイブした。
「ボフーズ・ボフビング・ボフーボフフ!」
「ほぼボフで、何言ってんのか全然わかんねー!」
「全員退避ー!」
「パソッカー!」
雪ノ宿は吹雪と山に閉ざされている。
逃げる時間も、場所もなく、雪子と従業員と客は旅館ごと押しつぶされた。
❄️
怨念クマに押しつぶされた従業員と客は、呪いによって全員クマになった。
朝になり、クマ退治に来た猟友会に撃たれかけたが、「パソッカー」とパソッカが鳴いたおかげで、人間だと信じてもらえた。やがて他の者達も言葉を取り戻し、元の生活に戻っていった。
クマで、かつ事件の関係者である雪子は、好奇の目に晒されながらも、逆にそれを利用した。雪ノ宿の跡地に「熊ノ宿」を創業し、生き残った従業員達と共に、世にも珍しいクマの温泉旅館を始めたのだ。熊ノ宿は「ファンシーすぎる旅館」として人気を集め、元人間クマの客も多く訪れた。
旅館の経営が軌道に乗った頃、再び惨劇は起こった。クマの従業員と客が次々に理性を無くし、まるで本物のクマのように人間を襲ったのだ。彼らはクマとして、今度こそ猟友会に射殺された。
雪子も、義理の母である女将の首をしめ、殺害した。女将は息子と雪ノ宿を失ったショックで、寝たきりになっていた。
雪子はクマの中で唯一理性を保っており、人間として裁判を受けた。「私の腕は呪われている」「殺すつもりはなかった」「全部、怨念の湯のせいだ」と証言し、女将に口止めされていた怨念の湯の秘密を公に明かした。
当然、熊ノ宿は廃業。雪子は出所後、残った全ての財産を使い、旅館があった場所に慰霊碑を建てた。現在、彼女がどこにいるのか、誰も知らない。
❄️
恐ろしい話だったろう?
そうそう、空から鹿のアラが降ってきたら気をつけな。怨念クマが近くで食事中かもしれない。
じゃ、アタシはもう行くよ。探している温泉があるんでね。
……握手? 別れの挨拶に?
やめたほうがいい。アタシの腕は、呪われているからね。
〈了〉
クマVS怨念温泉〈雪降る宿に、鹿のアラが降る〉 緋色 刹那 @kodiacbear
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