第6話 

 二度目の休憩小屋、落ちていく月明かりに照らされながら、私たちは滑り込むようにたどり着いた。

「ゼェ……ゼェ……」

「ハァ……ハァ……」

「……追って……来ないね……フゥ」

 息も絶え絶えな二人に対して、私も息を切らしながら伝える。

「殺すの……諦めたってこと……?」

「死んだろ……さすがに……」

「フゥ~~~……それはないよ、吸血鬼は“死”の相を持ってる」

 デヴィンの推察に息を整えて否定する。


「“死”相を持ってる魔族は死なない。聖句を受けた武器でもなければね。」


「ついでに言えば、物理的な攻撃は効かないね。」

 一息ついたセナが続けた。

「たぶん、“血”の性質も強い、全部血になってすり抜けられた。聖句付きじゃないとダメージにならない。」

「……なんだよそれ……」

 少年が顔を青くした。

「聖句が無きゃ殺せないって……ふざけてんだろ。」

「だからこそ、教会が魔族退治もやってるんだよ。」

 私がそれに続く。

「それでどうする?追ってこないってことは、追う必要がないってことだよね。」

「どうにかするしかないでしょ。」

 セナがストレッチをしながら答えた。

「追う必要がないってことは目的達成間近ってこと。あいつがネズミをばらまくまで時間がない。

 ……とりあえず私、街に戻って報告してくるよ。」

「お前が行くのか?」

「私が一番速いからね」

 デヴィンの言葉にセナが返す。

「荷物置いてくから、好きに使って。」

 そう言ってセナが休憩所を出ていった。

「たぶん、あの吸血鬼はネズミをあやつる魔も持ってるはずだよね」

 呆然とするデヴィンをよそに、私は対抗策を考える。

「“病に侵したネズミをあやつる”って感じかな。そういうやつはあやつってるやつを倒しとけば大丈夫なんだけど……」

「……いける、かもしれない。」

 その策がない、と言外に語ると、不意にデヴィンが言った。

「……え?いけるの?」

「時間がかかるが……」

 私が驚いていると、錬金術師がその術を語った。

「聖句を受けた道具なら、用意できると思う。

 なぁ、海水を採って来てくれないか?」





 日の出直後、準備を終えた私とデヴィンは、再度水道を上っていた。

「私は投げても当たらないし、セナは剣振った方が効率いいらしいけど。」

 突き出した拳を戻しながら頭を下げれば、その上を石が飛んでネズミに命中する。

「全力で石でもぶん投げれば、大体の奴は死ぬ!ってセナが言ってた」

「そうかよ!」

 袋に詰まった大量の石を抱えた少年が叫ぶ。

「クッソ、なんで俺が石なんて投げてんだ。」

「あの銃もう使えないなら仕方ないよ。」

 突っ込んでくるネズミに拳を当てて殴り飛ばす。昨日よりも数が少ない。

 地上に出す分を手元の残してるのかな。

「そういえば、夜の時の爆発って使えるの?」

「無理だ!」

 私の影に隠れながら石を投げたデヴィンが言った。

「銃ってのは弓で言う弦の代わりにあの爆発で弾飛ばしてる!その爆発の材料は昨日のやつで全部使った!」

「だから銃も使えないのか」

 背中の光源では伺えない暗闇に潜むネズミと吸血鬼の臭いを探りながら言った。

「まぁあれだけいればどいつかには当たるよ!バンバン投げて!」

「おう!」

 私の言葉にデヴィンは石を投げつけて応えた。



 昨夜、吸血鬼と相対した部屋入り口。

 同じ場所に青ざめた顔の吸血鬼が立っていた。

「……増援を呼んだか」

 青ざめた男は呟いた後、すぐに頭を振る。

「いや一人は人狼だったな、むしろ一匹減ったか。

 ……大方上に知らせに行ったのだろう?して貴様らが時間稼ぎか。

 無駄だ、頭数二つで何になる?無駄死にだ」

「バレてやがる」

 デヴィンは言いながら不敵に笑った。

「でも合ってはねえな。

 俺たちは死ぬ気はねぇ、テメェの動きを抑えて、あわよくばテメェをぶっ殺しに来たんだ。」

「……なめた口を」

 吸血鬼は青筋を浮かべて叫ぶ。

「ネズミを殺した程度で粋がるなよ!」

 その声に合わせるように三匹ネズミが殺到する。

「デヴィン!」

「オラッ!」

 私の声に合わせてデヴィンが石を投げつける。

 道中で上達したのか、投げた石が一匹の頭にクリーンヒット

 それに続くように突撃、両手で一発づつ、それぞれネズミに当てて打ち落とし、吸血鬼に肉薄。

「愚かな」

 目の前に詰め寄られてなお、吸血鬼はバカを見たように笑う。

「我は“血”と“死”の相を持つヴァンパイア、相の乗らぬ攻撃なぞ効かん!

 人狼の持つ“狼”の相は、夜にしか使えぬだろう!今の貴様は人間の小娘同ぜっ!」

 演説する吸血鬼の話を聞かずに、持っていた袋を振り回して、


 吸血鬼、特に“血”の相を強く持つ個体は、その体を血液や、それで作った何かに変えることが出来る。

 それは実質的に、物理攻撃の無効化を意味している。殴られた瞬間に血液に変えれば、水を殴っているのとおんなじだ。

 この吸血鬼はそういう奴だった。だからこそあの余裕だったのだろう。


 ……けどそれは、聖句を受けていなければの話だ。


「っバカな!?」

 殴り倒された吸血鬼が慌てて立ち上がりながら叫ぶ。

「なぜ血に成れぬ!石を詰めた袋など、なんの意味もないはず……」

 後ずさる吸血鬼に離されまいと詰め寄る、持った袋を振り下ろす。

「グァ!……まさか!」

 悲鳴を上げる吸血鬼の前に再度振りかぶると、吸血鬼がその理由を悟った。

!?なぜそんなものがこの数時間で用意できたのだ!?」

「悪いな」

 吸血鬼の叫びに答えたのは教区出身の錬金術師。

「塩なんて海水からいくらでも作れるし。



 教区じゃ、聖句は一節は覚えるもんなんでね。」

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