第5話 


 裂く


 裂く


 吼える


 裂く


 吼える


 近くのネズミを爪で引き裂き、迫ってくるのネズミに恐慌咆哮プレデターロアを浴びせて足を止めさせ、その隙に叩き裂く。

 私の攻撃の隙を補うようにセナの剣が走る。

 そのまま下がって息をつく。セナの剣が攻め立てるネズミを切り裂く。

 撃ち漏らしを確実に落しながら観察。

 セナが大振りで切り飛ばした瞬間に飛び出して奥のネズミを仕留めると。あたりに静寂が訪れた。


「すっげ……」

「夜になればこんなもんだよ」

 ランタンを持ったまま感嘆をもらす少年に何でもないように言った。

「私みたいな人狼は、夜になれば傷もある程度回復するし。」

「さっきまであんなダウンしてたのに……」

 少年の疑問は尽きないようだった

「てか叫んでるのさっきのやつだろ!大丈夫なのかあれ!」

「大丈夫でしょ」

 そう言ったのは私じゃなくて、血のりを水で流したセナだった。

「さっき血吐いたのも狼のアタマじゃないと出せない音を人のアタマで無理矢理出そうとして喉潰しただけ、でしょ?」

「まぁ、そんな感じ。」

 セナの説明に補足を入れて続けた。

こっちで出すのも割と疲れるけどね。セナ、もう少し行ったら終わり?」

「うん」

 セナが答えた

「依頼された規定進度まであと少しかな。もうちょい進んだら終わり。」

「……なんか」

 私たちの背中を見て少年が言った。

「遠いな……」

「“井戸の中に住むカエルは海の大きさを知らない”」

 おそらく海の向こうの格言を言って剣士が微笑む。

「ちょっとは海を知れてよかったじゃん。私たちもまだまだだけどさ。」


「……ねえセナ」

「……なに?」

 何度目かの襲撃を捌いてからセナに聞く。

「多くない?」

「多すぎるね」

 なにが多いと言えば、ネズミの数がである。

「そうなのか?」

「少なくとも昼の時、いや夜入ってから最初に見つけた後からかな、襲われる回数が増えた。」

 2人の会話を聞きながら通路の奥に意識を向ける。

 ネズミ特有の臭いが漂ってきた。さっきよりも多い。

「また来たよ」

 2人に伝えて構える。

「さっきよりも多い。それに……」

 ネズミの奥から感じたそれが、私の毛皮を逆なでた

「なんか、居る。」



 遺跡の中にある小部屋の一つ。

 ネズミの臭いに混じった“なんか”がいるのがここだった。

「ルルカ、どう?」

 扉は残骸しか残っていない部屋の入口の傍で、セナが尋ねた。

 私は四つん這いの姿勢で地面の臭いを辿る。

「……血の臭い」

「血?負傷者がいるってこと?」

 私の言葉に、セナが聞く。

 でも違う、流血のような新鮮な血の感じじゃない。

「染みついてる感じ……服?いや違う……?」

「……はっきりしねえな」

 少し離れた場所でランタンの光を隠すデヴィン君が言う。

「でも、なんか訳ありだろ、血の匂いが染みついてるって……」

「……誰かいるな。」

 部屋の中から声が聞こえてきたのは、そんな時だった。

「「ッ!!」」

「なっ……!?」

 思わず部屋から距離を取って臨戦態勢に入る。

 セナも同様に離れて剣を構え直し、私の影に隠れる。

「どうやら見つかってしまったようだ……」

 声とともに入り口から表れたのは、長身の男だった。痩せこけたこちらを睨み付けて、周囲に巨大ネズミが集まっている。

「人狼一人と人間が二匹か……まあいい。すでに準備は整っている。


 人狼よ、じきにこの街は病に落ちる。後ろの二匹を差し出し我に忠誠を誓えば、貴様は助けてやろう。」


 その男から漂う臭いで分かった。

“血”と“病”と“死”の相を持つ魔族

「吸血鬼……!」

「いかにも。」

 私の言葉にその男……吸血鬼は肯定した。

「ネズミ共の数も集まった、今からこのネズミに私の“病”を魔にして与え街へと放つ。

“病”はネズミを介して人間に広まり、この帝都に蔓延するだろう。

 動くことも難しい病だ。帝都の崩壊は免れまい。」

「とんでもない計画を堂々と言っちゃって」

 セナが私の後ろから叫んだ。

「でもソレ、私たちに言っちゃってよかったの?」

「今ここで始末すれば問題ない。」

 吸血鬼は言い切った。

「人狼よもう一度言う、後ろの二匹を渡せ。貴様も人間に巻き込まれて死にたくはないだろう。」

「……私は、」

 そこまで行って私は


 恐慌咆哮プレデターロアを叩き込んだ


「……なんのつもりだ!」

 吸血鬼の周りを囲むネズミが逃げ出し、当の吸血鬼が怒りを露わにして叫ぶ。

人間ヒトのつもりだよ」

 私は何の事でもないように言った。

「ずっと前から決めてるんだ“私は人間の世界で生きる”って。


 ……答えはNOだ!誰も殺させないよ吸血鬼!」


「バカな獣め!」

 そう叫んだ吸血鬼がけし掛かるネズミを片腕で振り払う。

「バカでいいよ!!賢い悪魔よりよっぽどね!!」

 もう片方の腕を振って襲い掛かる

 その爪は吸血鬼の身体を貫いて抜けていった。

 そこにセナの直剣が突き出される

「よく言った!それでこそルルカだ!」

 ノリだけで言っただろうセナの連撃も吸血鬼の身体を通るばかりでダメージを受けたように見えない。

 そのセナの脇腹を噛みつこうとするネズミを殴り飛ばす

「ありがと!」

「いいから」

 律儀にお礼を返す剣士に制して吸血鬼に意識を向け直す。

 その一瞬で吸血鬼はネズミを近くに集めていた。


 ――ウォォォォン!!!――


 すぐに恐慌咆哮でネズミを黙らせる

 さっきより逃げるネズミが少ない

(だよね・・・!)

 恐慌咆哮は相手の“食われる”恐怖を引き起こす術

 だから恐怖以上の感情を持ってたり、そもそも食われる恐怖を知らなかったりすると意味がない。

 だから、食われる恐怖の無い吸血鬼には意味がないし。

“こいつがいるなら大丈夫だ”って安心が、周囲のネズミも留まらせる。

「下がれ!!」

 ネズミによる防御が崩れず攻めあぐねていると後ろから刺すような叫びが来る。

 とっさに離れると、頭の横を、何かが入った袋が飛んでいって、その後ろを火のついた松明が追っていった。


 その袋と松明が同じ場所に落ちたとき。


 視界がふさがるほどの閃光と騒音が目の前の敵を吹き飛ばした。


(なにこれ・・・!?)

「こっち!」

 突然の出来事に混乱していると、急にセナに手を引っ張られる。

 そのまま引かれるままに、その場を離れた。

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