第3話
――ウオォォォォォォン!!!――
ルルカの言葉に素早くバックステップを挟んだ瞬間、ルルカの叫びが私の身を震わせた。
魔獣のうちいくつかの種類が持つ“魔”の叫び。
自身の“相”の持つ捕食者の要素を込めた叫びは、聞いたものに“食われる”という恐怖を押し付ける。
それを直接叩きつけられた巨大ネズミが一目散に逃げていった。
「い、いまのって「一度出るよ!」
驚くデヴィン君を遮るようにしてその腕を引っ張って意識を戻す。
「ルルカ大丈夫!?」
「はっ・・・!?」
状況を理解できてないデヴィン君の言葉を
「な、なんでだよ!追撃のチャンス「ゲホッゴホッ!!カヒュ……」
ルルカの咳き込みが遮った。
「ゴホッガボッ!!」
咳き込む声に水気が混じる。私が手を取って出口へと進ませる。
「こ゛め゛……」
「大丈夫だから喋んないで!」
血の混じった声で謝ろうとしているのを抑える。
こっちだっ!とランタンを掲げるデヴィン君と合流して、来た道を走った。
地下水道、海側入り口。
遺跡を流れた水が流れ落ちるその場所に作られた休憩小屋まで、私たちは退却した。
「ハァ……ハァ……」
「ふぅ、血止まったよルルカ」
小屋の壁に備え付けられた長椅子に血を吐かせて息も絶え絶えなルルカを座らせて水を飲ませ、抑え込んだ右腕の傷の状態を知らせる。
青い顔を縦に振ったルルカの頭を私の太ももに乗せて寝かせる。いわゆる膝枕だ。
「……なぁ」
「お、どうしたデヴィン君。うらやましいの?」
「ちげぇ。……そいつ、魔族なのか?」
ドアを背にして立つデヴィン君が、私の冗談を否定して目だけでルルカを示す。
その両手には銃が握りしめられていて、いつでも構えられるようになっていた。
さっきの咆哮は肉食動物の相を持つ魔獣特有のものだ。そう思うのは当然だった。
「そうだよ、人狼」
「……(チリッ」
私の肯定に合わせてルルカが首にかかったチェーンを持ち上げた。
そこには金属の身分証明書がぶら下がっている。
「そうかよ……」
教区出身の彼は教会発行のそれを見て、少し驚いた顔で言った。
「それ、ほんとに使ってる奴いるんだな。」
「教区にはないんだ」
ルルカの腕を下ろさせて、その頭を撫でながら言った
「まあそっか、帝都の証明書だもんね。けど、教会の総本山なら話くらいは言ってると思ったけど。」
「噂程度だけどな」
言いながらデヴィン君は対面するように備え付けられた椅子に腰を下ろした。
「教区じゃあそんなもの認めてねえよ、魔族は敵だからな。」
「そうなんだ……」
頷きながら少し考える
(教区では非認可のってことは許可証の大本は帝都の教会。ルルカは毎年少なくない額の継続費を払ってる。魔族が教会の資金源にされてる感じかな)
「……けど……」
やるせなさに溜息をついていると、デヴィン君が呟くように言った。
「俺は、その魔族に助けられたんだよな……」
その言葉を、口を挟まずに聞く。
「そりゃあ、自分を守るついでだったかもだけどよ……」
少年の独白は続いた。
「でも、結果的にでも、俺らのことを守ったのは事実なんだよ。
それも、一回でそんなボロボロになるような無茶までやって……
俺なんか、その前に右腕撃ち抜いてんだぜ?
魔族のクセになんでそんなこと……」
「仲間だもん。それ以外にいらないよ。」
私の膝の方から、そんな声が聞こえてきた。
「ルルカ」
私の膝から体を起こした彼女に声を掛ける。
「もう大丈夫?」
「うん、だいぶよくなった。」
さっきよりは血色の戻った、だけどまだ本調子ではない顔で、ルルカはデヴィン君と向き合った。
「パーティを組んでるなら、それが一度限りでも、人間も魔族も関係なく仲間。
仲間なら、助けることに理由なんていらない。
……少なくとも、私はそう思ってる。」
「私たち、でしょ~」
自論を伝える友人に忘れるなとほっぺを突っつく。
ごめんごめんと苦笑する彼女とは裏腹に、少年の顔には陰りが出来始めていた。
「なんでお前らは、一緒にいられるんだ……」
絞り出すような声で、少年は否定を投げかけた。
「人間と魔族なんだろ……?全然違うだろうに……なんでつるんでいられるんだ……?」
「そりゃぁ、私のルルカは違うね。」
その見当違いな質問に返しながら、私はルルカの肩を寄せた。
きょとんとする親友の顔に笑いかけてから、デヴィン君に向き合った。
「でも、私とデヴィン君も違うよ?もちろんルルカとデヴィン君も。」
私の言葉に、デヴィン君がえっ、っと目を丸くしてこちらを見た。
「私の家が交易商でさ、海の向こうから船で来た人と取引とかもするのね。私も港についてくこととかあるのよ。」
その顔をしっかりと見つめながら、私は続けた
「世界って広いよ?取引中にイチャイチャしだすカップルとか、明らかに値段釣り上げてくる詐欺師とか。
お前の方が魔族じゃね?って言いたいくらい魔族にひどいことしてる神官とか。
教会の神様を信仰してる魔族とかね。」
私が言った言葉に、信じられないという目で返すデヴィン君。
当然と言えば当然。特に最後。
種族的、歴史的に敵対していた神を信仰しているなんて、私も聞いた時びっくりした。
「そういう人たち知ってるとさ、人間と魔族って、あんまり変わんないんじゃないかなって思っちゃうんだよね。」
自分の常識外なことが押し付けられた少年に笑いかける。
「なら、ちょっと食い意地張った人狼とつるんでても、おかしくないでしょ?」
「誰が食い意地張ってるって?」
「別にルルカのことだとは言ってないし、報酬入ったらいの一番にごはん食べに行く人が何言ってるの。」
空気を読まないツッコミを入れる人狼に正論をぶつける。言葉の銀弾に人狼はうぐ……っと押し黙った。
「ま、結局私の持論なんだけどね。」
俯いてしまった少年に投げかける。
「私はこう考えてるってだけ。デヴィン君の考えに会うかは分かんない。」
そういって、デヴィン君の様子を伺う。
俯いたままの顔は見えない、言葉も無いけど、頭の中がぐるぐると混乱しているのは分かる。
当たり前だ、『魔族は敵である。』と教えられていたところに『人間も魔族も変わらない』なんて言われたんだ。
混乱しないわけがない、するなという方が無理だ。
(私自身、ズレてるとは感じてるしね。)
「……ねぇ、ちょっといい?」
そんな静寂の中で、ルルカが話し出した。
「動く的狙うの今日が初めて?」
ちょっと空気読んで欲しかった。
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