からあげ問題ベリーハード
吟野慶隆
からあげ問題ベリーハード
唐揚げがたくさん盛りつけられた大きな器がテーブルに置かれた。
「おい」
器を眺めていると声をかけられた。明らかな怒気の含まれた声だった。反応したくない衝動に駆られたが、そのような態度をとれば間違いなく怒鳴りつけられるため、しぶしぶ視線を上げた。もちろん、しぶしぶという感情はおくびにも出さなかった。
四角いテーブルの向かい側には大学の卓球サークルの先輩──
「早くしろよ」
「……」樽太は真顔のまま硬直して考えを巡らせ始めた。(何だ、何をすればいいんだ?)疑問の表情を浮かべたかったが、そんなことをすればさらに機嫌を損ねることは確実だった。
しかしけっきょくするべきことがわからなかった。いつまでも思案に暮れているわけにもいかず、心の中で溜め息を吐きつつ聞いた。「すみません、何をですか?」
鏃山の目はみるみる釣り上がっていった。「唐揚げが運ばれてきたんだぞ、後輩なら気を利かせて先輩の好みの調味料をかけてやるもんだろうがよ!」唾を撒き散らしつつ怒鳴り、手を横に振った。その掌は樽太の頬に命中した。
「ぐうっ……」
頬がひりひりと痺れ、鼻がつーんと痛んだ。テーブルに載せた右手が雫を受け止めたので、視線を向ける。血だった。左手を鼻の下に遣ると、同じく血で濡れた。
さすがに顔をしかめた。(どやされるだけで済んだならあれをやるつもりはなかったんだが、鼻血はちょっとな……手当てが面倒だ。よし、やろう。『★※▽$◎』)
その五文字の呪文を心の中で唱えた途端、樽太の意識を除くすべてが一瞬にして数分前に巻き戻った。血は戻り鼻は癒え、唐揚げの器はキッチンに戻り、鏃山の機嫌も直った。
鏃山はジョッキをテーブルの上に置くと喋り始めた。「──というわけで、近所のスーパーでいろいろ買ったんだ。例えば……体温計とかな。
そうそう、体温計といえば、うちのサークルの部員たちは軟弱者だらけだよなあ。流行りの風邪にかかるだなんて。そのせいで今日はお前一人しか飲みに誘えなかったよ。さすがに風邪を引いているやつとは飲みたくねえもんな」
(先輩との酒盛りに呼ばれなくなるなら、体調を崩すのも悪いことではないかもな。おれだって本当は自宅で明後日の小テストの勉強をしたかったのに。数学が苦手だから。……理工学部生だけど)
その時、通路の奥から女性店員がやってくるのが見えた。地味なデザインのブラウスとズボンの上から制服のエプロンを羽織っている。唐揚げの器の載った盆を持っていた。
(今度はさっさと先輩の好みの調味料をかけないと。しかし、いったいどれなんだ? おれは最近サークルに入ったばかりで、知らないんだが。まあ、そう説明したところで「事前にリサーチしておけよ!」と怒鳴られてビンタされるだけだな。まったくもう、こんな飲み会は早く終わってくれればいいのに)
壁の時計に視線を遣った。午後八時五分を示していた。
店員がテーブルに器を置いた。
(とりあえず、いろいろ試してみるか。失敗したらいつものように呪文を唱えて時間を巻き戻せばいいし。まずは……レモンから)
樽太は器の隅に添えられているレモンを手にした。唐揚げの上にかざして絞り、汁をかけた。
鏃山の額に、ぴきぴきっ、と太い血管が浮き出た。「レモンなんかかけやがって! ふざけんじゃねえぞ!」
そう怒鳴り、調味料ケースから唐辛子粉の容器を取った。何をする気だと思う暇もなく、投げてきた。
回避は間に合わず、容器は樽太の鼻に命中した。「うがっ!」という声が漏れた。
次の瞬間、容器の蓋が外れ、唐辛子粉が、ぼさあっ、と盛大に拡散した。粉は目の表面を塗り潰し、鼻の穴や口の中に飛び込んできた。
「がっがはっ!? ぎゃほっげはっごはっ!」
顔じゅうが激痛に見舞われた。手で目や鼻を何度も擦ったが、苦痛はまったく和らがなかった。唾液や唐辛子粉を撒き散らして咳き込み続けるせいで、呼吸もろくにできなかった。
なんとか心の中で呪文を唱えた。(『★※▽$◎』……!)
時間が数分前に巻き戻った。鏃山はジョッキをテーブルの上に置くと喋り始めた。「──というわけで、近所のスーパーでいろいろ買ったんだ。例えば……中古のゲームソフトとかな」
(やれやれ、酷い経験をした)頭を左右に振りたくなったが、慌てて我慢した。(今度こそ先輩の好みの調味料をかけないと)
「ゲームといえば、最近よくゲーセンに行っているんだよ。『フェイスブロー・ファイターズ』にはまっていてな。たしかお前、高校生の頃にフェイスブロー・ファイターズをしょっちゅうプレイしていたって話していたよな? 帰りに駅前のゲーセンに寄ろうぜ、おれと対戦しろよ」
接待プレイが必要なことは明らかだが、今断って機嫌を損ねるよりましだ。「わかりました」
「あ、でも今は百円玉の持ち合わせがないんだよな」
「向こうに両替機があると思いますけど」
「たぶん千円札しか使えないだろ? 万札と五千円札しかないんだよなあ。……そうだ南判、両替させろよ。五千円札を千円札五枚に替えろ」
(珍しいな、まだまともな提案だ)いつもなら「千円札を寄越せ」とでも言いかねない。「わかりました」
樽太はズボンのポケットから財布を取った。しかし手が滑り、床に落としてしまった。小銭入れ部分の蓋が開いたらしく、貨幣が転がる音が聞こえてきた。
椅子を引き、腰を曲げる。さいわい飛び出した小銭は五百円玉が一枚だけで、テーブルの脚の近くに置かれている電源タップにぶつかって止まっていた。それと財布を拾い、腰を伸ばして椅子を元の位置に戻した。
鏃山に千円札五枚を渡し、代わりに五千円札を貰い受けた。その時、通路の奥から女性店員がやってくるのを目にした。店員は唐揚げの器の載った盆を持っていた。
(……ん?)思わず店員を凝視した。(どこかで見かけたような……)
そう心の中で呟いたが、三角巾と眼鏡とマスクで顔が覆われ、濃い化粧をしているせいか、思い出すことはなかった。最終的に気のせいだと結論づけ、視線を逸らして調味料ケースに遣った。
(今回は……ポン酢でもかけてみようか)
店員はテーブルに器を置いた。樽太はポン酢の容器を取り、中身を唐揚げにかけようとした。
手が滑った。容器は唐揚げの上を跳ね転がって器から飛び出し、鏃山の前に落ちた。
蓋が外れた。ポン酢がどばどばと流れ出し、鏃山のシャツを茶色に染めた。
樽太が謝罪したり弁解したりする暇もなく鏃山は激昂した。「てめえ、喧嘩売ってんのか!」
そう怒鳴ると拳を握った右手を引き、突き出してきた。拳は樽太の鼻に命中し、べきっ、という音が鳴った。
「ごはあっ!」
顔じゅうに鈍痛が響き渡った。気が遠くなりそうな感覚があったが、数秒後には強制的に意識をはっきりさせられた。後頭部と背中に衝撃を受けたからだ。殴られた勢いで椅子ごとひっくり返っていた。
「いでで……」
座面から尻を浮かして横に転がり、腹這いになった。床には顔から流れ出た血が溜まっていた。鼻に触れたところ、潰れて平たくなりぶよぶよとしていた。口からは唾液も垂れ流しになっていて、近くに歯が二つ落ちていた。
心の中で呪文を唱えた。(『★※▽$◎』……!)
時間が数分前に巻き戻った。鏃山はジョッキをテーブルの上に置くと喋り始めた。「──というわけで、近所のスーパーでいろいろ買ったんだ。例えば……焼酎とかな」
(まさか殴られるとは……)顔の怪我は綺麗さっぱり治っていた。(どうしよう、今回もポン酢を選ぼうか? いやでも、さっきポン酢を唐揚げにかけようとした時、先輩の機嫌はよさそうには見えなかったな。好みではない可能性が高い、別の調味料にしよう)
「そうだ、今度『霹靂酒場』で飲もうぜ。兄貴が話していたんだ、珍しいブランドの焼酎を仕入れたってな」
危うく眉間を険しくするところだった。(行きたくないなあ、ほとんどぼったくりバーの手口と同じだもの。後輩を強引に店に連れてきて、高価で不味い酒をむりやり頼ませてさあ。たぶん後で店主の兄から分け前を貰っているんだろうな)
「あと、新しいメニューを作ったって喋っていたな。東南アジアの国の希少な海老を使ったエビフライだとか。あれも注文しようぜ」
「いや無理です、おれは海老アレルギーなんで」首を激しく横に振った。「いくら先輩の言うことでもこればかりは聞けません、食べたらくたばってしまいます」
「そうか。じゃあやめておこう」鏃山はあっさり引き下がった。慮ったというよりは死なせて警察沙汰になるのは厄介だと思ったのだろう。
樽太はジョッキを持ち上げ、ビールを一口だけ飲んだ。その時、通路の奥から女性店員がやってくるのが見えた。店員は唐揚げの器の載った盆を抱えていた。
(今回は……塩を振ってみようか)
店員はテーブルに器を置いた。樽太は塩の容器を取り、中身を唐揚げに振りかけようとした。
手が滑った。落ちた容器はジョッキの縁に当たると内側に向かって跳ね返り、その拍子に蓋が外れた。
ビールに沈んだ容器は大量の白い泡に包まれた。泡は速やかに上昇して液面を覆い、ジョッキの縁を乗り越えて溢れ出し始めた。
「ちょっ、わっ……!?」
樽太は慌ててジョッキを手元に引き寄せた。〇・五秒後、側面を下りてきた泡が手やテーブル、右脚をびちゃびちゃと濡らしだした。
(よし、なんとか先輩の服は汚さずに済んだ。おれのほうは汚れてしまったが、先輩の機嫌を損ねるよりましだ)
顔を下に向け、静かに安堵の息を吐いた。ズボンの右脚部分や靴下、靴はぐちょぐちょに濡れていた。床に溜まった泡には近くに置かれている電源タップが浸かっていた。
(まっ、まず──)
胸の内での台詞は途中で打ち切られた。右脚および全身が、ばちばちばち、と絶え間ない激痛に襲われ始めたからだ。感電しているに違いなかった。
(あがががが──)
樽太は電源タップを遠くに蹴飛ばそうとした。しかし、電気ショックのせいで脚の筋肉が硬直してできなかった。ジョッキからはもう泡は溢れてはいなかったが、すでにズボンはじゅうぶん濡れていて電流を通し続けていた。
強烈な痛みに見舞われながらもなんとか心の中で呪文を唱えた。(『★※▽$◎』──)
時間が数分前に巻き戻った。鏃山はジョッキをテーブルの上に置くと喋りだした。「──というわけで、近所のスーパーでいろいろ買ったんだ。例えば……恐竜チョコとかな」
(よもや電気ショックを食らうなんて……)大きな溜め息を漏らしそうになり、慌てて口をつぐんだ。さきほどまでの苦痛は嘘のように消え失せていた。(もうあんな思いはご免だ)
「そういえば一昨日、市立博物館の横の広場でナンパしようとしたんだけれど、ぜんぜん駄目でさあ。最近はセックスの相手が見知ったやつばかりで飽きてきたから、新しい女をゲットしたかったんだが。
そうだ南判、お前には彼女がいるだろ? 同じ応用化学科に所属しているっていう。ちょっと味見させろよ」
「いましたけど」樽太は
「別れた? なんでだよ? 一度だけ見かけたことがあったが、ルックスはけっこうよかっただろう? 成績だってかなり優秀だそうじゃないか」
「よさを打ち消すほどに難のある性格でしてね。全体的に陰気な雰囲気で、嫌な経験をしたらいつまでもうじうじと愚痴を零したり、ちょっといらいらすることがあったらこっちが引くくらい過激なことを口にしたり。おれに未練があって、よりを戻そうとして付きまとってきますし。まあ、一か月ほど前にきつく言ってやったおかげで最近は姿を目にしていませんが」
その時、通路の奥から女性店員がやってくるのが見えた。店員は唐揚げの器の載った盆を持っていた。
(ああもう、これ以上酷い目に遭うのはたくさんだ!)上下の歯を強く噛み合わせた。(こうなったら仕方がない、先輩に直接好みの調味料を聞こう。ひたすら謙れば罵詈雑言を浴びせられるだけで済むだろう。暴力を振るわれはしないはずだ)
言い出しにくかったが言い出さないわけにもいかず、樽太は言い出した。「あの、先輩。先輩が唐揚げにかけるのが好きな調味料って何でしたっけ?」
鏃山は眉間に皺を寄せた。「ああん?」まぶたが上がり口が半分ほど開いた。
「あーっとちょっと待、おっ、奢りますから!」泡を食って喚いた。「ここのお代、全部おれが払いますから! 罰金代わりというか、だからその、教えてくださいよお願いしますよ」テーブルに手をつき、頭を下げた。
「わかった、わかったよ。そこまでしてくれるなら許してやらあ」
思わず頭を上げそうになった。慌てて首に力を込め、現在の姿勢を維持した。案の定、鏃山が「頭を上げろよ」と口にしたのでそれから上げた。鏃山の顔の険しさはだいぶ和らいでいて、わずかとはいえ満足気な雰囲気さえ漂っていた。
「ウスターソースだよ。おれは唐揚げにはウスターソースをかけるのが好きなんだ。他の調味料をかけてみろ、ぶち殺すからな」
店員はテーブルに器を置いた。樽太は調味料ケースからウスターソースの容器を選び、中身を唐揚げにかけた。
鏃山がいくつかの唐揚げを小皿に取り分けた。そのうちの一つを口に運び、咀嚼して飲み込んだ。「にしてもどうすっかなあ、セックスする女の調達。別の後輩にでも──」
(よかった、機嫌を損ねずに済んだ)思わず安堵の溜め息が漏れた。睨まれたため慌てたが、さいわいそれ以上のことはされなかった。(これでもう呪文を唱える必要はないかな)
樽太は鏃山の話を聞き流しながら唐揚げを二つ小皿に取り分けた。片方を口に含み、噛み始める。
唐突に呼吸が苦しくなった。(……?)吸う動作や吐く動作をしたが、息苦しさは治まるどころかどんどん酷くなっていった。(……!?)背筋を伸ばして胸を摩ったが、それでもまったく和らがなかった。
(な、何だ……!?)
座り続けることすら耐えがたく感じられた。半ば転げ落ちるようにして椅子から離れ、通路の汚い床に寝そべった。鏃山や近くの客たち、店員たちが呆気にとられた顔で見つめてきた。
腹這いでは呼吸しづらく、体を横に捻って仰向けになった。その時、自分の手が視界に入った。肌が真っ赤に腫れ上がり、破裂しそうなくらい膨張していた。
(この症状には覚えがあるぞ……アナフィラキシーショックだ……! さては唐揚げに海老の成分が……でもメニューのアレルギー物質の表示では海老は含まれていないと……いったいなぜ──)
頭の後ろに店員が立っていることに気づいた。唐揚げの器を運んできた人物だ。今は三角巾も眼鏡もマスクも外していて、化粧も崩れていた。
店員は玖璃子だった。
(お、お前の仕業か……! 唐揚げに海老粉をまぶしやがったな……)
玖璃子は低い声で語った。「あなたが悪いのよ、わたしの想いに応えないから」真っ黒に塗り潰された瞳で見つめてきていた。「でも安心してちょうだい、後でわたしも死ぬから。天国で一緒に暮らしましょう?」
(願い下げだ……!)猛烈な苦痛に見舞われながらも、なんとか心の中で呪文を唱えた。(『★※▽$◎』……!)
時間が数分前に巻き戻った。鏃山はジョッキをテーブルの上に置くと喋り始めた。「──というわけで、近所のスーパーでいろいろ買ったんだ。例えば……バクダンおにぎりとかな」
(もう唐揚げにかける調味料がどうこう言っている場合じゃない)樽太は鏃山の話を遮って「先輩」と喋った。「出ましょう、この店」
鏃山は激怒するより先に困惑した。「……何でだよ?」
適当な理由を考える余裕もなかった。「と、とにかく出ましょうよ」と口にする。「ここのお代、全部おれが持ちますから。そうだ、別の飲み屋に行きましょう。霹靂酒場でもいいですよ、そこのお代もおれがすべて払います。だから、ね、出ましょうよ」
鏃山は最初のうちは怪訝な顔をしていたが、懇願を聞いて上機嫌な顔になった。「仕方ねえな、わかったよ」
樽太は伝票を掴んで腰を上げた。通路の奥に視線を遣ると、店員の姿をした玖璃子が唐揚げの器を運んでこようとしているところだった。
(ふう、なんとか食わずに済んだ)
席を離れてレジに向かった。通路の突き当たり、玄関扉の設けられている壁はガラス張りで、外の様子が窺えた。車道をダンプトラックが、歩道をジョギング中の男性が通り過ぎていった。
レジに着くと伝票を提出した。ズボンのポケットから財布を取る。
後ろから玖璃子の声が聞こえてきた。「樽太!」
反射的に振り返った。通路に仁王立ちする玖璃子はエプロンのポケットに手を突っ込み、直方体の形をした粘土の塊のような物を引っ張り出した。
(……!?)樽太は口をあんぐりと開けた。(あの塊は大学の応用化学の講義で見たことがあるぞ、プラスチック爆薬だ!)
玖璃子が左手に持つ爆薬の塊にはカプセル型の信管が埋め込まれていた。信管からはコードが伸び、右手のスイッチに繋がっていた。
「あなたが悪いのよ、わたしの想いに応えないから。天国で一緒に暮らしましょう?」
待ってくれ、と言おうとして唇を動かした。しかし言葉を発するより前にスイッチは押された。
視界が無色になった。全身が強大な衝撃に襲われ、何も聞こえなくなった。体が派手に吹っ飛び、めちゃくちゃになる感覚があった。心の中で呪文を唱える余裕もなく、しばらくの間、ひたすら苦しみと痛みを受け止めていた。
(……うう……)
どれほどの時間が経ったかは不明だが、とにかく樽太は我を取り戻した。右半身を下にして寝転がっている。店は大破し、上には夜空が広がっていた。顔を下に向けたところ、左腕は手首から先が、両脚は膝から先が、右腕は肩から先が失われていた。腹は大きく裂けていて、何らかの臓器がぼろんとはみ出していた。
全身が絶えることのない激痛に苛まれていて、意識が遠ざかりかけた。慌てて呼び戻し、心の中で呪文を唱えた。(『★※▽$◎』)
時間が数分前に巻き戻った。鏃山はジョッキをテーブルに置くと喋り始めた。「──というわけで、近所の──」
なりふり構っていられなかった。樽太は立ち上がると通路に出て、玄関に向かって全力疾走した。鏃山の「おい!?」という声や男性店員の「お客さま!?」という声が後ろから聞こえてきたが、すべて無視した。レジの前を通り過ぎ、ドアを開けて外に飛び出した。
脚がもつれて転倒した。ヘッドスライディングのような姿勢になり、首から上が歩道の縁石からはみ出した。
走ってきたダンプトラックが樽太の頭を轢き潰した。
〈了〉
からあげ問題ベリーハード 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t
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