第6話 魔法の実験

――当分の間はマリアの元で魔法の使い方を学ぶ事にしたナオは、まずは魔法の実験のためにマリアと共に森の中に赴く。



「し、師匠……大丈夫なんですか?もしも魔物が襲ってきたら……」

「大丈夫よ。この森で私に襲い掛かるような恐れ知らずな魔物はいないわ。それと師匠は止めなさい……そうね、これからは先生と呼びなさい」

「はあ……分かりました先生」

「……悪くないわね」



先生と呼ばれたマリアは満更でもない表情を浮かべ、村人からは森の魔女と恐れられている彼女だが、実際に話してみると気さくで良い人なのではないかとナオは思う。



「先生はこの森にずっといるんですか?」

「いいえ、私がこの森に移り住んだのは二百年ぐらい前よ」

「に、二百年!?」

「……一応は言っておくけど、エルフの基準だと私なんて若造よ」



エルフが長命な種族というのは本当の話だったらしく、マリアは森に暮らしてから二百年近くも暮らしているとしってナオは驚く。こんな森の中に二百年も一人だけで暮らしていて寂しくないのかと思う。



「先生はずっと一人で暮らしてるんですか?寂しくはないんですか?」

「別に寂しいと感じた事はないわ。それにずっと森の中にいるわけじゃないのよ、用事があれば外に出向く事もあるし、数年おきに同胞が訪れる事もあるわ。手紙でやり取りもしているし、一人で気ままに暮らせるから楽しいわよ」

「そうなんですか……」



マリアの話を聞いてナオは自分ならばたった一人で何百年も暮らすなど耐えられないと思ったが、マリアは別に一人でいる事に苦は感じず、むしろ他人に気を使う必要がない生活に満足しているらしい。


森の中を一緒に歩いている内にナオは違和感を抱く。自分一人で歩いていた時は森のあちこちから動物や魔物と思われる鳴き声が聞こえたのだが、マリアと共に歩いていると物静かで生き物の気配も感じない。もしかしたらマリアが魔法の力で魔物や動物を追い払っているのかと不思議に思う。



「鳴き声が全く聞こえない……もしかして先生が何かしたんですか?」

「別に私は何もしていないわよ。あっちが勝手に怯えて姿を現さないだけよ」

「怯えて……?」

「非力な人間と違って野生動物は魔物は危機管理能力に優れているの。もしも私に手を出せばどうなるか……それを理解しているから姿を現さないのよ」



ナオに振り返りながらマリアは笑みを浮かべるが、そんな彼女の言葉を聞いて背筋がぞっとした。忘れていたがマリアはゴブリンを一瞬でバラバラにする程の魔法の使い手であり、先ほどもナオは彼女の魔法の餌食になりかけた事を思い出す。



(この人だけは怒らせないでおこう……)



マリアが傍に居る間は森の魔物に襲われることはないのは喜ぶべき事だが、もしも彼女の機嫌を損ねればどうなるか分からず、ナオを心の中で絶対に怒らせない様に心掛ける。


しばらくの間は歩き続けると、大きな滝が流れる場所に辿り着く。マリアは滝の上から激しく流れ落ちる水を見てナオに声をかけた。



「ここがいいわね。貴方の魔法の防御力と耐久力と持続時間を確認できるわ」

「え?どういう意味ですか?」

「今から滝浴びをするのよ。勿論、魔法を維持した状態のままでね」

「ええっ!?」



マリアの言葉にナオは呆気に取られるが、彼女はステータスの魔法を見極めるために連れてきた事を告げる。



「恐らくは貴方の魔法は防御魔法の一種よ。私の魔法攻撃に耐えられる辺り、魔法防御力は凄まじく高いのは確かね。だけど、魔法の力ではない物理攻撃に対して耐えられるのか調べておく必要があるわ。あの滝の下で魔法を発動して水を防ぎなさい」

「別に確かめるだけなら他に方法があるんじゃ……」

「つべこべ言わずにやりなさい。師匠の言う事は絶対よ」

「お、横暴だ!?」



背中を押されてナオは滝に追い込まれ、ここで逆らえばマリアの機嫌を損ねてしまい、仕方ないので服が濡れるのを我慢して向かう。



「うひぃっ!?こ、ここの滝の水、冷たすぎません!?」

「十分も浴び続ければ凍死するかもしれないわね。それが嫌なら魔法で防ぎなさい」

「ううっ……ス、ステータス!!」



右手を頭上に掲げた状態でナオは魔法を発動させると、ステータス画面が上空に展開され、降り注ぐ滝の水を防ぐ。これによってナオのステータス画面は魔法を防ぐだけではなく、物理的に押し寄せる物体も防ぐ事が証明された。


ステータス画面に表示される文字は先ほどと変わらず、縦横一メートル程度の四角い画面が展開される。魔法を発動させる際はナオは右手を構える必要があり、滝を防ぐためには常に右手を構えなければならない。



「どうかしら?右腕が重たく感じたりはしないの?」

「へ、平気です!!別に何も感じません!!」

「そう……普通の防御魔法なら圧迫されたら肉体にも負担がかかるのだけど」



防御魔法とは魔力を利用して「結界」を構成し、自分の身を守る魔法である。各属性の魔力の使い手によって防御魔法の性質は異なり、風属性を得意とするマリアの場合は渦巻状の風の塊を作り出して敵の攻撃を防げる。


しかし、ナオの生み出すステータス画面は他の人間からは視認できず、他者から見れば不可視の障壁を形成しているようにしか見えない。目視できない防御魔法など聞いたこともなく、マリアは興味が尽きない。



「魔法の位置を変える事はできるのかしら?」

「えっと……あ、ちょっとずつ動かせるみたいです!!そんなに早くはないですけど……」



滝から戻ってきたナオが念じるとステータス画面は徐々に離れ始めるが、一定の距離を移動するとそれ以上に離す事はできなかった。



「あんまり遠くに移動させる事は無理みたいですけど……」

「それは面白いわね。普通の防御魔法なら自分の手元から離れる事はできないはずなのに……今度は魔法の数を増やせるのか試しましょう」

「増やす?そんな事ができるんですか?」

「とりあえずは呪文をもう一度唱えて見なさい」



マリアの言う通りにナオは呪文を唱えると、最初に展開されていたステータス画面が消え去り、その代わりにナオの右手から再び画面が出現した。



「えっと、多分一つしか展開できないみたいです。それと掌の翳した方向にしか生み出せないみたいで……」

「それは残念ね。なら、次は形を変える事はできるかしら?例えば丸や三角に変形させるとか……」

「う〜ん……無理っぽいです。あ、でも大きさは変えられるみたいです」



ステータス画面の形状を変化しようとするが、どうやら形は「四角形」に固定されており、その代わりに規模をある程度は自由に変えられる事が判明した。縮小化させれば掌に収まる程に小さくできるし、逆に拡張化すれば通常時の倍近くの大きさにする事もできた。



「流石は古代魔法ね。こんな面白い魔法を作れるなんて異界人も大したものね」

「はあっ、はあっ……あの、まだやるんですか?流石に疲れてきたんですけど……」

「そうね、今日の所は帰りましょうか」



何度も魔法の実験に付き合わされたせいでナオは精神的にも肉体的にも疲労が限界を迎え、今日の所は家に引き返す事にした――

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