第1話 初めての戦い
目を開けるとそこは異世界だった。
幾重にも重なり続く緑の丘、どこまでも広がるような青空。草の匂い。清々しい風。夢のように美しい草原が広がっていた。
カイは黒髪の青い瞳を持つ端正な顔立ちの青年へと転生していた。
自分の体を確かめてみる。以前より若く、そして力強い印象を受けた。まだ若干線は細いがいい体格をしている。服もこちらの服と思われる簡易なズボンと上着を着ていた。武器はなく、丸腰だった。
深呼吸をし、体の内からくる開放感を堪能した。塀の外は久しぶりだ。風が気持ちいい。気分がいい。なんでもできそうな気がする――
さて、気になることを確かめるか。
「ステータス」
そう声に出すと、目の前にゲームのようなステータス画面が現れた。そう言えばステータス画面が現れることがなぜか最初からわかった。きっと神がそのことを俺の記憶に埋め込んでいたのだろう。
名前:カイ
性別:男
年齢:22歳
職業:なし
称号:なし
スキル:武芸の才能 引きつける
年齢は22歳か……10歳以上若返っているな。どうりで体が軽いわけだ。それで現在無職で、称号? スキルは……武芸の才能はいいんじゃないか。戦闘で使えそうだ。引きつける? なんだこれ。
カイが自分のステータスを見ていると声が聞こえた。
「助けてくれ!」
カイが声の方を向くと。ステータス画面はふっと消えた。
遠方から男がこちらに向かって走ってくるのが見える。その男を追ってもう1人、片手に剣を持った男が走ってくる。
「待て!! ぶっ殺しちまうぞ!」
剣を持った男は目が血走り、話が通じる相手には見えなかった。歯の抜けた口を大きく開けて、前の男を罵り続けている。
逃げる男はたっぷりとした髭を蓄え、金の腕輪をしており、身なりもよく見えた。
「頼む! 助け――」
逃げていた男が石に足をとられて、転ぶ。剣を持った男が追いつき、覆いかぶさる。
「テメェ、逃げるなって言ったよな!? 俺言ったよな!?」
「やめっ、やめてくれ、頼む――――ああ!!」
抵抗する男の体に剣が突き立てられる。剣は男のちょうど心臓がある位置を貫く。
逃げていた男の表情が恐怖から絶望へと変わった。
「がふっ」
男は血を吐き出す。抵抗していた手から力が抜けてゆき、瞳の色が失われてゆく。目の前で男が死んでゆく。カイはその様子から目が離せなかった。
男の体から剣が引き抜かれる。鮮血がパッとあたりに散った。美しい赤色だった。その一滴一滴まで鮮明に見えるようだった。
カイは興奮していた。人の生と死がそのままそこにあった。まるで聖書の一場面のように象徴的な場面に思えた。人が持つ残虐性がただ自然に、そこにあった。
死が隣にある世界。ここはそういう世界なのだ。生き残るために人が人を殺す、原始的で野蛮な世界。カイは自分の内から来る昂りを強く感じていた。
死にゆく男の蒼白な顔と真っ赤な鮮血が強いコントラストを描いていた。それをただただ美しいと感じる自分が居た。
「あーあ。殺っちまった……まぁしょうがねぇ。こいつが悪いんだ」
剣を持った男がこちらを見る。
「お前なんだ? ここらの人間には見えねぇな」
男はカイの身なりを見ていた。目の前の人間の価値を品定めするように。
カイは走り出す。男が立ち上がる前に距離を詰めなければいけない。男はまだ、男に覆いかぶさった姿勢のままだ。奴が立ち上がってしまえば、丸腰の俺は不利になる。
カイは現在の自分の状況を瞬時に理解し、そして行動を起こしていた。カイは男との距離を飛ぶように縮め、その速度のまま男の側頭部蹴り飛ばす。
「ほごっ」
男は呻き、そのまま横倒しになる。さらに剣を握っている拳を踏みつける。
「ぎゃあ!!」
男の指の骨が砕ける。そして剣を蹴り飛ばし、男から武器を奪う。カイは悠々と剣を拾い上げる。男は砕けた手をかばいながら立ち上がる。
「ぐそっ、お前、殺して――」
横なぎの一線。男の頸動脈からパッと血が飛び散る。男の首の前半分がぱっくりと裂け、血が溢れ出す。言葉の代わりにヒューヒューという空気が抜ける音が聞こえた。男はそのまま前のめりに倒れ込む。
カイは心臓の高鳴りを感じた。
この感覚だ。これが生きている実感だ。死はそれをダイレクトに教えてくれる。スリルと興奮が俺に生を教えてくれる。
だが、まだ足りない――
男たちが走ってきた方向を見ると、牧草地に放し飼いにされている羊の群れと、家が5軒ほど見えた。村の外の畑へ逃げ惑う住民を盗賊と思しき奴らが襲っている。
カイは走りだす。戦場へ向けて、ただ本能のままに。
小さな村だった。自由農民と小作人が寄り合い、牧畜と麦作を主とした自然と共に生きる美しい日々を送っていた。しかしそれも過去のことだ。今では盗賊たちに襲われ、美しい生活は血と悪意に染め上げられていた。農夫は殺され、女は犯され、そして殺され、子供は逃げ惑う獲物を狩るゲームのように殺された。
盗賊の1人が目の前の農夫に止めを刺すと、何かに気づいた。向こうの草原から、何者かが走ってくる。武器を持っている。自分たちと同じショートソードを。
「おい! あいつこっちに向かってくるぞ! 武器を持ってやがる」
仲間に声をかける。仲間はジョゴイモ畑の真ん中で女に腰を振っていたが、ことを中断しそちらを見る。黒髪の男が向かってくる。男は笑っていた。恐怖を感じる笑みだった。そして手には剣が握られている。
「あいつ、やる気だ」
盗賊は呟いた。見る間に黒髪の男との距離は縮まってゆく。腰を振っていた男は女を押しやると、ズボンを上げた。黒髪の男の剣が振り下ろされる。相手の剣が自分の顔に届く寸前で剣を構え、なんとかその一撃を弾いた。女が悲鳴をあげ、逃げてゆく。
カイは弾かれた剣から伝わる振動を手に感じていた。初めて感じる感触だった。鉄と鉄がぶつかり合う感触。――これが戦い。いい、感触だ。
カイはさらに2撃、3撃と重ねる。相手はそれを防ぐ。ギィン、ギィンと鈍く鋭い音が響いた。相手が返す力で突きをくりだす。カイは自然に自分の剣で相手の突きの軌道をずらしつつ、半身になってそれを避ける。さっと身を退き、相手と距離を作る。
「テメェ、一体何者だ!?」
カイはしばらくただ剣を眺めていた。これが、この剣が俺に生きる実感を与えてくれる。戦いを俺に教えてくれる。いや、戦いが俺を教えてくれる。
そして思い出したように目の前の男を見た。
「さぁ? それをお前が教えてくれ」
「ああ? テメェ、イかれてんのか」
カイは目の前の男に注意を払いながら冷静に考える。思った以上に体が動く。これまで剣を握ったこともなかったが十分に戦える。これがスキル(武芸の才能)の力か。だが、状況はいいとは言えない。相手は2人いる。さっきの男と違って粗末だが防具も着けている。目の前の男は胸甲を、もう1人の男は手甲を身にまとっている。
カイの側面からもう1人の男が剣を振り上げ駆け寄ってくる。目の前の男もそれに合わせて攻撃するつもりのようだ。
さすがに一度に2人はまずいな。カイはさらに後退して、手立てを考える。――もう1つのスキルを使ってみるか。
側面から迫り寄る男に左手を向け、スキル(引きつける)を使う。走っていた男がグイッと前に引っ張られ、体勢を崩して盛大に転んだ。男は何が起こったかわからず困惑していた。
「くそっ、一体何が」
「何やってんだ!」仲間の盗賊が叫んだ。
カイは起き上がろうとする男に駆け寄り背中を踏みつける。そして背骨と肋骨を避けるように、心臓を突き刺す。皮膚を貫く際に若干の抵抗を感じたが、それを過ぎると一気に刃が通った。
男が呻き、絶命する。男の服が赤く染まっていった。
「畜生、やりやがったこの野郎……」
カイは剣を引き抜き、声の方を見る。青い瞳が男を捉える。
スキル(引きつける)はその名の通り、相手をこちらに引きつける能力のようだ。現状は強めに引っ張った程度の力で、相手を体ごと浮かしてこちらに引きつけるような力はない。まぁ使い方次第だな。
カイはゆっくりと剣を構える。男は覚悟を決めたようにカイを見つめた。だが遅い、とカイは思う。さっき俺がこの男を仕留めている時に攻撃をしてきていたら、俺を殺すチャンスがあったのに。
カイは構えを下げ、不用心に男へと歩み寄る。まるで散歩でもするように。男は警戒し、カイとの距離を保つように数歩下がった。カイはふと村の方を見る。ここから村まではまだ少し距離がある。村の詳細はまだわからない。
「お前らの仲間はあと何人いる?」
男は黙っていた。警戒したまま、カイの一挙手一投足を逃さぬように。
「教えてくれよ。お前が死んだら、聞けないだろ?」
男の目に怒りが生じる。
カイはわざと男を謗る。言葉遊びを楽しむように。意味はなかった。ただ、男の平静を乱すのが面白かった。
「情けない野郎だな。仲間を見殺しにして、今度はビビって口もきけないのか? 殺す価値もねぇな」
カイは男を冷笑する。男の頭の中でプチンと何かが切れる。
男が怒号をあげ、カイに斬りかかる。
「うおぉぉぉぉおおおお!!」
カイは男の振り下ろす剣の切っ先をスキルで引きつける。それと同時にバックステップで剣を避ける。男は剣を振り下ろすスピード+引っ張られる力で大きく空振りし、そのまま前につんのめるように体勢を崩す。その隙をカイは男の首を剣で撫でるようにして通りすぎる。
パッと血が噴き出す。男は血をせき止めるように、ぱっくり開いた頸動脈に手を当てる。振り返り、しばらく呆然とカイを見つめる。青い瞳が男を無感情に見つめ返す。「クソっ」と小さくこぼして、男は力を失ったように倒れた。
ゾクゾクと自分の中に快感が走るのを感じた。もっと戦いたい。カイはそう思った。戦うことが好きだと思った。もっと命をかけた興奮を味わいたかった。戦いのスリルを感じている時、自分は生きている実感がある。何にも変えられないような興奮と悦びがある。
スキル(武芸の才能)と(引きつける)があれば2、3人と同時に戦っても勝てるだろうと直感的に思った。次はそれだと決めて、カイは畑を抜け村へと歩いてゆく。先ほど殺された農夫に女がすがって泣いていた。カイはそれを特に気にとめることもなかった。ただ、退屈を紛らわすように、剣の腹でトントンと肩を叩きながら通り過ぎていった。
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