異世界サイコパス
ロハ
第0話 転生
目隠しされた。俺は刑務官に連れられ、ある部屋へたどり着く。
執行室と呼ばれるその部屋には輪縄がある。あの世へとつながる首輪だ。
俺は輪縄に首を通す。
落下した時にしっかりと左右の頸動脈と椎骨動脈が締まり圧塞するように、刑務官が縄の具合を確かめる。きっちり締まってくれれば10秒もしないうちに意識を失い、脳虚血から脳死に至り、その後心臓も停止する。うまくいかない場合は2、3分もがき苦しむことになる。
「何か言い残すことはあるか?」
刑務官が言った。俺はしばし考え、
「やっちまおう」と一言。
やっとここからおさらばできる。
決められた起床、決められた運動、薄味の食事に、本を読むだけの自由時間、決められた就寝、まさに退屈のルーティンだ。ここには死ぬほど退屈な時間だけがあった。
鼓動が高鳴っている。これは興奮だ。目前に迫る死に対しての興奮。人の死はスペクタルだ。誰かの死も、そして自分の死も。
やっと退屈が、終わる。
さぁ、来い――――感じさせてくれ。
バコンッ! と音がして床が抜ける。
俺の体は重力と体の重さを味方につけたスピードで落下する。
ビィィンッ! と縄がつっぱり、首を絞め上げる。意識が一瞬のうちに溶けてゆくのがわかる。
白濁してゆく意識、そして恍惚があった。
火花が散った――――頭の中で何かが弾け、開いてゆく――――快感、快感――――こめかみが脈打っている――――視界がさらに暗く――――落ちてゆくように――――――――これが、――――
死――――――――――――――
目を覚ました。
目を覚ました?
気づくとそこは真っ白い空間だった。地面も空も白く、暑くも寒くもなく、なんの匂いもしない場所だった。ただただ茫々と白い世界が続いていた。
「あなたは選ばれました」
どこからともなく声がした。女の声だ。
「私は神ニムル。あなたは異世界へと転生するチャンスがあります」
神は説明した。俺は間違いなく死んでおり、死んだ人間からランダムに転生者を選んでいるのだと。そして転生者には様々なスキルが与えられ、異世界で第二の人生を送ることができると。
「なぜそんなことをする?」
「世界を救うため。――かの地では人々が争い、苦しみ、そして救いを求めています。あなたには世界を救う救世主となって、彼の地に平和を取り戻して欲しいのです」
しばし考えた。転生? スキル? 戦争が起こっているのか? 救世主? 俺が? 情報が多すぎる。でもまぁ――
「いいだろう。転生させてくれ」
「……ずいぶん物分かりがいいのですね?」
「正直、状況はよくわからないが何やら楽しそうだ。こっちは長年拘置所で死ぬほど退屈してたんでな」
しばし沈黙があり、神は変わった人間を嘲るようにふっと少し笑った。
「いいでしょう。それではあなたにその資格があるかをテストします」
「テスト?」
「ええ。最初に言ったはずです、転生する『チャンス』があると」
神はそこで言葉を区切り、「虚偽は許されません」と宣言し、質問を始めた。
「問う。あなたが奇跡の力を持っていたとします。災害があり、建物が倒壊し、なんとか助けられたが、死の淵にいる5人の負傷者があなたの目の前にいます。あなたの奇跡の力を使えば目の前の5人を救うことができます。しかし、奇跡の力を使うには関係のない誰か1人を殺さなければいけません。1人の命を捧げてやっと使える、そういう力なのです。あなたが誰かを殺したことは誰にも知られることはありません。あなたはどうしますか?」
「その誰かには悪いが死んでもらう。そうすれば5人が助かる……簡単な計算だ。5人の不幸か1人の不幸か」
しばらく沈黙があった。そして再び質問。
「問う。あなたは航海士だとします。あなたが乗っていた船が沈没の危機に瀕し、あなたは定員10名のボートに乗客30名と乗り込み船を脱出しました。しかし、降りしきる雨の影響でこのままではボートは確実に沈みます。もし乗客を半分に減らすことができればボートが沈むことを回避でき、生存できる確率は大きく高まります。あなたはどうしますか?」
「女、子供以外の乗客にはボートを降りてもらう。それを拒むものがいれば放り出す……しかたないさ、そのままなら全員死ぬんだろ? 生き残る確率があるならそちらにかけるしかない。それがその場にいる航海士としての俺の責任だ」
沈黙。そして質問。
「問う。あなたの目の前には老人と子供の2人が椅子に縛られています。助けられるのはどちらか1人だけで、選ばれなかったもう1人は死んでしまいます。老人は過去に人類に貢献する偉大な発見をした科学者ですが、子供は何の功績もない幼い少女です。あなたはどちらを助けますか?」
「どちらでもいいが、強いていうなら――」
こんな具合の質問が十数問あった。俺は的確に答えていった。
そして神は俺に言った。
「あなたを転生させることはできません」
俺はしばし呆気にとられていた。転生させると言ったり、ダメだと言ったり、神は随分勝手なやつのようだ。
「なぜだ?」
「あなたには対人関係因子と情動因子に重大な瑕疵が認められます。あなたは欺瞞と自信に満ち、そして他人に共感することができない」
なるほど。確かに俺は誰かに共感したことがない。誰かと心からの繋がりってやつを感じたことがない。
神は言った。
「あなたを生き返らせることはできません。あなたでは世界を救うことはできないでしょう」
「それは違う」
瞬時に俺は言い返す。そして俺は理解する。これは俺の命のかかったディベートだと。
「何が違うのですか?」
「それでは聞こう。なぜ俺では世界を救うことができないと思った?」
「それはあなたが善良な人間ではないからです。狡猾であり、誰かを殺すことを意に介さない非情な人間だからです。人々を導く人間としてあなたはふさわしくない」
「過去人類の歴史において、善良な人間が人々を導いた例がどれだけある? その逆の方がはるかに多い。始皇帝は平和を目指し、中華を統一したが多くの国を侵略し、多くの人間を虐殺した。ローマ黄金期の礎を築いたカエサルはガリアの地を平定するために現地で殺戮、掠奪を行なっている」
「確かに彼らは多くの人を殺めました。しかし、彼らは何かを成すためにそれを行いました。あなたとは違う。あなたは自分の利己的な思いで人を殺め、そして死刑になった」
神はどうやら俺の過去について物知りのようだ。しかし、そんなことはどうでもいい。
「俺は誰彼見境なく殺したわけじゃない。奴らは俺の友人に過重労働を課して精神を支配し、自殺に追い込んだ。死んだのは俺の友人だけじゃない。その他にも犠牲者は何人もいた。だが、その組織を作ったやつらはのうのうと生きていた。だから殺した」
「……あなたがその犠牲者たちに代わって罰を下したとでも言いたいのですか?」
「罰もクソもあるか。ただフェアじゃない。何かを成せばそれ相応のものが返ってくる、それが自然の道理だろ? そこには善悪もない。ただ、思いがあるだけだ」
「思い?」
「人がそうしたいという思いだ。そしてそれを実行すれば責任がついてまわる。始皇帝は晩年暗殺者に怯え続け、精神を病んだ。カエサルは裏切られ殺された。俺の友人を殺した奴らは俺に殺され、そして俺は死刑になった。原因があって結果がある。それだけだ。シンプルだろ?」
神は黙っていた。考えを巡らせるように、俺をどう判断するべきかを決めかねるように。
「では、あなたは殺したいと思ったから殺したと、そういうことですか?」
「ああ。そうだ」
「あなたは殺した相手について何も思わないのですか?」
「それを思って何になる? いちいち殺した相手について想いを馳せる人間が戦場で生きていけるのか? 今問われているのは俺が異世界へ行き世界を救える人間かどうかとういことだろ?」
「そうですが、しかし……あなたには、善良さが……」
「善良かどうかにこだわりがあるみたいだな。ではなぜ転生者をランダムで選ぶようなことをした? お前が言う善良でない人間は省き、最初から善良な人間を選抜して選べばよかったんじゃないのか? そうすれば時間の節約にもなって一石二鳥だろ?」
「転生者をランダムで選ぶことは、天上界で決められた基本ルールなのです。私たちはそれに従うことしかできません。ですから私たちはあなた達に問いかけをして、見極め、そして判断する」
「なるほど。つまりそのルールは転生者に善良さを求めているわけではないわけだ。様々なタイプの人間に公平に機会を与えている。それはなぜか? 世界を救う人間が善人とは限らないからだ。どういう人間が救世主になり得るかわからないからだ。それなのにお前は転生者に善良さを求めている。それはなぜだ?」
「それは……」
神は悩み、次の言葉が見つからないようだった。あと、もうひと押しだ。
「お前の仕事は世界を救う人間を選ぶことだ。善悪の基準で人を判断することじゃない」
俺は神がいるであろう空をまっすぐ見つめる。
「俺が世界を救う。俺ならそれができる」
神は黙っていた。長い沈黙があった。迷っているようだ。俺という人間をどう判断するか。俺にできることはもうない。うまくいけば生きられる。ダメだったら死ぬだけだ。さぁ、どうなる?
神は深く悩み、そして決心するように言った。
「……わかりました。あなたを転生させましょう」
俺はガッツポーズをとる。面白くなってきた。
「あとスキルはちゃんといいものを頼むぜ。どうせなら異世界生活を楽しみたいんでな」
少しばかり怒りを感じる沈黙があった。まだ納得しきれていないようだ。
「それでは、転生に際しあなたに新たな名前を授けます」
俺の体が輝きだした。眩しさで目を開けておくことができない。
「あなたの名前は『カイ』――――カイ、世界に平和を」
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