第50話:KIMIKO×ISHII

二人はしっかりと手をつないで歩き出した。

二人の進む道の右手には石井さんが立っている。


「こんにちは」


姫子は明るく挨拶をした。


今まで無縁体だと思っていなかった近所のおじさんが、じつは無縁体かも知れないと言われた公子の心は、恐怖でいっぱいだった。

恐る恐る石井さんの顔を見ると、確かに、無表情でどこを見ているか分からない表情をしていることに気付いた。

これまで、石井さんの前を何度も通っていたが、知らない人の顔をマジマジと見ることもないため、その違和感に気付いていなかったことを知る。


二人が通り過ぎても、石井さんは無反応のまま、身動き一つしなかった。


「ね、石井さんは無縁体だってこと、分かったでしょ?」

しばらく進んだ先で石井さんを振り返り、姫子が言った。

公子は、無縁体だと分かった後でも、なお、普通の人と区別がつかない姿を見て、安堵と共に少し無縁体への恐怖心が消えるのを感じた。


「無縁体はいつも同じ場所に居ることが多いの」

そう教えてくれた姫子に、公子は訊ねた。

「いつもいる渡辺さんも無縁体?」

「渡辺さんは、枯葉とかにぶつりてきにかんしょうしてた気がするから無縁体じゃないと思うよ。」

大人たちの受け売りの言葉を姫子は当たり前の顔をして並べてみせた。

「でも確かめてみよう。」


固く手をつないだまま歩き出した二人が角を曲がると、いつものように掃除をする渡辺さんの姿が見えた。


一瞬立ち止まった公子を引っ張って、姫子は真っすぐに進み、渡辺さんの横を通り過ぎながら自然に挨拶をした。


「こんにちは」


ところが、掃除をしたまま全く反応を示さない渡辺さんの姿に二人は戦慄を覚え、立ち止まった。

二人のつないだ手は、どちらからともなく汗ばんだ。


「あら、こんにちは」


立ち止まった二人の気配に気づいた渡辺さんが手を止めて顔を上げ微笑んだ。

二人は同時にふーっと息を吐いて、お互いの顔を見て笑った。

挨拶をしていなかった公子は遅れて挨拶をした。


「こんにちわ」


確かに、周囲の家に比べてこの家の前は枯葉が少なく、渡部さんの手にある塵取りには、集められた枯葉が入っている。

物理的に干渉、といった難しい言葉は公子は理解できなかったが、枯葉を集めることができるのは人間だという証拠なのだな、と公子は理解した。


***


以来、この日に姫子から教えられたことによって、公子は街の中に意外と多くの無縁体が存在していたことに気付き始めた。


無縁体に自ら声をかけるということはしなかったが、姫子から教えられた「無表情と他の人の反応の有無」である程度の区別がつくようになった。


公園の隅や、店の前、バス停の横や駅前の広場…。

明らかに邪魔になる場所に立っているのに誰もが無視をしている場合は、確実に無縁体だと判断がつく。

しかし、駅前の広場で無表情で立っている人が居ても、誰も気に止めることもないので、公子には無縁体がたくさんいるように思えていたが、ある日、上空をうるさいヘリコプターが通り過ぎた時、彼らが上を向いたのでそこに無縁体は実は1人しか居なかったということが分かったのだった。


他の人の反応、というと、難しいものがもう一つある。


”動物”の無縁体、というケースだ。

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