第48話:誕生石の祈り

それから数週間後には、リトル・ブランシュの心霊騒動は沈静化していた。


心霊現象が起こらなくなると、噂が消えるのはあっという間だった。


しばらく押し寄せていた怖いもの見たさの女子高生たちも、見えない霊ではなく、目の前で輝く可愛らしいアクセサリーの方に次第に心を奪われていったようだ。

彩芽の話によると、心霊騒動がちょうどお店のターゲット層である女子高生の間で拡散されたため、店の認知度が大きく跳ね上がり、想定以上に売り上げが伸びたらしい。それに気を良くした彩芽ママが、公子たちにお礼も兼ねてプレゼントをしたいから、店に遊びに来ないかと誘ってくれた。


「あら、いらっしゃい、待ってたわよ~。」


今日は涼し気なペールブルーのスーツに身を包んだ彩芽ママがカウンター越しに三人を迎えた。いつも以上にご機嫌そうな様子だ。


「この前はありがとうね、あれ以来、ぴたりと幽霊騒ぎが収まって、この通り、お店は大盛況よ。」


平日の夕方にも関わらず、店内には学校帰りの制服を着た女子高生や私服の女子大生らしき数組が入っていた。安価なものは自分で買うため、高価なものは彼氏や親にねだるプレゼントのために物色しているようだった。


中でも店の中央に位置したショーケースが人気なようで人が集まっていた。

見ると、以前、彩芽ママが薦めてくれたお店のロゴプレートのようだった。


「これね、意外と人気なの。三人にお揃いで、どうかしら。」


カウンターの後ろから取り出してきたふかふかのトレイには、3本のペンダントが並べられていた。


「2月の千佳ちゃんは紫のアメジスト、7月の公子ちゃんは黄緑のスフェーン、4月の彩芽はピンクのボモルガナイトよ。」


わぁ、と三人は歓声を上げ、それぞれの誕生石がはめ込まれたプレートのペンダントに手を伸ばした。

幅2cmほどの横長のゴールドプレートに、店名であるリトル・ブランシュの頭文字LBが刻まれ、ワンポイントとして異なる色の小さな宝石が埋め込まれている。


宝石やチェーンの長さや素材は選べるようになっていて、裏にはメッセージも入れられるという看板商品の説明を聞きながら、公子はそっと手元のショーケースのガラス面に触れてみた。


「すごいでしょ、指紋、付きにくくなってるでしょ?」


早速、ペンダントを首に付け合っている千佳と彩芽をよそに、彩芽ママが公子に話しかけた。


「すごい、軽く触っただけだと全然つかない。」

「そうなの、すごいのよ、白黎社の人が教えてくれたこのスーパー・ガラスコーティング剤。フッ素パワーなんだって。おかげでいつもガラスがピカピカよ。」


見た感じはコーティングされてると分からない透明感だが、触ると何かが塗られているのが少し分かる程度だ。


「それから、店の子たちにも、ガラスはこまめに磨いてもらうようにお願いしてあるのよ。」


公子はショーケースの隅に置かれた”ショーケースを触らないでね”と書かれた小さな可愛らしいスタンドに目をやった。見回すと店内の全てのショーケースに、同じメッセージのスタンドやステッカーが異なるデザインで配置されている。


哀れで無害な霊が訪れるきっかけを、人間の対応でうまく抑えることに成功しているようだった。

霊に対しても人間に対しても、不自然な強要をすることなく、店側の適切な対策に加えた客への注意喚起やスタッフの何気ない普段からの気遣いを重ね合わせることで見事に問題は解決されている。


みが子さんはこの店以外の掃除に余力をさけるようになっただろう、そんな想像をして公子はふっと笑った。


しかし、この方法では問題の事象が100%防げるわけではない。

それでも、おそらく同事象が再び今回のような大問題になることは無いように思えた。

「問題の解決方法は、白か黒か、だけじゃない。」と言った時任の意図が理解できた。


しかし、白黎社がこんな地味な解決方法を提案するというのは、公子には少し意外だった。

世間的に知名度は低いものの、全国展開する巨大組織であり、時には政府がらみの重要かつ壮大な除霊術を行うようなエリート集団、というイメージがあったのだが、今回のことで、なんだか少し身近に思えてきた。


あの日、時任が彩芽ママに伝えたのは、出現している霊が完全に無害であることへの理解と、想定される出現理由、この店が”見えやすい場所”にあるため見えることを回避するのは難しいこと、そして、対策の提案と協力の依頼だったという。

「無害なら気にしないし、指紋汚れを残さなければ現れない、っていうなら、店として当然のことをやるまでよ。それに…」

サバサバした彩芽ママの決断は早かったようだ。

「それに、幽霊にまで汚れを指摘されるような、そんなジュエリーショップ恥ずかしいしね。」

バサバサと長いまつ毛を動かして笑う彩芽ママを見て、やはりカッコいいなと公子は思った。


三人のペンダントは小さなケースに収められ、改めて彩芽ママからのプレゼントとして渡された。

ペンダントに光るのは、公子の誕生石、スフェーン。


この”永遠”を守るために、もっと霊のこと、人間のことを学ぶ必要がある、

公子は、口元に力を入れ頷くと、そっとケースの蓋を閉じた。

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