第47話:解決の方法
さて、問題に向き合うと言っても、今の公子にできることは少ない。
みが子さんは昔からあちこちに出没しているのに問題になっていないのは、誰も”彼女”に気付いていないからだ。人間に何の影響も及ぼさないみが子さんなのだから、この店に居たとしても姿が見えさえしなければ誰も気づかず、何も問題にはならなかったはずなのだ。
そう、だから、みが子さんの行動を制限せずに、みが子さんの姿を見えなくすればいい。
公子はそう考えた。
そもそも、なぜ、この店だけでみが子さんが目撃されてしまうのか、その糸口だけでも掴めないものかと、店の周りをぶらぶらと見回っていると、「何してるの?」と後ろから声をかけられた。
振り向くと路肩に止まった車の中から顔をのぞかせた時任の姿があった。
「あ、どうも。」
予想もしなかった突然のことに、公子の心臓は慌ただしく鼓動した。
薄暗くなった通りは、あちらこちらにライトが灯され、大人の世界の雰囲気を演出していた。
そんな中、ゆっくりと車から降りて近づいてくる白い制服姿の時任の姿は、公子の目にはスローモーションの無音映画のワンシーンのように映った。
「…心霊写真の件かな?」
ちらっと店の名前を確認すると、すぐに公子がここに居る理由を察したようだった。
公子は苦笑いで返す。
「はい、ここ、友人のお母さんのお店で」
「あぁ、そうなんだ。好奇心、って訳じゃないんだね。」
「もちろんです!」
「で、無縁体とは、もう会った?」
「あ、やっぱりご存じなんですね、白黎社でも。」
「まぁ、ね。よく知ってる無縁体だったんじゃない?」
「はい、写真見た時から、みが子さんかな、って思ってたので…」
公子はそう口に出してから慌てて時任の方を見た。
「”みが子さん”、か。うん…確かに。」
時任は表情を崩し、軽く頷きながらスマホに何かを打ち込む動きを見せた。
(まさか、私とお姉ちゃんの呼び名、メモしてる…?)
完璧主義っぽい時任の情報データベースなら、そのくらいは盛り込みそうだ。
「その、みが子さんは、何か言ってた?」
「いえ…その…会話はできてないです。」
「どうして?」
「一般のお客さんが居たから…」
「それは賢明な判断だ、君が何もないところに向かって話をしていたら、余計不安を煽ることになるだろうからね」
「……」
「じゃぁ、店に来ないようにお願いするのは難しそうかな。」
何か言いたそうな公子の様子に気付き、時任の言葉の最後はペースが落ちた。
「…違うんです。」
「何が違うの?」
「みが子さんは、みが子さんにとって当たり前のことをしているだけだから。それを”やらないで”って言うのは、なんか違う気がするんです。」
ほほう、と時任は公子のその言葉に感心した。
”人間の事情だけでなく、無縁体の恒常性を軸に対策を考える”という白黎社における滅霊の基礎的な考え方が、自然と身に付いているのは、さすが登和家本家の娘なだけある、と時任は目の前の少女の評価を上げた。
それは、人と無縁体の『共存』を掲げる白黎社に入ると最初に叩き込まれる考え方であった。
商店街の怪事件の際に、最初に会った時の公子は、未知なるものに怯えた不安定な少女という印象だったが、今、目の前の少女は、人と無縁体が『共存』する方法を考える求道者の面影を見せていた。
この様子なら、滅霊初心者がやりがちな、お札や結界を張って無縁体を入れないようにしよう、という安直な結論には陥らなさそうだ、と時任は思った。
「あの…なんで、この店だけ霊が見えてしまうでしょうか。」
「まぁ、時々あるんだよね、こういう”見えやすい場所”って。」
「”見えやすい場所”って、土地の持つ霊気が溜まりやすい場所、ってことですよね。」
「まぁ、そうだね。」
「じゃぁ、そこも”変える”のは難しそうですね…」
これも滅霊初心者が思い付きがち安易な手段の2つ目だ。
だったら、土地の霊気をコントロールすればいいじゃん!というのが、溜まっていく霊気を発散し続けるという永続的な術が必要になり、余りにも現実的でない、ということに目がいかないものなのだ。
このトラップも、公子は見事に回避してみせたことになる。
何人も新人をエリート戦士に育て上げてきた時任は、不器用なサラブレッドの成長を見守っているような愉しい気分になった。
今回のケースは、白黎社ではよくあるケースだが、新人には少し、難しい問題だ。
思いつく解決策はどれも、どこかしらを歪めてしまう、いびつなものしかないだろう。
現に、目の前の公子も、精一杯難しい顔をして首を捻っている。
これは、いわゆる”苦肉の策”が最善策となるケースだ。
時任はパトロールついでにその対策を伝えるために、この店を訪れたのだった。
「考えるのは大事なことだ。でも、今回は、少し様子を見てごらん。」
そう言うと、時任は公子に背を向け、店内に入っていった。
店内から公子と時任の様子を伺っていた千佳と彩芽は部屋の隅に逃げるように移動する。
彩芽ママや女性スタッフは、閉店間際のイケメンの来店に浮きたった様子をみせた。
時任は彩芽ママに何か話をすると、遠巻きに見ていた女性スタッフや千佳たちに会釈をして店を後にした。
「問題の解決方法は、白か黒か、だけじゃない。」
それは、公子の横を通り過ぎて車に乗る際に、時任が残した言葉だった。
公子は、時任に会えた喜びに加え、安堵と焦燥の感情が入り混じった落ち着かない気持ちのままその車を見送った。
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