第45話:みが子
公子たち姉妹が彼女に付けた名前は、”みが子さん”。
この姉妹の安直なネーミングセンスから、もうお分かりだと思うが、この無縁体は、そう、”磨く”。
カーブミラーの汚れ、ショーウィンドウの窓ガラス、学校の手洗い場の鏡、軒先の風鈴――。
彼女以上にあちこちに現れる無縁体は居ないと思われるほど、街中のありとあらゆるものを磨いている無縁体だ。時間も場所もプライバシーもお構いなく、ただひたすら、磨けるものを磨き続けている。
何度か、歩いているおじいさんのメガネを拭き続けている姿も目撃したことがある。
みが子さんが磨くのは、本来ピカピカしているものが汚れている時だ。ただし、みが子さんが磨いても、無縁体では物質的な干渉はできないので、その汚れが取れることは決して無いのだけれど――。
そんな哀しい性の無縁体である、みが子さんが、このピカピカした磨きがいのある店に頻繁に現れるとしても、何も不思議ではない。ただ、そのタイミングはおそらく限られている。
そう、みが子さんが現れるのは…。
「霊が、掃除…してくれてるってこと?」
霊の存在すら信じられないのに、さらに理解できない無縁体の行動論理を聞かされた彩芽ママが困惑した声を上げた。
「と言っても、霊だから掃除してもきれいにはならないんですけど…。」
そーゆーことじゃないよ、と三人から総突込みを受けながら、公子は続けた。
「彩芽ママやスタッフさんたちは、ガラスケースを触る時は商品を意識して片手は手袋をしてますし、商品を美しく見せるために、ガラス面に素手で触ったりするようなことはしないですよね?」
「当たり前じゃない。」
と鼻で笑う彩芽ママ。
笑ながら何かに気付いたような彩芽ママの目線を受け、掃除中に霊を見たと騒いだ彩芽は、その記憶を辿り動揺を見せた。
「あ…触ったかも。」
「そう。今回、霊を見たと言ってる人や、霊が映った写真を撮った人は、その人かその人の近くが、誰かに素手で触られた場所だった可能性が高いです、というか、たぶんそうです。」
店員と2人の客の間で、今もまさに黙々とガラスのショーケースを磨いているみが子さんの方へ目をやった。
先ほど、女性の客が、これとこれが見たい、と指さした時に指紋がまた付いたのだろう。みが子さんの動きが少し激しくなり前のめりになっている。
その時、ショーケースから取り出したいくつかの商品を合わせながら楽しそうに鏡を見ていた女性客の顔が急に曇った。
「あ」
みが子さんが顔を上げた瞬間、鏡を見ていた女性客と鏡越しに目が合ったように公子には見えた。
案の定、女性客の視線は泳ぎ出し動揺を隠せない表情で後ずさりし、恋人の腕をしかと強く掴んだ。
急に帰ろうと言い出した彼女の様子の急変に困惑し、同様する男性客の頭の中はきっと?マークでいっぱいだろう。
それでも強引に、呼び止める店員を無視して女性は足早に男性の手を引いて店を飛び出していった。
「あ~あ」
「あ~」
「ありゃ~」
「これは困ったわね~」
一般客の居なくなった店内で、4人はため息をついた。
霊が見えない三人も、女性客が何かを見てしまった反応だったということは分かったようだった。
「その…無縁体?っていう霊の方、何とか、この店に現れないようにお願いしてもらえないかしら?」
霊が存在するかどうかよりも、実際に営業妨害になっている事実を目撃したジュエリーショップオーナーは腕を組んで、若い霊能者に救いを求めた。
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