第43話:映る女

放課後、千佳と公子は彩芽に連れられて、問題の店へ向かった。


彩芽の話によると、昨晩20時過ぎに閉店の手伝いで店内を掃除していたところ、拭いていたショーケースのガラスに、白い女性の顔が浮かび上がってきたらしかった。心霊写真ならまだしも、実際のガラスに顔が映るという現象は、無縁体としては考えづらい事象だった。


しかし、公子が気になったのは、TOKIN’の写真に映っていた女性の顔だった。



駅前の交差点から少し歩いた裏通りに、最近お洒落なカフェなどが次々にオープンしているエリアがある。

その一画に新しく建てられた真っ白なビルがあった。

駅ビルと商店街に店舗を構えていた『ジュエリーショップ・ブランシュ』が、若者をターゲットにした『リトル・ブランシュ』という新店舗を、ここにオープンしたのはつい先週末のことだった。

夕方になり、駅に向かう人、駅から来る人でそれなりに人通りがある。


「あら、お帰り彩芽、あら、いらっしゃい、千佳ちゃん、公子ちゃん。」


店の前でチラシを配っていた彩芽ママが、三人に気付き、持っていたチラシを振って迎えた。

真っ白いセットアップスーツにピンヒール、タイトにまとめ上げた茶色い髪。遠くからでも目を引くような品の良い立ち振る舞いも含め、おっとりした彩芽と正反対のキャラは相変わらずだった。


三人が近づくと、思わず見とれてしまうようなゴージャスなまつ毛をバサバサと動かしながら、千佳と公子にもビラを1枚ずつ渡してくれた。

”New Open”と書かれた黒ベースに宝石が散りばめられたそのチラシは、オープンセールの割引クーポンも兼ねているようだった。


「あー、昨日騒いでた幽霊を祓ってもらおうと思って公子ちゃん呼んできたんでしょ~彩芽?」

「だって、本当に見たんだもん、みんな見たって言ってるんだから、きっと本当にいるんだもん。」

「そんなこと言ったって、ずっと店に居るママやスタッフの子たちは見たことないんだから、見間違いかいたずらの一種かなんかじゃないの?」

「違うもん、本当に見たんだもん、ね、きみぽん、幽霊居るでしょ?お店の中に、幽霊見える?」


揉めてる親子の間に他人が入るのは対応しづらいなぁ、と思いながら、公子は店の中を見回した。

ガラス張りの店内は明るく、多くのショーケースがあるものの、通りから全体が見渡せるようにセンス良く陳列されている。


「う~ん、今見た感じだと、…いない、かな。」


公子は想定通りの反応を見せる母娘の姿を微笑ましく眺めた。


「だけど…もう少し詳しく教えてもらってもいいですか?」


彩芽ママは、持っていたチラシを整えながら頷いた。

公子は店の前から一歩下がって、通りと建物全体を確認してみる。

幽霊騒ぎとは無縁そうなお洒落で綺麗なビルだった。


「ここって、新しく建ったビルですか?」

「えぇ、そうよ。2か月前にビルが完成して、そこから内装入れて先週お店をオープンしたの。通りに面した間口より奥が深い敷地でね、1階の奥はジュエリー工房になってるの。2階と3階はテナントなんだけどまだ空いてるから倉庫として使ってて、4階から上は賃貸マンションで、最上階の9階はレストランになっててオープン準備中、ってとこね。」

「へぇ…。もうマンションの入居者はおられるんですか?」

「えぇ、2LDKとワンルームが合わせて6部屋くらい埋まってるはずよ。」

テキパキとした口調から、ジュエリーショップオーナーとしてやり手であることが察せられる。


「さっき、彩芽ママやスタッフの人は幽霊見たことないって言われてましたけど、その…入居者の方は何か言ってますか?」


長く居る人たちに見えなくて、女子高生にだけ見えるという不自然さが、公子は気になっていた。


「まさか!噂好きの女子高生たちが騒いでるだけでしょう、幽霊なんているわけ…あら、登和家の方にこんなこと言ったら失礼かしら?」

「い、いえいえ、その感覚でオッケーだと思います。」


公子も”視えない”一般の人々の感覚は理解できる年頃になっている。

公子自身が、UFOや宇宙人を全く信じてないのと同じように、目に見えないものを信じろと言われても全く不可能な話だと。


「とりあえず、お店の中も見せてもらってもいいですか?」


どうぞどうぞと案内され、入口の自動ドアを入るとピロリロと小さく音が鳴り、奥に居たスタッフの女性が「いらっしゃしませ」と声をかけた。


エアコンのきいた店内は静かで優しいBGMが流れている。


公子は念のため、数名のスタッフの方にも話を聞いてみたが、噂や写真では見たという人もいたが、誰も直接は見たことが無いようだった。


しかし、長く居る人たちに見えなくて、女子高生にだけ見える、そんな変則的な霊が居るとは思えない。


さらに公子は念のため、店内をしばらく隅々まで見回り、裏の工房にも霊的なものは何もないことを確認し、「何もいませんね」と案内してくれた彩芽ママに報告した。

ふーっとため息をついた公子に、彩芽ママが「これどう?」と小さな黄緑色の石が付いたペンダントを差し出してきた。

周りを見ると千佳も、当事者の彩芽も、本来の目的を忘れ、思い思いにショーケースに入ったアクセサリーを覗き込んでいる。


「公子ちゃん、登和家の正式な修行始めたって聞いたわよ。これ、うちのオリジナルのデザインなんだけど、7月の誕生石スフェーンを使ってるの。もし気に入ったら、お守りにプレゼントするわよ。」


ゴールドのチェーンに店名のLBのロゴを模した宝石付のプレートが、白い手袋の掌で転がされて光った。


「うわ、可愛い!」


7月の誕生石と言えば情熱の赤色をしたルビーが有名だが、昔から公子にはピンと来るものが無かった。

この”スフェーン”という誕生石を知った時、その宝石には「純粋、永遠」という意味を持つと聞いて、永遠(とわ)を司る自分の宿命を暗示しているように感じ、それ以来、公子はひそかに、自分の誕生石をスフェーンだと思うようになっていた。彩芽ママが見せてくれたのは、公子にとって特別なものになっていた石だった。


いらっしゃいませ、と後ろで声がして、新たな客が店に入ってきた。


公子が彩芽ママの手からその細いチェーンを持ち上げると、照明の光を受け、小さな石は虹色に光った。


「いいんですか?本当に?」

「えぇ、わざわざ無駄足踏ませちゃったお詫びよ。」

「うわー嬉しいなぁ」


ふと、店員と客の様子を見ていた公子は、客の後ろに現れた”彼女”の姿を認めた。


”彼女”は、公子が想定していた”彼女”だった。


「うわぁ…。」


公子はそっと、手にしたペンダントを彩芽ママに返した。


「どうしたの、公子ちゃん?」

「あの…彩芽ママ、ごめんなさい。」

「え?」

「分かっちゃいました。」

「分かったって、何が?」


「霊が見える理由は分かんないんですけど、見える人と見えない人がいる理由、は、分かりました。」


「え?…ええっ?なん…ですって?」

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