KIMIKO×MIGAKO
第42話:彩芽の憂鬱
「ねぇ、きみぽんって……『幽霊』見えるんだよね?」
ふんわり天然系の彩芽が唐突に口を開いたのは、いつもの昼休みが終わる数分前のことだった。
その日、彩芽は朝から様子がおかしく、昼休みになってからもずっと思いつめたような顔で生返事を繰り返していた。そんな彩芽を気遣いながら、千佳と公子は人気アニメの話題をほぼ二人で続けていたのだが、無情にもそれは遮られた。
「え?」
「”登和家”の人は、『幽霊』が見えるんだよね?…ね?」
「ど…どしたの、急に?」
公子はすがりつくように見つめてくる彩芽の気迫にうろたえ、目で向かいの千佳に助けを求めた。
「彩芽、一旦、落ち着こうか?」
さすがの千佳も戸惑ったような表情で、公子に顎でクイクイッと合図し、話を促すようと、暗黙のままバトンを押し付けてきた。
「あのね、ママが駅前に新しいお店を出したんだけど、ね」
セレブなことをさらりと言う、裕福な家庭に育った可愛らしいお姫様。
茶色がかった柔らかそうなロングヘアの毛先が揺れる。
「その…ママの新しいお店にね、…でたのよ、『幽霊』」
「え?」
千佳と公子は顔を見合わせた。
「なんでも、失恋した女の幽霊らしくって…ほら、SNSでも騒がれ始めてるみたいなの。」
そう言うと彩芽は食べ終わったお弁当箱の上に自分のスマホ画面を置き、人気のSNSアプリであるTOKIN’(トーキン)の黄色と黒のアプリを開いて二人にいくつかの投稿コメントと画像を見せた。
『怖い』、『やばい』、『これは本物』、などのコメントが添えられた投稿写真には、華奢でキラキラしたアクセサリーが映され、同時に、そのショーケースのガラス面にぼんやりと白く女性の顔のような影が映されていた。中にはカメラと目線が合っているように見えるものもあり、ショート動画でも恨めしそうな女の顔が否定のしようもないほどはっきりと映っていた。
どうやら、彩芽の母が新たにオープンしたジュエリーショップで撮影された写真や動画に映りこんだ心霊現象が、可愛いものと怖いものが大好きな女子高生たちの好奇心に火を付けてしまったようだった。
「何かの見間違いか映り込み…じゃないの?」
彩芽からスマホを取り上げて画像を拡大しながら千佳が言った。
「私…霊的なものを否定はしないけど、私には関係ない世界のものだと思ってたのよね。 でもね…昨日、本当に、たぶん、これ、見ちゃって。」
「…マジで?」
「…マジで。」
千佳から返されたスマホを受け取りながら、彩芽が頷いた。
その時、昼休み修了のチャイムが鳴った。
ただ事ではなさそうな彩芽の表情は変わらない。
「まぁ、幽霊と言えば登和家だからねぇ…、きみぽん?行くしかないよね?」
立ち上がりながら千佳が公子の顔を覗き込みながら言った。
彩芽と千佳の圧に押されて、公子はコクコクとただ首を縦に振った。
「よし、決まり。じゃぁ、今日の放課後。あ、次、美術だから教室移動だよ。」
女子高生の好きな怖いもの、は、普段しっかり者の千佳の好奇心にも火を付けたようだった。
公子は、先生の説明に合わせてプロジェクターで映し出される美術史に残る数々の傑作を眺めながら短くため息をついた。
霊が見えるとはいえ、実は公子も幽霊はあまり見たことが無かった。
害のない無縁体は日常の中にちらほら存在するが、なにか理由や怨念を持った幽霊は、そうそうお目にかかれるものではない。
幽霊が見えたところで、公子にできることは何かあるのだろうか?
そんな考えも浮かんだが、公子の中にもある女子高生の好奇心が、思考内バトルを制したのは言うまでもない。
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