第39話:公子と時任

裏通りにある古びたコインロッカーの前でコノさんが止まった。


「コノコノコノコノ…」と言葉の間隔が短くなっている、ここに違いない。


公子は一つだけ鍵のかかっているロッカーの扉を引っ張ってみたが、開くはずはない。


警察に連絡すべき?と考えていた公子の後ろから声がした。


「そこにあるのかい?」


振り返ると歩いてきたのは時任だった。


「時任さん!どうしてここに。」


「公園で君たちを見かけてね、もしかしたらと思って。お母さんからメールが届いただろう?それ、…頼んだのは僕なんだよ。」



公園の横に止めた車の中から、無縁体に話しかけているように見える公子の様子を伺っていた時任は、あることを考えていた。


(もし、彼女が霊と話すことが、いや、せめて意思疎通することができるとしたら…。)


最重要容疑者の後をずっと追いかけている無縁体であれば、事件を目撃している可能性はある。そして運が良ければ、その事件の証拠を隠した場所を知っている可能性もある。


通常ならあり得ないことなのだが、目の前の少女が、昨日注意したにも関わらず渦中の無縁体を追いかけ、できるはずの無い会話をしようと試みている。

容疑者がボロを出すまで尾行するよりは、その少女に賭けてみても悪くない、時任はそう判断したのだった。


公子の連絡先を知らない時任は、白黎社の除霊士団幹部である公子の母に、少し長めのメールを送った。


そして、そのメールを受けて、あらあらと喜んだ母から、公子にこんな一文が届いたのだった。


『時任君が、事件の証拠の靴を探してるみたいよ?赤いハイヒールだって♡』


(だからハートマーク、だったのね。)

メールを送ってきた母のにやけ顔が頭に浮かび、家に帰ったらあれこれ質問攻めにされることが思いやられた公子だが、今はそれどころではない。


「はい、このロッカーの中に、たぶん。」


時任が予め連絡していた白黎社の部隊が、マスターキーを持った管理会社の人を連れて到着したのは数分後だった。


到着を待っている間に時任は、志村を尾行中の町田に一報を入れ、部下の井ノ口と小森にコインロッカーの防犯カメラで、そのロッカーに荷物を出し入れする志村の姿を確認させた。マスターキーで開けられたコインロッカーの中から三足の被害者の靴と血の付いたナイフが発見されると、時任からの連絡を受けた町田が、志村を速やかに緊急逮捕した。


時任は公子に、今回の公子の行動については内密にしておこうと言った。


「霊体の異常反応検知と容疑者の行動分析で見つけたってことにしておくよ。」


公子は、そんな建前よりも、霊と会話ができるなどと信じてくれた時任に対して、どう接すればいいか分からないまま「はい」と頷いた。


やがて、公子たちの前で現場検証が始まり、白黎社と警察関係者が入り混じってコインロッカーの前でそれぞれの作業が手際よく進められた。コノさんはコインロッカーの前をウロウロしていたので、無縁体が視える白黎社の人と、視えない警察の人の動きの微妙な違いが、公子にとっては少し滑稽に見えた。しかし、それ以上に、異なる世界を視ながらも、それぞれに与えられた仕事を全うする人たちの姿に、言葉にはならない不思議な感動が公子の胸をじんわりと温めた。



現場検証が終わり、公子が警察の事情聴取から解放された時、コノさんの姿は消えていた。

ずっと犯人の後を追っていたコノさんは急に興味を無くしたように彼を追わなくなり、いつもの公園に戻ったようだった。

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