第38話:公子とコノさん

公子は、帽子の男に気付かれないように細心の注意を払いながら、小さい声でコノさんに話しかけた。


「コノさん、どうしてあの男を追いかけてるの?」


「コノ…コノ…コノ…」


コノさんは、一定の間隔をあけて声を出している。通常営業のようだ。


「コノ、ばっかりじゃ分からないんだけどなぁ…困ったなぁ…。何か、きっと、言いたいことあるんだよね?」


「コノ…コノ…コノ…」


だめだ、会話が成り立たない。

いつも愚痴を聞いてくれる時のミテル同様、暖簾のれんに腕押し、全く手応えがないパターンだ。

公子はため息をついた。


ミテルと会話が成立した日以来、何度もその理由を公子は考えてきた。


やはり、あの必死さ、切実さが無いと思いは伝わらないんだろうか。

それにしても、コノさんが「コノ」以外の言葉を発するようには公子には思えなかった。

だったら、いっそ、何か紙にいくつか想定した答えを書いておいて、コノさんに指してもらえばいいんじゃないか?そう思いついた公子だったが、想定される答えの膨大な範囲を考えると、非現実的な方法だということはすぐに想像ができた。


困っていた公子のポケットでメールの着信音が鳴った。


その音に振り向いた帽子の男と目が合ってしまった公子は、慌てて向きを変えずっとスマホを見ていた振りをした。


メールは母からだった。

(こんな時になによぅ、何用なによぅ?)


と心の中で冗談をつぶやきながらメールを開いた。

公子の顔がパッと輝いた。


そこからの公子の行動は早かった。


公子の必死の言葉に反応したコノさんは、帽子の男から離れて別の場所へ移動を始めた。


「あ、待って!」


公子は公園の外に向かって走り出した。


車の中で公子の様子を伺っていた時任は、


「俺が行く。」


とシートベルトを外すと、車を降りて公子を追いかけた。



誰もいないのに声を出して走り去る女子高生を、不思議そうな目で見送る志村と、女子高生を追いかけて走り去る時任を、面白そうに見送る町田が残された。

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