第37話:尾行

「あれ、あの子…。」


車道に止められた車の中から公子の姿を見つけ、町田が目線で示した。

助手席の時任がため息をつく。


帽子の男、志村一茂は、今日の朝から警察署に呼ばれ、数時間の事情聴取を終えていた。


周辺カメラに映っていたというだけでは、状況証拠にすらならないため、形式的な参考人として被害者との関係性やアリバイなどの確認にとどまったのだ。

警察署を出てからしばらく志村を尾行してた部下と交代で、先ほどからは町田が直々に尾行を続けていた。時任はなぜか、その道連れにされていた。


その日の昼に、珍しく町田に昼食に誘われた時から、時任は嫌な予感がしていた。


「俺の見たところ、志村は黒だ。アリバイもあやふやだし、何より現場の写真を見せた時に、悲惨な光景に目を背けることもなく、残された片方の靴を凝視していた、あの視線が、真っ黒だ。」


ラーメンが隠れるほど漬物をのせながら町田は唸った。


「だが、物証が何もない!被害者達との接点もなければ、凶器も遺留品も何も出てない!」


つけ麺屋なのにあえてラーメンを頼んだ町田を冷ややかに見ながら、時任はスープ割を味わっていた。

スープ割は、残ったつけ汁にその店独自のスープを足して、薄めて飲みやすくしたものだ。そこにカボスをひと絞りして香りと酸味を加えるのが時任の定番だった。


無言の時任に、町田はラーメンのスープを飲み切って言った。


「ということで、この後、いいよな?」


それから約3時間、時任はこの車の中で軟禁状態にあった。


その3時間の尾行で分かったことは、昨日公子が言った通り、無縁体328号はずっとこの志村という男の後を追っている、ということだった。


もちろん、無縁体が視えない町田には、その事は伝えていない。


「あの子…もしかして、志村を尾行している…?にしては、尾行の仕方がプロフェッショナルだな。志村の方をちらとも見もしないで、見事に追跡できてるなんて、まるで志村の後ろにいる見えない何かを見ながら追いかけているみたいだ。」


公子の所作からその視線の先に、見えざる何かがあると町田も感じているようだった。


しばらくすると志村は公園のベンチに座り、煙草を吸い始めた。


志村を追っていた無縁体328号も志村の後方、少し離れたゴミ箱のあたりで浮遊している。

制服を着た女子高生の公子が、ゆっくりとそのゴミ箱に近づいた。


「おいおい、あの子、どうする気だ?止めなくていいのか?」


「これは面白い…。」


町田には、ゴミ箱の傍に立って志村を見ているように見えていたが、時任には、ゴミ箱の横で揺れる無縁体に話しかけているように見えていた。

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