第34話:公彦の記憶

聞こえるはずのない、霊の声――。


その話を聞いた当時、まだ公彦は中学にあがったばかりだったが、その飛び抜けた優秀さから登和家の中では、すでに一目置かれる存在になっていた。


毎年恒例となっている形式的な本家との会食の準備中、盆栽の手入れを手伝ってくれるか、と公彦は祖父に呼ばれて本家の広い庭へ連れ出された。


登和家のトップである祖父と、こうして二人きりで話すのは初めてだったので、さすがの公彦も少し緊張していた。

祖父の後について広い庭に出ると、盆栽の並んだ棚のあたりで公彦は剪定鋏せんていばさみを渡され、祖父の指さした枝をチョキンチョキンと切っていった。


公彦にの盆栽の手入れ方法を教えながら、祖父が急にその話をし始めたことを今でもよく覚えている。


松盆栽は”金くい虫”とも呼ばれ大変手間がかかること、全体のバランスを見ながら切るものと残すもののバランスを考えながら剪定することがコツだということ。そして、盆栽は生きていて、強く生きようとする意思を感じられる時がある、という話をした後のことだった。


「もし、無縁体の声が聞こえるとしたら、おぬしならどうしたい?」


唐突な質問に公彦は、はさみを持つ手を止めた。


「無縁体の…”声”ですか?」


「そうじゃ、あれら無縁体が、何を考え、何を想い、何を望むか、知りたくはないか?」


「無縁体は、ただ理由もなく存在するだけの存在のはずです。そこに何か意思があるとでも言うのですか?」


「分からん。」


そう言って祖父は遠くを見上げ、静かに笑った。


「ただわしは”王”の名を冠する者として、民の言葉を聞く義務があるように思えてなぁ。」


「……。」


「”公”として奴らに仕える宿命さだめのおぬしは、いかにして、その声を聞く?」


今思えば、その時の祖父の問いかけが、今の公彦の道を選ばせていた。


その後、公彦は独自ネットワークを駆使して、修行が始まる前にも関わらず、秘密とされている登和家の修行内容を習得した。そして、修行期間は、現在の登和家の術式を発展させるための様々な試みを行う期間として、師範役も呆れて見放すほど、例外的な修行に自ら取り組んだ。

そして、それらの集大成として、霊体の行動分析ロジックや人間の世界との干渉に関するデータの集積を始めたのだった。


”公”として、広くそのに耳を傾けるために。


公彦は、机の上にあるのミニ盆栽をそっと撫でた。


公彦が16歳になったのち、自己の特性から”言の葉”として認定された植物は、あの日、祖父が”無縁体の声”の話をしながら公彦に手入れをさせた、《松》だった。

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