第32話:浮上する容疑者

情報室に戻った時任のもとに、時任班の中で片腕でもある井ノ口あきが近寄り、現場写真を表示したタブレット端末を渡した。


「鑑識班が撮影した現場写真の中から野次馬が映りこんでいるものと、一般のSNSや動画にアップされた中からも野次馬の顔が分かるものをいくつかピックアップして入れておきました。」


「ありがとう、さすが、仕事が早いね。助かった。」


受け取ったタブレット端末で数枚の写真を見た時任は、すぐにその手を止めた。


すでに、1件目と2件目の事件の現場写真の中に、公子が示した男の姿が確認できたからだった。


時任はタブレットを井ノ口の机の上に置いて、画面を操作しながら指示を出した。


「この写真と…この写真の…この男。今回の現場写真にも見かけたからチェックしておいて。後で僕の撮った写真も共有するよ、その男が映ってる。」


「警察側には共有しますか?」


「…いや、まだいい。まだその男が事件に関わっているかは分からないから。」


「誰が事件に関わってる、って?」


振り向くと不機嫌そうな町田が扉のところに立っていた。


面倒臭い奴が来た、という明らかに迷惑そうな顔の時任を無視して、町田は机の上に置かれたタブレット端末を取り上げて、拡大表示された帽子を被った男の顔をまじまじと見た。


先ほどの時任と同じように、数枚の写真を確認すると、


「なるほど、犯人は現場に舞い戻る、ってやつか。」


と時任を見ながら、井ノ口にタブレット端末を返却した。


「僕にもその写真、送っといて。警察側には、まだ共有してもらえないみたいだからさ。」


困ったように二人を交互に見ている井ノ口に、時任は仕方なく頷いて合図を送った。

それを受けて井ノ口は二人から指示された自分の作業に戻った。


「で、彼は何なの?」


帽子を取って席に座った時任に、町田が絡み始めた。

警察にはまだ共有しないと言った時任の言葉を、根に持っているようだった。


時任は観念して、先ほど自分で撮ったスマホ画像の野次馬を見せた。


「さっきの現場の野次馬たちの中にもいた。」


「ほほう。」


しかし、それ以上何も言おうとしない時任の様子を見て町田は代わりに付け加えた。


「どっかの可愛い女の子が、時任さんにだけ教えてくれたんだっけ?」


「どっかの、じゃない。」


「ほほう。」


「彼女は関係ない。」


「ほほう。…でも、情報提供者の情報も、ちゃんと共有してくれないと困るんだけどなぁ。情報の出処の信頼性に関わるじゃん?、じゃん?」


猫のような黒い目をくりくりさせて、町田は時任の顔を覗き込んだ。


「報告書に書くとしたら、情報源の信頼性は相当に低い。」


町田の顔を突き放しながら時任が不機嫌に言った。


「…でも、お前の中の信頼性は、”高い”ってことなんだな?」


スマホ画面の男の顔を拡大してもう一度よく見た町田が少し笑いながら続けた。


「実はこの男、うち警察側の中でも、事件前後の周辺防犯カメラに映る同一不審人物として挙がってるんだ。」


時任が町田を見た。

少し離れた席から二人の会話を聞きながらPC作業をしていた井ノ口も町田を見た。


町田は満足そうに立ち上がり、


「近くを歩いてた、ってだけじゃしょっ引けないが、白黎社も気にする不審人物だとなれば、話くらいは聞いてみてもいいかも知れないな。」


というと、勝ち誇ったように「こっちの情報は、ちゃんと共有するからね。」と井ノ口の両肩を叩いて情報室を出ていった。


「セクハラで訴えます?」


井ノ口の向かいの席に座っていた小森沙由美がディスプレイから目を離さずに聞いた。


井ノ口は黙って、叩かれた自分の両肩に対して簡易術式で穢れを払い、時任に


「で、可愛い女の子、って何ですか?」


と聞いた。


「あぁ、登和家の次女さんだよ。現場に来て、例の無縁体328号の…異変…に気付いたようで、この男のことを教えてくれたんだ。」


話ながらも手を止めなかった井ノ口と小森がその手を止めて、時任を見た。


時任も二人の言わんとしていることを察して、目を逸らし窓の外を見た。


「まぁ、無縁体に犯人を教えてもらうなんて、そんなチート、あるわきゃ…ねぇよなぁ。」


時任は、酒を飲んだり気を抜くと、なぜか江戸っ子口調になる。

本人は気付いていないようだが、周囲には割と知られている公然の秘密だった。


時任は、町田が置いていった自分のスマホ画面に目を落とした。


ちょうどスマホ画面が消灯し、男の顔が消え、暗くなった画面に時任の顔が映った。

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