第31話:公子の情報提供
公子の表情から、集まっている民間人に聞こえてはまずい話になるだろうと想定した時任は、公子を立ち入り制限ロープの中に入らせ少し離れたところまで連れて行った。
その様子を見ていた町田は、手招きで白黎社の師団長クラスを呼べる制服姿の女生徒に興味を持ち、ニヤニヤしながら二人を見ていた。町田の視線に気づき、町田と目が合った公子が、ぎこちない会釈をすると、町田はウィンクをしながら白い手袋の手を振り返した。
「どうしたんだい?僕を追いかけてきたの?」
半分当たりです、と言いかけて公子は慌てて本題を口にした。
「あの…コノさんを追いかけてきたんですが、何ていうか、その、あの野次馬の中にいる特定の男の人を指さしてコノコノ言っているっているか、そう見えるっていうか、感じるって言うか…。」
まさかと、時任は328号の方に目をやった。
しかし、その無縁体は、目は斜め上の宙を見つめ、何かを指すような指先も目線とは異なる別の宙を指しながら人だかりから少し離れた後ろの方をウロウロしているだけだった。
「僕には誰も指さしてはいないように見えるけど…。」
公子には、特定の男性の後ろを通る時にだけコノさんの声の間隔が短くなってるのが聞こえているのだが、そんなことを時任に説明ができるわけがない。
「えっと…とりあえず、事件に関係ないかも知れないんですけど、なんか、あの、青いTシャツで黒いキャップ帽を被った男性に、コノさんが反応してるみたいなんで…、何ていうか、その…もしかしたら、と思いまして…。」
自分でも何を言っているんだろうと思いながら、じんわりと変な汗が背筋を濡らした。
公子の言葉を聞いた時任は、急に、公子の視界を塞ぐ位置に立った。
「見ちゃだめだ。」
声をひそめた時任は、ぐいと公子の顔に顔を近づけて言った。
へっ!?と変な声を出した公子を無視して、公子の肩に両手を置きながら、ゆっくりと時任は続けた。
「いいかい、もし、君が、犯人の可能性がある、という男を指そうとしているなら、絶対に相手には気付かれてはいけない。君の身が危険になるからね。絶対に直接見てはいけないよ。
今から、僕がこの野次馬たちの写真を撮るから、その写真の中からこっそりとその人物を教えてくれるかな?」
公子は言葉もなく深く頷いた。
いつものように微笑んで見せた時任は、何事も無かったかのように顔を上げて周囲を見回すと、スマホで野次馬を含む現場全体の写真を何枚か撮って確認する素振りを見せた。そして、その内容を時任の方から公子へ説明するようなしぐさで画面の中に映った公子の言った格好の男性を指さした。
公子は時任の目を真っすぐに見て、もう一度、深く頷いた。
再び、野次馬たちを公子の視界から遮る位置に立ち、
「ありがとう、彼がどう関わっているか分からないけど、捜査の参考にさせてもらうよ。」
そう言って、時任は軽く公子の二の腕をトントンと叩いた。
「お嬢様女子高生がこんな事件に関わらない方がいい。
君はこのまま、彼の方を見ずに、まっすぐにお家に帰るんだ、いいね。
言っておくけど、今後も、もしどこかで彼やあの無縁体を見ても、今みたいに後を追って来ちゃダメだからね。」
子供を叱る大人の優しい顔の時任に、公子は再びとろけそうになりながら、はい、と小さく返事をしてその場を去るのがやっとだった。
言われた通り振り向きもせず公子がその場を離れたのを確認すると、時任は手元のスマホ画面に映る男の姿に目を落とした。
実は時任は、先ほど公子が歩道橋の上で話していた歩道橋上無縁体の移動についての表現が気になっていた。
彼女は「移動した」と目の前で移動したように言っていた。つまり、移動の瞬間に立ち会っていたことは間違いがないだろう。何年も同じ場所に出現していた無縁体が移動することに意味はなくても、何かきかっけになるようなものはあったのかも知れない。
しかも、相手はただの女子高生ではなく、滅霊家系、登和家本家の娘である。
何かしら通常とは異なる霊力を持ちえるとしたら、無縁体の移動にも関係していたと考えるのが自然だろう。そして、今回の事件についても同様に、その霊力が彼女にもしも何かを感じさせたのだとしたら…。
時任はそう考えながら、それとなく現場を出て無縁体328号の後ろに回ってみた。
無縁体の目線も指も、体の向きすらもバラバラの方向を指していて、やはり時任には特定の誰かを指しているようには見えなかった。
しかし、登和家の娘が気になると言うんだから、何かあるのかも知れない。
他にこれと言った手がかりもない時任は、手に持っていたスマホでそのまま情報室へ電話をかけた。
電話先の部下に、過去の通り魔事件現場の野次馬の様子を撮影した画像をまとめておくように指示を出すと、足早に情報室へと戻っていった。
遺留品の捜索を指揮しながら、二人の様子を見ていた町田は、時任の捜査に何か進展があったことを、刑事の勘で察し、残りの捜索は信頼できる部下に任せて早々にその場を切り上げた。
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