第29話:歩道橋の二人
『無縁体の位置情報』といっても、GPSのように精度の高いものではない。
無縁体328号の位置データとして時任に送られてきたデータは、宮下町北部の1キロメートル四方の広範囲を示している。
各拠点のセンサーから随時送られてくる霊体反応の強さを元に、無縁体の力の強さや行動パターンといった白黎社が蓄積している膨大なデータと照らし合わせて、霊体の管理番号の候補を推測する。
その候補に対して、直前の位置データによるフィルタをかけることで無縁体を特定する、というものだった。
表示エリア周辺の見回りしていた時任は、宮下町三丁目歩道橋の上に並ぶ2つの影を見つけ、興味深い組み合わせだな、と思い近寄って歩道橋の下から声をかけた。
修行帰りの公子とミテルだった。
「随分、仲良しになったみたいみたいだね。」
ちょうどミテルに、修行はつまらない、時任に会いたい、何か事件でも起こらないか…、などと罰当たりなことを言っていた公子だったので、まさか、聞かれてはいないだろうが、と動揺が隠せない挙動不審な反応を見せてしまった。
歩道橋を上ってきた時任は、そんな公子を見て笑った。
「彼、歩道橋の上にずっといるんだね。」
「あぁ、そうみたいですね。」
「彼の通称は”歩道橋下無縁体”だったんだけど、”歩道橋上”に最近変わったんだよ。」
肩をすくめてみせる時任。
時任が、ミテルのことを”彼”と呼ぶことは、公子にとって嬉しいことだった。
白黎社の人間は、基本的に霊との私的な交わりを避け、感情移入することの無いように無縁体を管理番号で呼んだり、アレ・コレなどモノ扱いすることが多い。
幼い頃から無縁体を当たり前に見ながら育った公子からすると、害のない人の姿をした存在をモノ扱いすることには抵抗があった。
「前も聞いたけど、本当は君が彼を動かしたんじゃないの?」
ふいに核心を突かれて公子は再び焦った。時任の顔は笑っていたが、その目は半ば真剣で公子の心に切り込んでくるような鋭い視線を送ってきた。
「ま、まさか…。」
時任は不思議な雰囲気を持つ男である。
顔が公子の好みであることを差し引いても、組織に呑まれることなく自然体を装い、それでいて組織の中核として一目で信頼できそうだと分かる風貌、そして何かを背負っているような影を抱えつつも、神々しいオーラを放っていた。そのギャップが萌える要因なのかも知れない。
「あの日は、私は見てただけなんですけど、ミテルくんが勝手にすーっと上に移動しちゃったんです。」
「ミテルくん?って、彼の名前?無縁体に名前付けて呼んでるの?」
「あ、はい、姉と昔から…。」
へぇ、名前つけてるんだ、と何度も繰り返しながら笑う時任に、カッコいいと見とれる公子と、恥ずかしくて消え入りたいと思う公子が、複雑な表情をしながら頬を抑えた。
「で、今は何か話をしていたの?」
「あ、はい、修行の愚痴を…、あ、でも、ミテルくんは返事もしてくれないし、ただ一方的に話すだけでスッキリするって言うか、その、あの…。」
ミテルが公子の愚痴に返事をしないのは事実だった。
しかし、一つ嘘をつくと、それを取り繕うためにまた嘘をついているような気になって焦ってしまうのが、嘘をつきなれてない人間の性だった。
「君が言うと、本当に無縁体と話が出来てるんじゃないかって気がするから不思議だな。」
「あ、いえ、そんな…。」
焦りもピークに達し、公子は俯いた。
時任はふと公子の隣に立つ無縁体の顔がはっきり見えていることに気付いた。
”宮下町三丁目歩道橋上無縁体”の容姿は、フードを被り、目も前髪に隠れて見えなかったと記憶している。
白黎社のデータベースに、この容姿の変更内容も反映されているか確認が必要だな、と時任は思った。
前髪を無造作に掻き上げて留められたヘアピンには、キラキラした星がついていて、おおよそ無縁体のファッションからは浮いていたが、隣にいる恥ずかしそうな公子とセットであれば、それも説明がつきそうだと、心の中で理解した。
「あ、コノさんだ!」
歩道橋の下をふわふわ進む無縁体の姿を見つけ、その名を思わず口に出してしまった公子は、慌てて口を押さえた。
また名前を付けていることを笑われるのではないかと心配して時任を見上げると、
「それが、彼の名前かい?…確かに、そんな感じの顔しているかもね。」
とからかうような口ぶりとは裏腹に、その顔つきは仕事モードのものに変わっていた。
「助かったよ、ちょうど彼を探していたんだ。じゃぁ、また。」
そう言って時任はターゲットの無縁体の後を追いかけて歩道橋を駆け降り、走り去った。
時任が走り去った方向を見つめながら、公子は短かった時任との三度目の会話内容と、目に焼き付けた時任の姿を頭の中でリプレイさせた。
隣の無縁体は居ても居ないようなものなので、公子の頭の中では、時任と公子、二人っきりでの会話の記憶に置き換えられ、あたかも夕焼けに染まる歩道橋上でのラブシーンのような記憶映像に修正編集されている。
「ミテルくん…見た?あり得ないカッコ良さだったね…、3回目も。」
無表情な無縁体の横で、手すりに顎を乗せた女子高生が、ため息交じりに、時任が走り去った方向を見つめる。
「コノさん、探してた、って言ってたけど、何か事件に関係してるのかなぁ。」
公子が幼い頃、友達にカバンを隠されて公園で泣いていた時に、コノさんがカバンの隠し場所を教えてくれたことがある。
「コノ…コノ…」といつもは遅いテンポで間のある声が、「コノコノコノコノ」と強く連続して聞こえたので不思議に思ってその指さす遊具の裏を見てみると、そこに公子のカバンが隠されていた。
そういえば、コノさんは、いつも一丁目の公園の周辺をウロウロしているので、この歩道橋のある三丁目の中央通り付近で見かけることは珍しいな、と公子は気づいた。
「何かあるのかな。ちょっと気になるな。」
コノさんの行動への好奇心と、時任への好奇心とが入り混じった好奇心に公子は駆られた。
「じゃ、ミテルくん、今日はこの辺で!」
そう言って公子も階段を駆け下りて、コノさんと時任が走っていった方向へ向かった。
何かがある――。
そう公子の心が、公子に伝えていた。
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