第28話:警察と白黎社
公子の住むY市の警察署の庁舎には、数年前から白黎社の出張待機所である『白黎情報室』が設置されていた。
表向きには、都市セキュリティを強みとする白黎社からの情報提供および地元警察との連携が設置目的とされていたが、実質的には、警察外秘の捜査情報などについて、白黎社側がこの情報室で閲覧することができる場として頻繁に活用されていた。
白黎社の特殊性は秘密であったが、霊的な存在に関わる業務だということはどこからともなく都市伝説的に広まり、全身白い制服姿の外部の人間が出入りする部屋として、警察内部からは煙たがられ、通称『白部屋(しろべや)』と呼ばれていた。
その情報室で、白黎社の除霊師である時任は、先日、公園横で発生した通り魔事件の資料に目を通していた。
ふいに乱暴に情報室の扉が開けられ、ファイルを抱えた刑事課の町田が、室内で作業する白黎社の面々を物珍し気に覗き込みながら、時任に近づいた。
「ほら、これが二件目の通り魔事件の詳細と、共通する凶器に関する分析データ。」
勢いよく机の上に置いたファイルの風圧で、時任が並べていたいくつかの資料がめくれ落ちた。
「ありがとう。」
気にした様子もなく落ちた紙片を拾い上げると、時任は元の位置に戻し、資料に目を戻した。
その反応の薄さに、いくらかムッとした町田が時任の見ている資料の何枚かを手に取って冷やかすように聞いた。
「で、今回の連続通り魔も、どこぞの霊の仕業ってことなのかな、お前が調べてるってことは。」
時任は資料から目を離さないまま、町田が手に取った資料の一枚を取りあげて、元の位置に置いた。
「まだ分からない。うちの新システムから特殊なアラートが上がったから確認に来ただけだ。事件現場と特定の霊体の位置情報に何らかの関連性があったらしい。」
時任が左右に並べて見ているのは、事件当日、白黎社のシステムで感知した霊体反応の地図データと、事件現場の見取り図だった。
夜道で一人歩きの女性が何者かに刃物で襲われ、片方の靴を盗まれる、という二件の通り魔事件。犯行後に靴が盗まれているという点と凶器の形状が一致したことから、連続事件として捜査を進める一方で、Y市警察署管内の警備が強化されている。
その二件の現場に、事件発生の推定時刻、とある無縁体が出現していたという情報が白黎社に入っていた。
白黎社の主な使命は、霊の世界と人間の世界とが干渉する問題を防ぐこと、である。
そのため、様々なネットワークや技術を駆使して、無縁体を含む霊の行動の把握に日々努めている。
特に登和家本家および白黎社本社の所在地でもあるここY市では、他の市町村に先駆けて術式のセンサーのようなものが街中に設置されており、そのセンサーで霊体の反応を検知・識別するという先進的な仕組みが取り入れられていた。
「だいたい、物理的な凶器で襲っている段階で、まず、犯人は人間だろう?
こんなところで油売ってないで、さっさとそいつを探しに行ったらどうなんだ、町田。」
正論の指摘をぶつけられた町田は、だったら何で白黎社が出しゃばってくるんだか、とボヤキながら部屋を出ていった。
一通りの資料を読み終えた時任は、机の上に並べられた四枚の地図データを見比べながら眉間にしわを寄せた。
(浮遊無縁体328号、か。)
無縁体の地図データに”328”という数字が記されていた。
二つの事件当時、この無縁体が現場に居た形跡はあるということだった。
しかし、通念上、無縁体が犯罪に影響したとは考えにくい。
ましてや無縁体が犯罪を犯したと言うことは、まず無いだろう。
だとすると、この無縁体は、事件の目撃者ということになるのだが…。
事件の発生を予測したのか、たまたま居合わせたのか、犯罪に何らかの関係を持っているのか…。
手元の資料には328号の精巧なイラストが載っている。
霊は写真や映像には映らないため、専門の霊描部門が目視で風貌を描き落とす。
目を大きく見開いて口を尖らせた、とぼけ顔の328号は、時任も良く知っている無縁体で、神出鬼没に街をふらふらしているだけの存在という認識だった。これまでに問題を起こしたこともない。
(無縁体として白黎社に確認されたのは…1978年、約半世紀前か。)
白黎社のデータと警察データの連携を実現した新システムの円滑な運営は、時任班に任されていた。
システム導入当初からこの情報室に通うことの多かった時任は、先ほどの町田をはじめ、警察内の刑事や職員と浅くない交流を持つようになっていたが、特に現実的で無駄を嫌う町田とは最初から馬が合った。
非科学的なものを信じない町田と同じように、時任も目に見えないものは信じない。白黎社の中でも現実主義者であると自負していた。
だが、時任には霊が視えている、ただそれだけの違いだった。
情報室で作業する数名の白黎社員は全て時任班の者だった。
「328号の位置情報を携帯に送ってくれ。少し様子を見てくる。」
脇で作業していた一人に声をかけると、時任は上着を羽織り、部屋を出た。
この新システムの考案者が、実は公彦であったことは、まだ公子たちも知らない。
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