第27話:公子と公彦
「僕も、きみちゃんも、”公”の字が付くだろう」
修行着に着替え、髪を無造作に束ねた公子のストレッチを手伝いながら公彦が言った。
「だから、能力の傾向が似ていて、術を教えたりするのに相性がいい相手として、与えられた名前である程度、師範は決められるんだ。」
なるほど。公子は思った。
姉、姫子の師匠は、房州登和家のおじさまだと聞いていたが、確か名前が
王王彦(おうきみひこ)というのは、目の前にいる公彦との呼び分けに使われる呼称で、公彦のことは、公公彦(こうきみひこ)とも呼ぶ。普段はどちらも”きみひこ”と呼ばれるが、他の同音名の者がいる場では、混乱を防ぐためにこのような呼び分けルールが登和家では徹底されている。
名前は能力により偏りがあるため、昔から似たような名前を付けることが多かったようだ。
(でも、それだけじゃない。)
公彦は、祖父との会話を思い出して憂鬱になった。
白黎社に入らず、登和家を出たいと申し出た三年前。
条件として突き付けられた一つが、この公子の修行師範役だった。
幼い頃から登和本家に出入りしていた公彦は、公子のことも良く知っていたが、いつも姉の姫子の陰に隠れていて、あまり目立たない少女、といった印象しか持っていなかった。そんな公子に、あの祖父が注目していることに少し驚いた。
「
祖父はいたずらっぽく笑って「お前はこっちに乗れ。」と有無を言わせず公彦に承諾させたのだった。
公子の修行には、公彦の力が必要だと言い切った祖父の真剣なまなざしに、自分が不覚にもたじろいでしまったことを公彦は今でもよく覚えている。
「に、しても…」
ウォーミングアップを終え、精神統一の修行の基礎である座禅に入った公子を見ながら、公彦は再び憂鬱になった。
力の能力も、使役の能力も持たない上に、稀にみる弱い霊力の公子が、雅妃おじさんが手塩にかけて育てている姫子よりも化けるという、祖父の見立ては正しいのだろうか。
そして、その成否が、もし自分にかかっているとしたら…。
「よしっ、やめ。」
公彦は、白黎社に入らない代わりに祖父から課せられた条件の重要性に、今更ながら気づき始めた自分に舌打ちした。
その問題の公子は、やめる指示が出たにも関わらず、なぜか座禅を崩そうとしなかった。
どうした?と声をかけて前に回り込むと、暗く沈んだ顔で公子が小さく言った。
「…どうしよう。感覚が無くて動けません。」
…まぁ、修行とはそういうものだ。
できないから修行するのだ。
最初からできる者などいないのだ。
公彦は、そう自分に言い聞かせた。
「当面は、基礎体力と座禅を集中的にマスターしていきましょう。全ての基本となりますから。」
座禅を組んだまま苦しそうに頷く公子を覗き込んで微笑みかけると、その両肩を軽く押して、公子をダルマのように転がした。
「助けてっ、助けてっ」あわあわと手を伸ばす公子を見ながら、公彦は頭の中で、予定していた2年間の修業スケジュールの見直しを始めていた。
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