第26話:公彦
「それにしても、3メートル、ってすごい記録じゃないかな。」
おそらく、これも何かの嫌味な要素が含まれる言葉なんだろうと察しながらも、見当もつかない公子は首を傾げて公彦を見た。
「最初に選んだ扉の種類は、その人の持つ能力の傾向。」
公彦は大学の授業のような口調で説明を始めた。
「攻撃性や武力が高い者はたいてい鉄製の扉を通る、他の扉は浅はかで卑しく見えるらしいから。
制御能力が高い者はたいてい木製の扉を通る、頑強だけの扉や安っぽい扉には見向きもしない。
そして、そのいずれの能力も高くないもののみが、紙の扉から入ってくる。
そうまさに、先ほどの君のようにね。」
”きみちゃん”だった呼び方が”君”になっていた。
この嫌味、長く続きそうだぞ、と身構えた公子に、公彦の話は続いた。
「そして、母屋までの長い廊下は幻覚。
実際には10メートル程度の廊下だが、霊力で風圧のような仕掛けがしてある。
目を閉じて何かにぶつかったと感じた地点、それが、その者の現時点での霊力の大きさを表すんだ。
自慢じゃないが僕は100メートル相当、姫ちゃんは歩き疲れて途中で休憩したところで中断させられたらしいよ。」
ここへきてフェイントのように、不在のはずの姉からのマウント攻撃。
「…ってことは」
「そう、きみちゃんの記録は3メートル。
登和家の人間の修行開始時の平均的な記録は20~30メートルと言われていて、白黎社の新人レベルの記録が50メートル前後だと言われているから、ちょっと、尋常じゃないワースト記録だね。」
優しい公彦の笑顔が、公子の胸に刺さった。
ワースト(最下位)かどうかは分からないけれども、と心の中で公彦に突っ込んだ。
「とりあえず、今の君の霊力は大体わかったって感じかな。」
そう言うと、公彦はすっと床に座した。
それを見て慌てて公子も向かい合うように正座して姿勢を正した。
「これから二年間、師範役をさせていただくことになった、登和公彦です。」
「と…、登和公子です。」
急に真面目ムードになった公彦の雰囲気にのまれて公子も名乗り返した。
二人は向き合ったまま互いに頭を下げた。
「さ、挨拶も終わったことだし、きみちゃん、修行を始めるから着替えておいで。」
再びいつもの優しい口調で公彦は奥の扉を
公子の荷物の中には修行着が入っている。
剣道の道着に似た白い袴に登和家の紋章が入った着物だ。
入門者は白と決められていて、上達の度合いに応じて道着の色が変わっていく。
白から、茶、若草色、藍色、山吹色、薄紅色、黒、紫、そして最上級のみが許される、赤・金・銀。
公子が部屋を出たのを見届けた公彦は、小さくため息をついた。
「おじい様のとんだ大博打に、乗せられてしまったのかも知れないな、僕は。」
既に身支度を整えて待っていた公彦の修行着は黒だった。
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