第24話:ミテルくんの顔

「でね、結局その後、コノさんとこ行ったんだけど、お姉ちゃんにはやっぱりコノさんの声、聞こえなかったのよ。」


街中探してようやく見つけたコノさんを前に、

この上なくうんざりしたような姉の顔を思い出しながら、公子は大きくため息をついた。


早朝の歩道橋の上に二人の影。

ミテルの横で公子が話を続けた。


「あの日、ミテルくんが暴走した日、いや、させられちゃった日もさ、すごい地響きみたいな音がしたけど、あれ、ミテルくんの声だったんだよね、きっと。でもって、お姉ちゃんには、聞こえてなかったってことだよね、きっと。」


公子が話しかける無念体は、いつものように無反応のままだ。


しかし、あの事件以降、公子はミテルくんに声をかけるのが日課になっていた。

話しかける内容も次第に変化して、単なる挨拶から、天気の話や噂話になり、最近では愚痴や悩みを独り言のように呟いていくようになっていた。


並ぶ二人の顔を、昇ってきた7月の強い朝日がビルの隙間から差し照らした。


「うわ、まぶしっ。」公子は手で朝日を覆った。


「ミテルくんは、眩しくないの?」


そう言ってミテルの顔を覗き込んだ。


(あ、ミテルくんの顔…初めてちゃんと見たかも…)


朝日に照らされて、フードの影の下の鬱陶しいほどの長い前髪に隠されていた、切れ長の目と真っすぐな鼻筋が浮かび上がった。


(え、マジ?ちょっとイケメンなの、ミテルくんって?)


全くの予想外の整った横顔に、女子高生である公子のテンションは少し上がった。


もっとよく見ようと、歩道橋の手すりに身を乗り出し、ミテルの顔を覗き込んだ。


初めて、ミテルと目線が交わった時、公子の身体に電撃のようなものが走った。

恋とか運命とかそういうのではなく、実際に、電撃のような、ピリピリした感覚だった。


「うわ、目は合わせない方が良さそうかもね。」


そう言うと公子は思わず、本当に無意識に、ミテルのフードをとり、その前髪を手で掻き上げた。


(やばい、ちょっとじゃない、超イケメンだわ。)


そう思ったのと、無縁体に触れた時の気持ち悪いぐにゃりとした感覚が、同時だった。


「そうだったー。触るのもダメなんだったー。」


基本的なタブーをすっかり忘れていた自分に少し呆れながら、それでも公子はどうしても次の衝動を止められなかった。


ポケットから取り出した大きめのヘアピンを、もう一度触れて掻き上げたミテルの頭にそっと取り付けた。

ぐにゃりぐにゃりと気持ちの悪い感覚に襲われて眩暈がしたが、一息ついてミテルを見上げた時、自分のとった勇気ある行動を誇らしく思った。


そこには公子好みの、それはそれは美しい無表情の横顔が、朝日に照らされていた。


「グッジョブ、私!」


誰もいない早朝の歩道橋の上で、思わず公子はガッツポーズをした。


「うん、髪、その方がいいよ。そのヘアピン、あげるから。ね。」


ミテルはピクリともせず、相変わらずの無表情で階段を見下ろしている。


(ミテルくん…こんなにイケメンだったんだ。帰ったらお姉ちゃんに教えなきゃ。)


しばし、あらわになったミテルの顔に見とれていた公子。

やがて、霊はスマホに映らないと知りつつも、心霊写真のようにでも写真に残せないかと思い、スマホを取り出した。が、その画面に表示された時計の時刻を見て焦った。


「やばい、しゃべりすぎた。」


スマホを鞄にしまいながら公子は走り出した。


「実は今日から、いよいよ修行の開始なの。だから、こんなに早かったの。行ってきます!」



登和家の人間として、一人前になるための公子の修行が、遂に始まる。


秘密主義の登和家では、たとえ本家の娘であっても、正式な修行の前までは登和家の家業や能力に関することを知ることは禁止されている。


白黎社のことももちろん、無縁体のことだって、知らないことばかりの自分から、変わっていける希望の始まりの日だ。


公子はわざわざ遠回りしてまで来た歩道橋を戻り駆け降りると、学校とは別の、登和家の道場へと期待に胸を弾ませながら走っていった。

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