第23話:姉妹の違い
「公子、私にだけは、本当のことを言いなさい。」
うんざり顔の公子に、珍しく興奮した様子の姫子が詰め寄っている。
「だーかーらー、何度も言ってるように、ミテルくんにお願いしたら動いてくれたんだってば!」
「はぁ? 私じゃないんだから、お願いしただけで無縁体が動いてくれる訳ないでしょうが。」
言葉の端々に自分に対する優越感を駄々洩れさせてくれる姉に、公子はため息をついた。
姉に全く悪気がないのは分かっていても、居たたまれない気持ちになる。
「もう、勘弁してよぅ」
「勘弁して欲しいのはこっちよ。あんたはまだ律霊(りつれい)の術も、渉霊(しょうれい)の術も、やり方すらも知らないんでしょ、修行前なんだから。
それなのに、どうして無縁体を動かすことができるのよ!無縁体と会話なんてできる訳ないんだから、訳わかんないこと言わないでよ!」
腕を組んだ姫子は、苛立ちながら公子を睨みつける。
こうなると、プライドの高い姉から逃れるのは至難の業だった。
「そう言われても、”コロブトアブナイ”、ってミテルくんが言ったんだもん。」
少しだけかすれたミテルの声を真似した公子の態度は、姫子をバカにしたようにもふざけているようにも見えた。
姫子は呆れ顔で絶句したように口をパクパクさせると、
「無縁体がさ、声出すわけないじゃん?」
と声のトーンと怒りのトーンを抑えながら言った。
「え?」
その言葉に、今度は公子が絶句する番だった。
「声…は、出るでしょ。会話はできなくても。」
怪訝な顔で聞き返した公子に、再び姫子は深くため息をついた。
「え、え、だって、声は出してるでしょ。」
今度は公子が姉に詰め寄った。
姫子は首を振り、「んなわけないじゃん。」とうんざり顔でソファーに倒れこんだ。
公子の非常識過ぎる発言に、怒りさえも消え、どっと疲れが出たようだった。
公子は、訳が分からなかった。
子供の頃から『霊と会話はできない』と教えられてきたけれど、それは『会話が成り立たない』という意味だと思い込んでいた。
なぜなら、霊たちは、意味不明な声しか発していなかったから。
けれど、もしかして、『霊はそもそも声が出せない』という意味だったのだろうか、公子の脳は軽いパニクに陥った。
混乱する公子の脳裏に、一条の光のように、言葉らしきものを話す無縁体の顔が浮かんだ。
「そうだ、コノさんは?」
「コノさん?」
「そう、コノ、コノ、っていつも指さしてるコノさん!」
「コノさんが何?」
「コノ、コノ、って言ってるじゃん。」
「指はさしてるけど、声に出して言ってる訳ないでしょうが。」
「え、うそ、コノ、コノ、って言ってるじゃん。え、お姉ちゃんには聞こえてないの?」
馬鹿なことを真面目顔で話してくる出来の悪い妹に半分同情しながら、姫子は言った。
「んなこと、ある訳ないじゃん。声もないし、会話もできない、そんなの当たり前でしょ、『霊』なんだから。」
コノさん、というのは、ミテルくんという名前同様、公子と姫子の間だけで付けた名前だ。
常に何かを指さして、顔も口も「コノ、コノ」と言っている神出鬼没のおじさんの無縁体だった。
しかし、「コノ、コノ」と言っているからコノさんと呼んでいた公子と、「コノ、コノ」と言っているように見えるからコノさんと呼んでいた姫子の認識の違いが、約10年越しで発覚したことに、公子は大きすぎるほどの衝撃を受けた。
しかし、まだ半信半疑の公子は、白黒はっきりさせずには眠れそうにもない。
公子は勢いよく立ち上がると、ソファーのクッションに埋もれている姉の手を掴んで引っ張った。
「行こう、お姉ちゃん。コノさんとこ。」
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