第17話:二人の時間

どんよりとした曇り空のおかげで、街には少しひんやりとした風が吹いていた。


昨日の出来事と、今朝聞いた話がまだ消化不良を起こしている公子には、問題の歩道橋を上がる気力がなかった。


どうせ今から行っても二時限目の授業は始まっている。

昨日までの憂鬱とは違う憂鬱な気分で、公子は無意識にミテルくんの隣に立って同じように歩道橋を上り下りする人を無表情で眺めていた。


くたびれたスニーカー、厚底のサンダル、ヒールの高い派手な靴にピカピカに磨かれた革靴…様々な靴が階段を行き交う。

意外と人通りが多いんだな、いつも使う歩道橋の下で立ち止まって気付いたのは、自分の知らない人がこの街にはたくさんいて、それぞれの目的地へとこの歩道橋を使っているということだった。

歩道橋の下の車道を行き交う車やトラックも、普段の公子は気にもしていなかったが、今日はやけに、街の騒音の中に消されそうな自分の小ささと、孤独を感じた。


隣には無表情のミテルくん。

昨日の恐ろしい形相を思い出すと、こんなに近くに居ることが危険なのではないかと考えながらも、今、目の前にいる彼にはその危険性は感じられなかった。白黎社としてもと判断したのだから問題はないはずだ。


人間観察にも飽きた公子は、ミテルくんの観察を始めた。


いつもは通り過ぎるだけで、まじまじとミテルくんを見たことはない。

黒一色だと思っていた上着は、実は部分的に色合いの違う黒が入っていて、意外と洒落た、というか何気にデザイナーズブランド的な服なのではないかと思われ、少し引いた。

そして改めて見てみると、年齢不詳だと思っていた青白い顔は、20代後半だろうか、思ったより若く整った顔立ちをしていた。


生きていれば普通の人だったのかも知れない。

公子の子供の頃からいたということは、もう随分前に亡くなった霊なのだろう。

そこに居るのが当たり前すぎて考えてこなかった、無縁体の『そこに居る理由』。


一般的に、無縁体の存在自体に意味がなく、その行動にも一貫した意味はないと言われている。

しかし、と公子は思った。

登和家の姫の言葉も届かないほど、何度もここに戻ってくる彼に『理由』がないとは思えない。

その『理由』を俄然知りたくなった公子は、手がかりを求めてさらに注意深くミテルくんの顔を見つめた。


ミテルくんは基本的に、無表情のままで階段の中央あたりをぼんやりと眺めているのだが、やがて、公子は時折、ミテルくんの目が小さく動くことに気付いた。


(何を見てるんだろう…)

公子はミテルくんの視線の動きを追った。

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