第15話:父、純一郎
翌日。
「学校には遅れていくと連絡してあるから、朝ごはんを食べたらパパの書斎に顔を出しなさい」
いつになく冷淡な口調の母の一言から始まった朝。
姫子と公子は黙ったまま食事を終え、二人揃って父の書斎へ向かった。
父の純一郎は真面目が服を着て歩いているような人だった。
入り婿として登和家にやってきてからは、滅霊に関する知識のみならず、経済や経営の勉強も人一倍することで、登和家当主である祖父の右腕として長年白黎社の事務方を担ってきた人物だった。
その努力と真面目さを物語るかのように、純一郎の書斎には難しそうな大量の本がビッシリと敷き詰められていた。
「宮下町三丁目歩道橋下の無縁体を移動させようとしたんだって?」
長い沈黙の後、優しい言葉遣いとは裏腹に、有無を言わせぬ鋭い眼差しを二人に向けて口火を切った。
純一郎の座る机の上には、何枚かの商店街の写真と書類が置かれている。
昨日の出来事が事細かに報告されているようだった。
「綯交ぜ(ないまぜ)術が禁じられてるのは、なんでか知ってる?」
「はい、術者と対象霊の力の差が大きい場合、術者の命に危険があるからです」
昨日から顔色が悪いままの姫子が答えた。
ナイマゼジュツ、という表現は初めて聞いた公子だったが、おそらく昨日姫子がやってみせたような、霊の体に接触しながらかける術のことだろうと推測ができた。
「対象霊が自分より大きい力を持っているかもしれないと思わなかった?」
姫子は唇をかんで目を伏せた。
それは昨日、姫子が公子に神妙な面持ちで聞いたことだった。
差はないと公子も即答したし、姫子も聞くまでもなく差はないと、むしろ自分の方が上だとすらも考えていた。
「霊の力の強さは、対峙しないと分からないし、条件によって急激に増減するものだから、いつだって100%で把握することはできないんだって学ばなかった?」
沈黙する姫子に向き直って純一郎は続けた。
私用で滅霊術を使ったこと、さらには禁止されている
「怖いよね、できることが多いってのは。」
姫子は伏せていた顔を上げた。
純一郎自身は、登和家の血をひかないため滅霊の力を持っていない。
そんな純一郎なりに、自分の力と向き合っていかなければならない娘たちの宿命を想い、言葉を選んで伝えようとしているのが分かった。
「姫子や公子の持っている能力は、いつだって簡単にみんなの日常を壊すことができるんだ。だから、今回の失敗を貴重な経験に変えるためにも、今抱えている”怖さ”を忘れずに修行にはげみなさい。」
その言葉を聞いて、唇を嚙みながら頷いた姫子を優しい目で見届けた後、公子にも顔を向けて続けた。
「公子も、同じだ。今回の”怖さ”を忘れずに、もうすぐ始まる修行でしっかりと学ぶんだよ。」
公子も頷いた。
あの時のミテルくんの恐ろしいほどの変容、暴走する霊によって一変した商店街、初めて滅霊の力を目の当たりにして、本当に怖かったことを思い出した。同時に、立ち尽くすしかできなかった自分自身の無力さが、怖いと思った。もし、姉の身に危険が及んでいたとしても、私はただ立ち尽くすことしかできなかっただろう。
その”怖さ”は、これまで感じたことないほどリアルに自分の胸に焼き付き、忘れようにも忘れられないと公子は思った。
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